「緊急アピール」の根拠
劣化ウラン弾をめぐる嘘
イギリスがウクライナに供給する「チャレンジャー2」戦車には劣化ウラン弾が伴うことが、3月20日、ゴールディ国防担当閣外相の発言によって明らかになった。
それに対してロシアのプーチン大統領は、イギリスが劣化ウラン弾をウクライナに供与するならば「相応の対応」をすると、核兵器の使用も示唆する発言で応じ、実際にその後、ロシアはベラルーシへの「戦術的核兵器の配備」を発表し、ウクライナをめぐる情勢は一層危機的なものとなっている。
しかしながら、ロシア自身がウクライナで用いている砲弾のなかに劣化ウラン弾(3BM32 "Vant")が含まれることが、GICHD(Geneva International Center for Humanitarian= ジュネーブ人道的地雷除去国際センター) による2022年の報告で明らかにされている[i]。こうした事実を考えるならば、ロシアの反応は、自己撞着のきわみであり、その確信的な非人道性を証明するものだと言わざるをえない。
一方、「劣化ウラン弾は数十年にわたって使用されてきている“通常兵器”(conventional weapon)」であるといった、イギリスやアメリカによる発言[ii]も、きわめて大きな欺瞞をはらんでいる。当然のことながら、「数十年にわたって使用されてきている」からと言って、問題がないことには全くならない。実際は正反対であり、劣化ウランの危険性をそのように否定できるのは、危険性を警告してきている科学的知見や、劣化ウラン被害に苦しんできている人々(とりわけイラクの子どもたちや人々、イラクや旧ユーゴに派遣された様々な国の兵士たち)の声を無視しているか、知らないか、あるいは忘れてしまっているからである[iii]。
劣化ウラン弾とは何か?
劣化ウラン弾は核兵器ではないが、核兵器の製造や原子力発電に必要なウラン235の濃縮プロセスから生ずる膨大な放射性廃棄物(いわゆる「劣化ウラン」)を利用したものであり、30ミリ砲弾一発に約300グラムの劣化ウランが含まれていると言われる[iv]。
この放射性廃棄物は、通称”劣化”ウランと呼ばれているものの、放射性物質であることに変わりはなく、強い化学的毒性も持つ。したがって劣化ウラン弾は、使用されれば、戦場であるか演習場であるかを問わず[v]、また標的から外れて地中に残ってしまう場合でも、人体や環境に広範かつ長期的な影響を及ぼすこととなる[vi]。
実際、湾岸戦争やイラク戦争で大量の劣化ウラン弾が使用されたイラクでは、小児がんや白血病、先天性異常などの増加の原因の一つとして大きな問題となった[vii]。また、これらの戦争に従軍した米英などの兵士たちの多くが様々な病気になり、「湾岸戦争症候群」として大きな国際的論争の的となった。さらに、旧ユーゴ紛争でPKOとして派遣されたヨーロッパ諸国の兵士のあいだでも「バルカン症候群」の原因として問題となり、特にイタリアでは、病気に苦しむ兵士や遺族によって訴訟が起こされた[viii]。
イギリスは、今回の供与にあたって、劣化ウラン弾の毒性を否定しているが、実際は、その危険性をはっきりと認識しているのである。事実、イギリス国防省は、イラク戦争でイラクに駐留中の自国兵士に対し、劣化ウランのリスクを知らせる「劣化ウラン情報カード」(上掲写真)を発行していることが2004年に報道され、問題となった[ix]。
また、この問題を長年調査・検討してきているUNEP(国連環境計画)は、すでに広く報道されているように、昨年10月に公表した報告書「ウクライナにおける紛争の環境への影響」において、劣化ウランは「皮膚刺激や腎不全を引き起こし、がんのリスクを高める可能性がある」と指摘している[x]。また、すでにイラク戦争の頃、米軍の放射線生物研究所(AFRRI)による動物実験から引き出されていた、劣化ウランは胎盤を通過してしまい、胎児に影響を与えうるという結論を、改めて国際社会は深刻に受け止めるべきである[xi]。
劣化ウラン弾禁止に向けた国際社会の取り組み
2003年10月、ICBUW (International Coalition to Ban Uranium Weapons=ウラン兵器禁止を求める国際連盟) が、劣化ウラン兵器の国際的禁止をめざして創設された[xii]。ベルギー議会では2007年3月22日、「劣化ウラン弾禁止法案」が全会一致で採択され[xiii]、欧州議会でも2008年5月、NATO諸国も含めた欧州各国において、劣化ウラン兵器の禁止に向けた具体的な動きを促す決議が圧倒的多数で可決されている[xiv]。また国連総会においても、2007年以降、劣化ウラン弾問題に注意を喚起する決議が繰り返し、圧倒的多数によって採択されてきている[xv]。
さらに米国陸軍は2026年11月末までに劣化ウラン弾を装備から除外し破棄する計画であることが、2021年12月に明らかになっている[xvi]。これは、劣化ウラン弾禁止を求めてきた国際的な世論及び運動を米軍が無視できなくなったことの表れであろう。
ふたたび広島から訴える
