幸せになるはずの“マイホーム”をきっかけに、恐怖の出来事に巻き込まれたら……“衝撃のラスト”として話題となった、神津凛子氏によるベストセラー小説『スイート・マイホーム』を、俳優としても活躍する齊藤工監督が映画化。当初、齊藤監督は「映画化には反対だった」と振り返るが、なぜ実現しようと、その思いが変化したのか――。全3回にわたってお話を伺った。
【vol.1】
【vol.2】
絶対、いつかやろうと思っていた“演出手法”
――表情以外で、演出にこだわったところはありますか?
影、ですかね。菰田大輔さんをはじめとする照明部の方々が、大きな人形を使って家に影を映し出していたり、さまざまな陰影をつくりだしてくださいました。あと、美術部の金勝浩一さんにお願いして、過去に人を殺めたことのあるキャラクターに関しては、背景に十字架を背負ってもらっています。それが誰か……は、観て確認していただきたいのですが、実はこれ、映画『昼顔』(監督:西谷弘/2017年公開)で使われた手法なんです。
――気づかなかった……! 今作も『昼顔』も、もう一度、観ます。
ぜひ。『昼顔』では、上戸彩さんが働いている喫茶店の窓ガラスが十字架になっていて、それは監督が意図的に映し出したものなんです。絶対、いつかやろうと思っていて、満を持して丸パクリさせてもらったのですが、意外と誰にも気づかれないので、あえて言うようにしています。この手法は、パクリですと(笑)。
自分だけの“作家性”に憧れた時期もあった
――お話を聞いていると、これまでさまざまな現場で見聞きしてきたものを、ものすごく柔軟に活かしていらっしゃいますね。
逆に、僕には「これをやりたい!」という確固たる意志があまりないんですよ。それよりは、スタッフやキャストのみなさんが「こういうことをやってみたかった」と思うことを、思う存分試していける場をつくることのほうが、僕の強みなのかなと思っていて。
――意外です。とても映画を愛していらっしゃる印象なので、むしろこだわりは強いのかと。
もちろん、自分だけの作家性というものに憧れた時期もありました。でも残念ながら、自分にはそれがないということに気づいたんですよね。これもいい、あれもいい、と全部に興味を惹かれてしまうんです。あとは……映画を観る人にとって、どんなふうにその映画がつくられたかなんて背景は、あまり意味がないんですよね。いいか悪いか、おもしろいかつまらないか、でしかない。もっと言うと、海外の映画祭に参加する度に感じるのは、「普段役者をしている人間が撮った映画だ」という情報は、ノイズでしかないんです。
――ちょっと先入観も入ってしまいますしね。
だから常に、何も知らずに観てくれる人たちの目線を基準にする、というのは心に決めています。そうなると、いい映画をつくるために必要なのは、自分オリジナルの何かや作家性を生み出すことではなく、使えるものはなんでも使って「こうありたい」と言う場所に近づいていくことだけなんですよ。そもそも、監督経験が豊富ではない僕は、知らないことのほうが多いですし、カメラやレンズに関しては撮影部の方に聞いた方が早い。監督なんだから、と気負って知ったかぶりをしてもいいことはないので、早めに白旗をあげるようにしています。邪魔にならない程度に知識をお伺いして、その上で「どうされたいですか」とヒアリングしたほうが、各所でクリエイティビティが発揮されますし。
役者業をしているときよりは、自由でありたい
―― 一方で、今回の映画は、齊藤監督にしか撮れない作品だったとも思うんです。映画を愛していて、役者さんたちの凄味も理解していて、スタッフさんたちをリスペクトしていて……その結集がこれほどぞっとする映画に仕立て上げたのだな、と。
嬉しいです。でも確かに、そういうところはあるかもしれません。先ほども言ったように、作家性に憧れた時期はもちろんありましたし、「監督としてこう見られたい」という欲もありました。でも、それって自分ではなく人が決めることだな、と気づいてからのほうが、僕らしい作品をつくれている気がします。先日、上海国際映画祭で『スイート・マイホーム』が上映されたのですが、その際、観客の方から「監督は、家族のちょっと歪な姿だったり、理想からちょっとずれたかたちを描くことが多いですね。それは監督にとってのトラウマ、あるいは主題なんでしょうか」と。
――そういえば、以前、上海国際映画祭のアジア新人賞部門で最優秀監督賞を受賞した『blank13』(2018年公開)も、家族の物語でしたね。
そうなんです。初めて撮った長編で、お父さんがタバコを買いに行ったまま13年間帰ってこないという、友人であり放送作家のはしもとこうじさんの実体験をベースにしたものなんですが……。確かにそういうテーマに惹かれるものはあるのかもしれない、とハッとしました。そんなふうに、作家性って、人から言われて初めて気づくものでもあるかもしれないな、と思うんですよね。だから今は、「こう見られたい」というポーズがないことが僕のスタイルなのだと思います。
――そもそも、「役者・斎藤工」として積み重ねられてきたものが、「監督・齊藤工」としての作家性にも繋がっている気もします。
どうなんでしょうね。海外の映画祭でキュレーターの方たちとお話しすると、やっぱり監督としての確固たるスタイルがある方が印象に残りやすい、とも言われるんですけれど……。でも確かに、僕は本業が俳優なので、監督としてのクリエイティビティを必要以上に確立しなくていい部分はあるな、と思います。どうしても俳優監督はフィルターをかけて見られてしまうので、いろいろ考えなきゃいけないこともあるにはあるんですけれど。ただ、両方をやっているということで、僕なりにバランスがとれているんだろうなとも思います。
――これから、監督業はどのようなお気持ちで続けていきたいですか。
やっぱり、役者業をしているときよりは、自由でありたいと思いますね。僕自身が、というよりも、スタッフやキャストが自由に遊べる場をつくり、その延長線上にいい作品をつくれたらいいな、と。プロフェッショナルの遊び場をつくれることが僕の監督としての個性なのだと、胸を張って言えるように続けて行きたいです。
齊藤工監督のこれまでのインタビューはこちら
映画『スイート・マイホーム』
全国公開中
出演:窪田正孝
蓮佛美沙子 奈緒
中島 歩 里々佳 吉田健悟 磯村アメリ
松角洋平 岩谷健司 根岸季衣
窪塚洋介
監督:齊藤 工
原作:神津凛子『スイート・マイホーム』(講談社文庫)
脚本:倉持 裕
音楽:南方裕里衣
(C)2023『スイート・マイホーム』製作委員会 (C)神津凛子/講談社
【あらすじ】
長野県に住むスポーツインストラクターの清沢賢二は、愛する妻と幼い娘たちのために念願の一軒家を購入する。“まほうの家”と謳われたその住宅の地下には、巨大な暖房設備があり、家全体を温めてくれるという。理想のマイホームを手に入れ、充実を噛みしめながら新居生活をスタートさせた清沢一家。だが、その温かい幸せは、ある不可解な出来事をきっかけに身の毛立つ恐怖へと転じていく――。その「家」には何があるのか、それとも何者かの思惑なのか。最後に一家が辿り着いた驚愕の真相とは?
Photo: Ken Okada Styling: Mita Shinichi(KiKi inc.) Hair & Make-up: Shuji Akatsuka Interview: Momo Tachibana
ジャケット ¥73700、シャツコート¥61600、パンツ¥42900/suzuki takayuki(スズキ タカユキ) その他スタイリスト私物<お問合せ先>suzuki takayuki:03-6821-6701