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In-Depth トゥールビヨンは腕時計にとって本当の利点があるか

明確な答えを求めて、ロジャー・スミス氏に伺った。

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ブレゲが時計の性能を向上させるためにトゥールビヨンを発明したのは、紛れもない事実だ。ブレゲによってトゥールビヨンが発明されたのは1801年のことであるが、それと同時にブレゲは論争を巻き起こした。トゥールビヨンは、時計の平面位置と垂直位置との間の精度差を最小限に抑えるという、非常に特殊な機能をもつ。精度に関心のある方は、時計が時刻を計時するとき、それぞれの姿勢差によって微妙に異なる精度で時計が動くことをご存知だろう。縦位置であるリューズが上、下、左、そして右、横位置(フラット位置)。さらにダイヤルが上、または下の水平位置である。ジョージ・ダニエルズは著書『Watchmaking』の中で、トゥールビヨンの目的を簡潔に述べている。「本発明の目的は、脱進機を連続的に回転させて均一な平均精度を出すことにより、テンプの姿勢差による誤差をなくすことにあった」。

スタニスワフ・ポトツキ伯爵のために作られた1806年製のブレゲの4ミニッツトゥールビヨン、no. 1176。ブレゲのナチュラルエスケープメントを備え、振動数は2万1600振動/時。2014年にクリスティーズで93万5442ドル(約9680万円)で落札。

 最大のズレは、垂直位置と水平位置で、テンプとヒゲゼンマイに重力の影響が加わるために発生するものだ。ブレゲの考えでは、ダイヤルと同じ平面で回転するキャリッジの中にテンプとヒゲゼンマイ(ガンギ車を含む脱進機も)を入れれば、全ての垂直位置で平均的な精度が得られるという。ダニエルズ氏は、「トゥールビヨンでは、従来の時計よりも垂直方向で均一の精度が得られるため、より長く優れた時間を維持することができる」と述べ「トゥールビヨンウォッチは従来の時計よりも正確な計時が期待できる。より長い時間、より近い精度を維持するためには、衝撃が加わる面に注油を必要としない脱進機を搭載する必要がある。その理由は明白で、潤滑油が劣化すると時計の精度を変化させるからだ」と話す。

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 さて、これらのことは比較的簡単なように思える。トゥールビヨンは精度の安定性を助けるものであるべきだという考え方は直感的に理解できるが、現在ではトゥールビヨンは役に立たないというのが常識となっており、実際には何よりも邪魔な存在であるということがよくいわれている。トゥールビヨンの理論的な可能性に反して、実用的な議論がいくつかあるが、その中でも腕時計の中に搭載するトゥールビヨンに反対する議論と、そもそもトゥールビヨンに反対する議論に分けることができる。

パテック フィリップ天文台トゥールビヨンムーブメント、50秒トゥールビヨン搭載、20世紀半ば、ファーストクラス会報誌より取得。

 後者の反対意見を先に述べると、トゥールビヨンは別の問題を解決しようとしているが、いくつかの問題を引き起こしているというもの。全ての縦位置で平均的な精度が得られるのは確かだが、脱進機のロックが解除されたときにテンプを動かすだけでなく、ケージ内の全ての質量 - つまり、ヒゲゼンマイ、レバー、ガンギ車を次へと動かす必要があるため、より強力な主ゼンマイが必要になる。その上、ケージ自体も動かさなければならない。テンプのロックが解除され、脱進機が進むたびに、何もかもが移動しなければならず、これは大きな慣性負荷となり、アンクルとガンギ車の歯に大きな負荷がかかるのだ(もしこの問題を回避したい場合や、安価にトゥールビヨンを製作したい場合は、より強力な主ゼンマイを投入することで、加工精度の低さを克服することができる。しかしながら、伝統的にトゥールビヨンを製造するには過剰な摩耗を避けるために、非常に高い精度で製造する必要があった)。

オーデマ ピゲのウルトラシン Cal.2870、1986年製。

 腕時計の場合、この問題はさらに顕著になる。懐中時計であればスペースの問題はそれほど深刻ではないかもしれないが、腕時計ではトゥールビヨンがスペースを占有してしまう。50mm以上の懐中時計にトゥールビヨンを組み込むこと自体も難題だが、直径30mmのムーブメントにトゥールビヨンを組み込むのは、さらに別の難題だ。クォーツが登場した時計ブーム以前の時代に作られたトゥールビヨンウォッチは確かにあったが、例えば、パテック フィリップもオメガも同様に、天文台コンクールのためにトゥールビヨンウォッチを製造していたが、その数は非常に少なく、そこで勝利を収めるためには、レバー脱進機の改良や微調整の技術向上が主な課題となっていた。1986年に発表されたオーデマ ピゲの超薄型トゥールビヨンウォッチ Cal.2870は、時計製造の技術力の高さを示すものであり、精度の高い計時に貢献するものではなかった。

 最後に、格言にもあるように、骨折り損のくたびれもうけではないかということだ。時計業界では、時計のムーブメントに最も望ましい特徴として、シンプルさと堅牢性を提唱していることで知られる時計師ロジャー・スミス氏に、腕時計におけるトゥールビヨンについての見解を尋ねてみた。彼の答えはこうだ。

 「ジョージ(・ダニエルズ)は、現代の時計学において、トゥールビヨンは実用的な目的をもたないことを喜んで認めただろうと思いますが、私もそう思うのです。トゥールビヨンは、その性質上、時計(2本のフレキシブルアーム;テンワを支える腕)が受ける温度の変化や遠心力、繰り返される衝撃などによって、分割されたバイメタルテンプの振れ幅に対処するために発明されました。トゥールビヨンがこれらの課題を中和してくれたのです」