イラク戦争が開始される直前の2003年3月、広島では、”NO WAR NO DU!(戦争反対 劣化ウラン弾反対!)”の人文字メッセージが、中央公園に集まった約6,000人の人々によって作られた。湾岸戦争に続き、再び劣化ウラン弾を用いて戦争が行われることへの強い抗議の表れであり、3月24日、その空撮写真を用いた意見広告がニューヨーク・タイムズに掲載された(写真-右下)。また、イラク戦争の前後から、広島や日本からの市民グループは、現地で劣化ウラン弾被害に関する調査を実施し、イラクの医師や子どもたちへの支援に取り組んできている[xvii]。
イラク戦争から20年後、ふたたび広島から同じアピールを出さなければならないことを私たちは深く遺憾に思う。現在、国際的非難の対象は、イラク戦争を仕掛けたアメリカから、ウクライナ侵攻を続けるロシアへと変わっているが、劣化ウラン弾の危険性が隠蔽されてしまっている政治的状況は、残念ながら、いまだに変わっていない。国際社会は、戦場を越えた被害を及ぼす劣化ウラン弾を非人道的兵器として認識し、核兵器ととともに、その廃絶に向けた取り組みを早急に開始すべきである。
写真:イギリス国防省が、イラク戦争でイラクに駐留中の自国兵士に対し、発行した劣化ウランのリスクを知らせる「劣化ウラン情報カード」
写真(「ニューヨーク・タイムズ」(2003年3月24日付)への意見広告:NO WAR NO DU! 人文字メッセージ実行委員会)
HANWA(核兵器廃絶をめざすヒロシマの会)ICBUWヒロシマ・オフィス
問い合わせ先 Email: hibakushaforum@gmail.com
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[i] “ICBUW Statement on British DU Ammunition to Ukraine,”March 22, 2023. (https://www.icbuw.eu/en/ 典拠は、Explosive Ordnance Guide for Ukraine, 2nd edition, 2022, GICHD, p.109 (https://bit.ly/3ZfI0TS
また、「劣化ウラン兵器――その現状 2022 」 (ICBUW, 2022年7月3日) によれば、「ロシアは、かなりの数の様々な劣化ウラン砲弾を備蓄しており、改良された劣化ウラン弾(Svinets-1 & 2)を大量に製造しているとの報告もある。・・・ロシアはその劣化ウラン計画を放棄したようには見えず、それどころか、製造量を増やし、旧式の戦車を、劣化ウラン弾を発射できるように積極的に改良している」。さらに、上出の”IBUW Statement”によれば、ロシアのメディアは、ロシア軍が、最近、より高性能の3BM60 "Svinets-2"砲弾の供給を受けていると報じている (https://bit.ly/3KrHQVu
[ii] The Newsweek (March 23)などを参照。
[iii] 同様の批判的見解は、最近のメディア報道でも多く表明されている。以下を参照されたい。“Ukraine war: UK defends sending depleted uranium rounds after Putin warning” (BBC, March 22); “A look at the uranium-based ammo the UK will send to Ukraine (The Washington Post, March 23); “What are the depleted uranium munitions the UK is sending to Ukraine? (ALJAZEERA, March 23).
[iv] アメリカでは、増え続ける膨大な劣化ウランの処理・利用法の研究が50年代から始められ、考案された一つが軍事利用である。劣化ウラン弾は、経済的にも軍事的にも“理想的”と見なされた。“廃棄物”である劣化ウランは、ほぼ無料で軍事企業に提供される。そして劣化ウラン砲弾は、きわめて強力であり、従来の戦車をほとんど無力なものにしたと言われる(劣化ウランを含む合金は、鉄よりも硬く、鉛よりも重いため、砲弾の貫通体部分や戦車の装甲などに使われてきている)。しかしながら、劣化ウランは衝突の衝撃によって発火し、微粒子となって環境中に拡散されてしまう。「劣化ウラン(DU=depleted uranium」という呼称は、その危険性を覆い隠し、誤った印象を与えてしまう。本声明においても、通称として用いるが、こうした通称には以上のような問題が隠されていることに留意されたい。詳細は、「[劣化]ウラン兵器とは何か?」(『ウラン兵器なき世界をめざして――ICBUWの挑戦』NO DU ヒロシマ・プロジェクト/ICBUW編、合同出版、2008年、6-13頁)を参照。
[v] 劣化ウラン弾による汚染被害は、ニューヨーク州北部にあった製造工場や世界各地の演習場(ニューメキシコ、スコットランド、イタリア・サルディニア、韓国の離島・梅香里(メヒャンニ)など)で問題になった。日本でも、1995年末から翌年初めに、米軍が沖縄の鳥島で1520発の劣化ウラン弾を使用していたこと分かり問題となった。
