齊藤工「“俳優監督”だからこそ、慣習を崩していくこともできる」“風通しのいい撮影現場”にするために徹底したこと

齊藤工「“俳優監督”だからこそ、慣習を崩していくこともできる」“風通しのいい撮影現場”にするために徹底したこと

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#齊藤工
INTERVIEW
2023.9.13

幸せになるはずの“マイホーム”をきっかけに、恐怖の出来事に巻き込まれたら……“衝撃のラスト”として話題となった、神津凛子氏によるベストセラー小説『スイート・マイホーム』を、俳優としても活躍する齊藤工監督が映画化。当初、齊藤監督は「映画化には反対だった」と振り返るが、なぜ実現しようと、その思いが変化したのか――。全3回にわたってお話を伺った。

【vol.1】から読む

齊藤工「結婚して、家を建てる…それは誰から見た“理想”なのか」“反対”だった映画化を実現することになった理由

“風通しのいい現場”であるために、できることは徹底した

――窪田正孝さんが演じる主人公の賢二には、あるトラウマがあり、それもまた恐怖を引き寄せていきますが、齊藤さんもトラウマに感じる恐怖体験はありますか?

僕は記憶にないのですが、幼いころ、誰もいない玄関に向かってときどき話しかけていたらしいんですよね。それで、あるとき僕が、顔が穴だらけのおじさんの絵を描いて、母親が悲鳴をあげたことがあるそうです。姉いわく、そのおじさんは姉の部屋に住んでいたそうなんですよ。僕が当時お付き合いした方が家に泊まりに来たとき、姉が不在だったので部屋を使ってもらったのですが、夜中に悲鳴が聞こえて駆け付けたら、何者かに「いつもの子じゃない」と言われたと……。

――めちゃくちゃ怖い話じゃないですか!

デジタルに限らず、家のなかにはそういう“眼”も存在していることがある……かもしれませんね(笑)。ちなみに今は、その家はもうなくて、道になっています。

――作品の怖さに反して、出演した方のコメントをみると、とても和やかな現場だったようですが、役者として出演するときとはまた違う、監督として心がけていたことはありますか?

ストレスの溜まらない風通しのいい現場であるために、できることは徹底して行っていました。クランクインしたのは昨年の年明けだったのですが、ちょうどその頃、セクハラやパワハラといった、日本映画界における悪しき慣習があらわになるニュースが増えていたときで。僕は、世代的にも我慢するのが当たり前だとどこかで思ってしまっているところがあるし、我慢とも思わないくらい、きつさに対する耐性ができてしまっていた。上も下も、そういうもんだ、って意識が抜けないと、結局繰り返してしてしまうんですよ。

――vol.1で“空気が出来上がって知らぬ間に伝染/継承されてしまう”とお話しされていたことにも通じます。

そうですね。被害者だったはずの人が、いつのまにか加害者になっている。そんな悪循環はやはり見直されるべきだし、膿を出し切るタイミングにきているのではないかなと思いました。そんなときに、僕自身が監督して現場に立つことにも何か意味があるのではないか、と。もちろん、全部署の全員にストレスがまったく溜まらない状況をつくる、なんてことは不可能です。でも、努力することはできるじゃないですか。だから、リスペクト・トレーニングを取り入れるなど、自分なりにできることはしてみました。

俳優監督だからこそ“わからない”フリが許される部分がある

――リスペクト・トレーニングは、Netflixが開発したワークショップ型のトレーニングですね。作品の制作に携わるすべての人が「リスペクト」をしあう意識をもつことで、安心・安全の環境をつくるという、思考トレーニング。

僕の本業は役者で、監督ではない。いわゆる俳優監督です。だからこそ“わからない”フリが許される部分があるというか、実際に勝手がわからないことは多いんですけれど、「そういうものだ」とされている慣習を崩していくこともできるんじゃないかなと思いました。あとは、撮影現場で予算を切りつめねばならないとなったとき、真っ先に食事に被害がいくんですよ。それが、僕はずっと不思議で。