 「今日の時計業界では、工場や工房で一旦構えてしまうと動かない金属製のモノメタリックテンプを使用しているため、実用的な目的でのトゥールビヨンは歴史に残る存在となっています。しかし、今日におけるトゥールビヨンの役割は、時計メーカーが自社の技術、芸術性、小型化されたメカへのこだわりをアピールしたいとき、そして群衆の中で際立った存在になりたい時にあります。私は今でも時計の中にトゥールビヨンを入れたいと思っています」

ブルガリ オクト フィニッシモ トゥールビヨン オートマティックは、トゥールビヨンをスリムでモダンにアレンジしたモデルだ。

 トゥールビヨンは懐中時計に搭載されるのが一般的だが、スミス氏は興味深い指摘をしている。グルシデュール以前のテンプに使用されていた切りテンプは、スティール製ヒゲゼンマイと組み合わせて使用されていたが、静的にも動的にも釣り合いをとるのが非常に難しく、さらにテンプの伸縮によって姿勢差の誤差が増幅されてしまった。これに関しては、トゥールビヨンが有効である可能性があるが、少なくとも天文台コンクールの記録を見る限り、1890年代のジラール・ペルゴの天文台トゥールビヨンが有効であるように思える。ニューシャテル天文台では、平置きと吊り下げ位置との差がわずか1日あたり0.19秒であると記録されているのだ。しかし、モノメタリックテンプを採用した現代の時計では、時計の精度の観点から見ても、この装置は、よく言っても余計なものであり、悪く言うなら寄生虫のようなものである。現代のロレックスの腕時計を一例に挙げると、工場出荷時には1日あたり±2秒に調整されているが、これはトゥールビヨンウォッチ(例えば39mmのオイスターパーペチュアルなどと同じプロポーションの腕時計)ではなかなか実現できないことだ。

ジラール・ペルゴ天文台トゥールビヨンのダイヤル側、1889年。

ジラール・ペルゴ天文台トゥールビヨンのムーブメント、1889年。

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 それでも、トゥールビヨンウォッチのデータには興味深い外れ値(統計学において、他の値から大きく外れた値のこと)がある。国際クロノメーターコンクールは、本物の精度を競う数少ない近代的なコンペティションの例の1つだ。2011年には、グルーベル・フォルセイのダブル トゥールビヨン テクニックが総合優勝し、1000点満点中915点を獲得。クラシック部門で優勝したティソは764点を獲得した。2009年のコンクールでは、ジャガー・ルクルトのマスター・トゥールビヨンとジャイロトゥールビヨンが最高得点を獲得した。このような少ない事例でも、もちろん、トゥールビヨンの利点についての確かな情報はほとんど提供しておらず、微調整を行うことの方が大きく左右すると言えるかもしれない。しかし、少なくともトゥールビヨンが必ずしも精度に不利ではないことを示している。もちろん確固たる証明ではないかもしれないが、なにかであることは確かだ。

グルーベル・フォルセイ ダブル トゥールビヨン テクニック サファイア。

 腕時計におけるトゥールビヨンの議論の中で忘れられがちな最後のポイントは、“縦位置の平均精度が単一であること”自体が、不安定になりやすいということだ。単一の平均精度をもつことは確かに理論的には有用だ。ただし、その単一の精度は平均であり、主ゼンマイの動力量、時計の潤滑状態によって変動する可能性があり、姿勢差の誤差が多かれ少なかれ誇張される可能性があるのだ。後者の問題は、多軸腕時計トゥールビヨンが解決しようとしている問題であり、確かに、そのようなトゥールビヨン、例えばグルーベル・フォルセイのものは、知的で魅力的だ。控えめな賞賛をこめた非難に聞こえるかもしれないが、そうではない。このような時計の知的興味は万人向けではないが(価格的にも誰にでも当てはまる時計とはいえない)、長期的な精度の安定性に対する最先端の機械的解決策を探求する上で、興味深い例であることに変わりはない。ジラール・ペルゴのような実験的な定力脱進機(コンスタント・フォース・エスケープメント)は、そのような実験の別の例であり、私は時計の世界は間違いなくこうした存在のおかげで、豊かになったと思うのだ。

A.ランゲ&ゾーネ 1815 トゥールビヨン ハンドヴェルクスクンスト。

 トゥールビヨンが、垂直位置で単一の平均精度を生成する能力を有すること踏まえ、少なくとも理論上の利点を腕時計で証明できるというのは本当かと聞かれたスミス氏は、「シンプルで、テンプとゼンマイが適切にセットされていれば、一般的な時計もトゥールビヨンと同じように垂直方向の精度を維持することができる。長期的に見れば、特に潤滑剤が古くなってくると、シンプルな時計の方が複雑なトゥールビヨンよりもはるかに優れた性能を発揮するだろう」と述べた。

1987年にフィリップ・スターンのためにケースに入れられたパテックの天文台トゥールビヨン、No.86115。

 この評価には論争の余地がないという一定の最終性があるが、それでもトゥールビヨンは魅力的だと思う。機会があれば、フィリップ・スターン氏のためにケーシングされた、パテックの天文台トゥールビヨンを日常の腕時計として着用してみたいものだ。 私はそれが大好きなのだ。 確かに、安価で大量生産されたトゥールビヨンは、工芸品の現れとしてトゥールビヨンの価値を収縮させたように見えるかもしれないが、そうしているのは、大量生産された安価な時計がデュフォーのシンプリシティの価値を低下させているにすぎないと思う。現代の時計づくりは、何をするかということよりも、どのようにするかということの方が重要なのかもしれず、そして美しく作られたトゥールビヨンは今も比較的希少なものであり、本質的にこの上なく興味深いものなのだ。