さらに、いわゆる「イラク特措法」(イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法)に基づき、2003年12月から2009年2月まで自衛隊がイラクに派遣されたが、派遣先の南部サマーワで、兵器の残骸から高レベルの放射線が測定され、国会で自衛隊員が晒されるリスクをめぐり論戦が交わされた。
[vi] 湾岸戦争では、100万発以上の劣化ウラン弾が使われたが、これらの砲弾に含まれていた劣化ウランの量は、米軍の公式発表によれば、およそ320トンにのぼる。またイラク戦争では、およそその半分の量の劣化ウランが使用されたと推定されている。膨大な量の放射性廃棄物が環境中に放出された意味する。
イラクでの環境汚染及び人体への影響については、ジャワッド・アル-アリ「イラク南部における疫学的研究――人を欺く「安全神話」」、森瀧春子「「生きているか? 正常か?」と問うイラクの母たち――イラクにおけるDU被害緊急調査」(『ウラン兵器なき世界をめざして』所収)を参照されたい。これらの報告は、イラクにおける悪性腫瘍発症率の増加、土壌や地下水の汚染、小児患者などの尿中から検出された、通常値を上回るウラン含有量などについての調査結果に基づくものである。
[vii] 2009年、両戦争で最も激しい戦場の一つとなった南部バスラで、第1回国際がん会議が開かれた。
[viii] 2004年6月、ローマの地方裁判所の判事は、コソボなどに派遣された後、骨や肺のがんを発症し亡くなったステファノ・メローネの遺族に対して50万ユーロの賠償を支払うよう命じた。さらに、2007年12月、イタリア国防大臣アルトゥロ・パリジは、劣化ウラン問題に関する委員会において、「77名のイタリア兵が白血病や癌で死亡し、312名が同種の重い病気にかかっている」と述べた。詳細は、ステファニア・ディヴェルティート「イタリアにおけるDU問題」、フィリッポ・モンタペルト「劣化ウラン それは、過去・現在・未来にわたって殺し続ける兵器」、横澤典子・今井俊政「旧ユーゴでの劣化ウラン問題」(『ウラン兵器なき世界をめざして』所収)を参照。
[ix] レイ・ブリストウ「イギリス政府の欺瞞は続く――湾岸戦争、バルカン、そしてイラク戦争」(『ウラン兵器なき世界をめざして』所収)を参照。
[x] “Ukraine war: UK defends sending depleted uranium shells after Putin warning,”BBC, March 22, 2023 (https://www.bbc.com/news/world-europe-65032671
[xi] 「米軍も生体への影響を認識 劣化ウランで調査報告」(共同通信, 2003年7月8日)。典拠は、ワシントンの「核政策研究所」が2003年7月に発表した報告書「劣化ウラン――危険性評価の科学的根拠」(“Depleted Uranium: Scientific Basis for Assessing Risk,”Nuclear Policy Research Institute, July, 2003 (https://www.helencaldicott.com/depleted.pdf
[xii] キャンペーンの詳細については、ICBUWのホームページ(https://www.icbuw.eu/en/)を参照されたい
[xiii] この法律は、いわゆる「通常兵器」に含まれてきている劣化ウラン弾、および劣化ウランを用いた装甲の、ベルギー国内における製造、貯蔵、供給、移送、使用を「予防原則に基づき」、国内法として世界で初めて禁止するものとなった。続いてコスタリカが同様の禁止法を2011年4月27日に採択している。
[xiv] 「ヒバク反対キャンペーン」のホームページ(http://www1.odn.ne.jp/hibaku-hantai/uran-heiki-kinsi.htm)などを参照
[xv] この決議案に対して、一貫して反対して来ているのは、米国、英国、フランス、イスラエルの4カ国のみであり、ロシアはずっと棄権して来ている。詳細は、https://www.icbuw.eu/en/を参照
[xvi] 「劣化ウラン兵器――その現状 2022 」を参照。https://www.icbuw.eu/en/
しかし最近の報道によれば、「米軍は、依然として、主要戦車M1A2 Abramsに装備する装甲貫通弾M829A4などの劣化ウラン砲弾を開発している(ランド研究所上級アナリストのスコット・ボストンの発言)」(「ワシントン・ポスト」3月23日)。今後の米軍の対応が注視される。
これまでに劣化ウラン弾を製造したことがあると確認されているのは、米国、イギリス、フランス、ロシア、中国、インド、パキスタン、セルビアである(イギリスの場合、大口径砲弾については2003年以降製造を止めている)。また、今まで保有していたと確認されている国は、以上の製造国に加え、イスラエル、ギリシャ、トルコ、サウジアラビア、バーレン、エジプト、クウェート、タイ、台湾など。しかし、現時点において、劣化ウラン弾がどの国によって保有されているか、すでに廃棄されているのかについては確認できていない。
[xvii] 『Hiroshima Appeal―劣化ウラン弾禁止を求めるヒロシマ・アピール(第二次改訂版, 68頁)』(NO DU ヒロシマ・プロジェクト, 2003)などを参照されたい。