高市早苗担当大臣も「まだ分からない」連発なのに…「経済安保情報保護法案」を閣議決定 識者の見方は?

2024年2月28日 06時00分
 政府は27日、国が指定した経済安全保障上の機密情報を扱う人を認定する「セキュリティー・クリアランス(適性評価)」制度の導入を盛り込んだ「重要経済安保情報保護・活用法案」を閣議決定し、国会に提出した。今国会での成立を目指す。国民の知る権利やプライバシーが侵害される恐れがある法案だが、どんな情報が機密情報に指定されるか基準がはっきりせず、指定の適切性をチェックする国会の関与もない。政府の恣意(しい)的な運用への懸念が残る。(川田篤志)

◆「情報」を漏えいすれば最長5年の拘禁刑

 法案は防衛、外交、スパイ防止、テロ防止の4分野の情報保全を目的にした2014年施行の特定秘密保護法の「経済安保版」。同様の制度がある欧米各国と足並みをそろえることで、当局間の情報共有や、関連技術を巡る企業間の国際共同開発の推進を目指す。
 政府はインフラや重要物資のサプライチェーン(供給網)に関して国が保有する情報のうち、漏えいすると安全保障に支障がある恐れがあるものを「重要経済安保情報」に指定。インフラ保護などを行う企業や研究機関で政府の基準を満たした「適合事業者」の従業員らは、適性評価で認定されれば情報提供を受ける。
 情報を漏えいすれば、最長5年の拘禁刑が科されるが、何が「重要経済安保情報」に当たるのかの基準はあいまいなままだ。法案を担当する高市早苗経済安保担当相は27日の記者会見で、具体例や想定される指定件数について「まだ分からない」と繰り返した。

 重要経済安保情報 国民生活や経済活動にとって重要なインフラや物資のサプライチェーン(供給網)に関し、(1)外部行為から保護する措置や研究(2)脆弱(ぜいじゃく)性や革新的技術(3)保護措置について外国や国際機関から収集した情報-などのうち、公になっておらず、漏えいが国の安全保障に支障を与える恐れのあるもの。指定期間は5年以内だが、30年まで延長でき、さらに内閣の承認があれば60年まで延長できる。

◆飲酒の節度も犯罪歴も家族の国籍も調べられる

 適性評価は、本人の同意の上で、飲酒の節度や経済状況、犯罪歴のほか家族の国籍などを調べられ、公務員のほか、民間企業の従業員も幅広く対象となるが、どれほど膨らむか「積算は現時点で難しい」(政府関係者)という。
 情報の指定や解除、適性評価の認定基準は、同法成立後に政府が定めるため、法案審議を通じても明らかにならない恐れがある。さらに、指定や適性評価の実施状況は国会に報告されない。適切かどうかの監視は内閣府の独立公文書管理監が担うが、行政組織内でのチェックにとどまる。
 政府はこれまで与党に対し、指定されるのは政府が保有する情報に限るとしてきたが、民間事業者が独自に発見したサイバー攻撃に関する情報などが国に提供されれば、対象になり得るとの見解も示した。
  ◇
 政府は、経済安全保障に関する機密情報の管理を厳格化する「重要経済安保情報保護・活用法案」について、今国会で成立を図る構えだ。10年前に施行した特定秘密保護法を経済分野に拡大する内容で、情報を取り扱う民間事業者が政府による身辺調査の対象になる。法案の必要性や懸念について、政府の有識者会議で座長代理を務めた東京大公共政策大学院の鈴木一人教授と、日弁連の情報問題対策委員会委員の三宅弘弁護士に聞いた。

◆鈴木一人教授「外国との共同研究、参加に必要」

 —法案の背景は。
 「特定秘密保護法では防衛、外交、スパイ・テロ防止の4分野に関する情報を特定秘密に指定し、それにアクセスできる人を限定してきた。だが、最近では宇宙など防衛に近いが防衛ではない分野、デュアルユース(軍民両用)分野がたくさん出てきて、欧米と共同研究をする場合、同等のセキュリティー・クリアランス(適性評価)がないと参加できない。情報流通の制約を取り払い、外国との最先端の共同研究に参加する『免許証』となる適性評価制度が必要とされている」
 —仕事で適性評価が事実上強制になるのでは。