――食事こそ、こだわってほしいですよね。

現場に行けば、おいしくて体にいいものを食べられる、となったほうが、絶対に仕事のモチベーションも上がるはず。それなのに現実には逆で、現場にいればいるほど、ヘルシーとは真逆の方向に導かれていくのはナンセンス。現場に拘束される時間が長いからこそ、現場にいることで心も体も改良されていく、という環境づくりをした方が、結果的にプラスになるはずなんです。だから僕は、用意するお弁当はできるだけオーガニックなものにしたり、お味噌汁や納豆を用意したりするようにしていました。

――以前取材させていただいたときも、腸活にハマってらっしゃいましたよね。

腸活と菌活が体にいいことは、コロナ禍に実践して実証済みなので、その経験を生かしました。僕は、役者のみなさんに「出会ったことのない自分に出会ってほしい」と思っていたので、思う存分、演技に集中してもらうためにも、環境を万全に整えることが最重要課題だったんですよね。やっぱり、これまでの作品では見たことのない表情や感覚を引き出せることが、新しい作品に挑戦する意義だとも思うから。役者だけでなく、スタッフのみなさんにも「この現場では自由に自分の力を発揮できる、新しいことに挑戦できる」と思ってほしかったんです。

折に触れて「最低な顔をしてください」とお伝えしていた

――撮ってみて、役者さんの新たな一面に出会えた瞬間はありましたか?

そこかしこに、そういう瞬間が詰まっていると僕は思っています。蓮佛さんと窪田さんには、折に触れて「最低な顔をしてください」とお伝えしていたんですよ。それは僕自身が、映画『零落』のラストシーンで、監督の竹中直人さんに言われたこと。それはただ、最低の表情をしているということじゃなくて……ほら、街中の鏡やブラックアウトしたスマホの画面で、不意に無防備な自分の顔を見せつけられてびっくりすること、あるじゃないですか。

――あれも一種のホラーですよね。

竹中さんが言っているのはそういうことだと、僕は感じ取ったんです。実際、『零落』の現場で「人に見られている」という感覚を失って演じた僕の顔は、最低なものとして画面に映し出されていました。その経緯も含めて、お二人には説明したんですけれど、僕が竹中さんに「すごくいい指示だな」と新鮮に感じたのと同じように、お二人も感じてくださったみたいで、よかったです。

――演じた後、お二人からは何か言われましたか?

実際、お二人がご自身の演技をどう感じていらっしゃったかは、聞いていないのでわからないですが……窪田さんと長年お仕事をご一緒してきたマネージャーさんからは、「窪田の作品では見たことのない顔。窪田を一番活かしてもらっている映画になった」とおっしゃっていただけて、嬉しかったです。リップサービスもあるとは思うんですけど(笑)、そうなったらいいなと思っていた場所に少しだけ近づけた気もします。まあ、そもそも、役者のみなさんが優秀すぎたんですけどね。

【vol.3】へ続く

齊藤工「“作家性”は自分ではなく人が決めること」監督業としての自分の強みとは

映画『スイート・マイホーム』

全国公開中

出演:窪田正孝
蓮佛美沙子 奈緒
中島 歩 里々佳 吉田健悟 磯村アメリ
松角洋平 岩谷健司 根岸季衣
窪塚洋介

監督:齊藤 工
原作:神津凛子『スイート・マイホーム』(講談社文庫)
脚本:倉持 裕
音楽:南方裕里衣

(C)2023『スイート・マイホーム』製作委員会 (C)神津凛子/講談社

【あらすじ】

長野県に住むスポーツインストラクターの清沢賢二は、愛する妻と幼い娘たちのために念願の一軒家を購入する。“まほうの家”と謳われたその住宅の地下には、巨大な暖房設備があり、家全体を温めてくれるという。理想のマイホームを手に入れ、充実を噛みしめながら新居生活をスタートさせた清沢一家。だが、その温かい幸せは、ある不可解な出来事をきっかけに身の毛立つ恐怖へと転じていく――。その「家」には何があるのか、それとも何者かの思惑なのか。最後に一家が辿り着いた驚愕の真相とは?

Photo: Ken Okada Styling: Mita Shinichi(KiKi inc.) Hair & Make-up: Shuji  Akatsuka Interview: Momo Tachibana

ジャケット ¥73700、シャツコート¥61600、パンツ¥42900/suzuki takayuki(スズキ タカユキ) その他スタイリスト私物<お問合せ先>suzuki takayuki:03-6821-6701

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