東京大公共政策大学院の鈴木一人教授(本人提供)

 「本人の同意が前提だ。有識者会議でも入社前に適性評価が必要になることを告知するなど対応策を提言した。それでも組織から不利益な取り扱いを受けた場合、異議申し立てができる仕組みも設けるべきだ」
 —政府が新たに指定する重要経済安保情報は。
 「まず民間の情報をいきなり政府が指定することはないし、学術研究で公知のものも対象にならない。政府のお金や委託で開発した技術関連など、政府が保有する情報が前提になる」
 —例えばどんな情報か。
 「サイバー攻撃の攻撃元や手口に関する政府保有の情報は、民間のサイバーセキュリティー会社にとって対策上重要で、適性評価を受けた人に提供される。半導体や宇宙、原子力など重要物資の規制や守るべき技術に関する情報も入る。中国は、半導体の素材に使う希少金属のガリウムやゲルマニウムを輸出規制している。代わりの調達先など日本政府の調査分析で得られた情報は、半導体関連企業にとって必要になる」
 —特定秘密と異なり、指定状況の国会報告がない。
 「米議会では、適性評価を受けた議員だけで構成する委員会に限って報告する。日本の国会議員は情報漏えいのリスクでもあり、一切外に出さないなら国会報告はあってもいい」(聞き手・川田篤志)

 鈴木一人(すずき・かずと) 1970年、長野県生まれ。専門は国際政治経済学、科学技術政策論。著書に『宇宙開発と国際政治』(岩波書店)など。政府の「経済安全保障分野におけるセキュリティー・クリアランス制度等に関する有識者会議」の座長代理。

◆三宅弘弁護士「首相の下に個人情報が集約される」

 —法案をどう見るか。
 「政府が指定する重要経済安保情報の範囲が曖昧だ。軍民両面で利用可能なデュアルユース技術などに秘密保護の網をかけていくと、外縁が際限なく広がるのではないかと危惧(きぐ)する。指定や解除の運用基準を定めるというが、法的拘束力はない。2022年に成立し、セキュリティー・クリアランス(適性評価)制度導入の前提となった経済安保推進法でも『経済安全保障』の定義がそもそもなく、詳細は政府が決める政省令に委ねられている」
 —企業への影響は。

インタビューに答える三宅弘弁護士=東京都新宿区

 「法律で指定の範囲や基準がはっきりしなければ、企業にとっては何が重要経済安保情報に当たるか分からないまま、処罰規定に触れてしまう可能性もある。(軍事転用可能な装置を不正輸出した疑いをかけられたが、捜査の違法性を東京地裁が認定した)大川原化工機事件のような冤罪(えんざい)が起こりかねず、営業の自由の侵害にも関わる問題だ」
 —適性評価を受ける民間人が増えると見込まれる。
 「家族や同居人の国籍、薬物乱用や精神疾患、飲酒の節度など適性評価で調べる項目はかなり広い。調査は首相や省庁など行政機関の長が行う。首相の下に個人情報が集約されることの是非も議論した方がいい」
 —特定秘密保護法と一体的に運用されるが違いは。
 「特定秘密の運用に課題は残されているが、衆参両院の情報監視審査会が指定状況などを一応は審査する仕組みがある。だが、今回の法案には重要経済安保情報について同様の報告義務は盛り込まれていない。国会軽視ではないか」
 —どうすべきか。
 「国会のチェックが及ばなければ、運用基準の適用が独り歩きする恐れもある。漏えいに実刑が科される重い情報を国会がスルーしていいとは思わない。政府は機密度が低いから報告はいらないという姿勢ではなく、正々堂々と報告すべきだ」(聞き手・近藤統義)

 三宅弘(みやけ・ひろし) 1953年、福井県生まれ。専門は情報公開法。2010〜18年、内閣府の公文書管理委員会委員。委員長代理も務めた。著書に「知る権利と情報公開の憲法政策論—日本の情報公開法制における知る権利の生成・展開と課題」(日本評論社)など。

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