大阪市で進む「樹木1万9000本」大量伐採計画 市は「安全のため」というけれど…真の狙いは?

2024年3月10日 12時00分
 大阪市が2018~24年度に、公園の樹木や街路樹計約1万9000本を伐採する事業を進めている。市は「市民の安心安全に影響する木を撤去している」というが、市民や専門家は「切る必要のない木も切っている」「樹木の維持管理コストを削減する狙いがあるのでは」といぶかる。現地を訪ね、真相を探った。(森本智之)

◆樹木医の鑑定では「非常に良好」なのに…

 大阪・梅田から東へ1キロ。56本を伐採する予定の扇町公園(北区)を訪れた。伐採対象の木には予告文が張られている。そのうちの1本、小高い丘の上に立つケヤキは「健全度の低下」や「根上がり等により施設を損壊するおそれ」を理由に伐採すると書いてあった。

伐採予定の樹木に張られた予告文=大阪市北区で(一部画像処理)

 「根上がり」は、成長した根が地表に露出することを言う。確かに根は見えるが、近くの歩道などを壊している様子はない。枝ぶりは見事で、切らなければいけないほど衰弱しているようにも見えない。実際、伐採に反対する住民らが依頼した樹木医の鑑定では「活力・樹形とも非常に良好」と評価されていた。
 見直しを求めている甲南大の谷口るり子教授(教育工学)は「なぜ切られないといけないのか、納得のいく説明がないまま伐採の対象になっている木がたくさんある」と指摘する。
 市は「公園樹・街路樹の安全対策事業」で、街路樹は1万2000本、公園樹は7000本伐採する。総事業費約55億円。市緑化課は「木の健全度に加え、管理上の課題も検討して伐採する木を総合的に判断している」と説明する。管理上の課題とは根上がりで歩道などの施設を壊していたり、枝葉が伸びて隣接の民有地に越境したり、道路標識を遮ったりしていること。ヒマラヤスギは根が浅く倒れやすいとの理由で全て伐採する。

◆「伐採ありきでは?」伐採理由が頻繁に変わる

 「納得がいかない」として谷口さんが指摘するのは南深江公園(東成区)のアメリカフウだ。市は「根上がりしており公園利用者がつまずくなどけがをする恐れがある」と伐採。だが、谷口さんが直前に撮った写真では、根上がりしているように見えない。昨年12月の市議会でも取り上げられ共産党の市議から「これで切るなら市内中の木を切らなあかん」と批判された。

伐採直前の南深江公園。手前のアメリカフウは「根上り」を理由に切られたが、根が露出しているようには見えない=大阪市東成区で(谷口るり子さん提供)

 谷口さんは「『植栽密度』に問題があるから4本切ると聞き、現地に行くとそこそこ間隔が空いている。そもそも全部切らなくても1本か2本切れば密は解消される。そのことを問うと、『腐朽している』とか『根上がりしている』と言う。市に問題を指摘すると、伐採の理由が変わることが頻繁にある。伐採ありきでは」と嘆く。大阪市の街路樹撤去を考える会の谷卓生さんも「標識を隠したり、隣に枝が伸びると言っても剪定(せんてい)すればいいだけ。大阪市の言う伐採の理由はめちゃくちゃだ」と話す。
 谷口さんと「考える会」は昨秋、樹木医に依頼して伐採対象のうち無作為抽出で36本を鑑定。扇町公園のケヤキもその1本だ。結果、安全上問題があると判断されたのは6本で、8割以上は「市民の安全・安心に支障を来すとは考えられない」と結論づけられた。
 鑑定した地域緑花技術普及協会(東京)の細野哲央代表理事は「市が示している伐採理由は合理性を欠く。なぜ切るのか、見えないブラックボックスの中で判断されている印象で、非常に乱暴だ。ヒマラヤスギは確かに倒れやすいが、それだけで切るのも聞いたことがない」と非難する。

◆「経費の節減」って言ってましたが

 伐採の「本当の理由」として指摘されているのが樹木を減らして維持管理費を下げるコストカット説だ。
 22年3月の市議会委員会で自民党の市議が樹木の管理について質問した。それによると、直近約10年の市の公園樹と街路樹の維持管理費は概(おおむ)ね9億5000万円前後で横ばいの一方、物価上昇などで剪定本数は12年度の12万6000本から20年度は6万2000本へ半減した。

上半分が伐採された街路樹=大阪市で(谷口るり子さん提供)

 「維持管理のレベルが低下するのでは」と危ぶむ市議に対し、緑化課長は「一度に大きく枝を刈り込み、剪定の間隔を延ばす強剪定を行うなどの工夫をしている」と答弁。強剪定は「緑陰機能(枝葉のつくる木陰により夏場の気温上昇を抑える)を損なう上、樹木にもダメージを与える問題のある手法」(千葉大の藤井英二郎名誉教授)で、苦しい台所事情がうかがえる。
 続けて課長が言及したのが樹木の伐採事業。「2018年度からは緊急安全対策事業予算を活用し、市民の安全に支障を及ぼす恐れのある大木化した樹木などを撤去し、若木や成長が緩やかな樹木に植え替えることにも取り組み、安全の確保とともに管理しやすい樹木とすることで、経費の節減に取り組んでいる」と説明。経費節減のために伐採しているように読める。
 市緑化課は取材に「事業はコストカットが目的ではない。結果的にそうなるという意味だ」と説明するが、地域緑花技術普及協会の細野代表理事は「予算措置が十分ではなく、樹木の管理が難しくなっている自治体は多い」と述べる。

◆「稼ぐ公園」にするため1200本を伐採

 実は大阪市で伐採が問題になるのはこれが初めてではない。大阪城公園では15〜17年度、商業施設を建設するために約1200本が伐採された。市は大阪城公園を「世界的観光拠点」にすることを目指して、運営を民間に委託。劇場などの商業施設が建設される際に大量の樹木が伐採された。

大阪城公園で伐採された樹木。この後、劇場が建設された=大阪市中央区で(谷口るり子さん提供)

 公園の維持管理も各自治体の重荷になってきた。国の後押しもあって、公園管理の民間委託は全国で進み「稼ぐ公園」をキーワードに開発が行われている。
 問題はこの情報が事前に市民に知らされていなかったことだ。気付いたのは近くに住む、前出の谷口さん。散歩の際、切られた木が大量に山積みにされているのを見つけ、市に情報公開請求して発覚した。今回の安全対策事業でも、どの木をどんな理由で切るかは市が内部で決定。反対の声が出たのも谷口さんらが身近な場所で大量に切られていることに気づき、警鐘を鳴らしたから。市がどの木を切るかなどの情報をホームページで公表し始めたのは23年になってからだ。
 都市計画が専門の大方潤一郎東大名誉教授は「街路樹も公園樹も重要な公共財。住民の意見をよく聞いた上で方策を決めるのは当然で『知らないうちに切られた』ということはあってはならない」と指摘する。

◆維新の「身を切る改革」のうち?

 現在、市は「市民に丁寧に説明する」とする一方、「このままにしておくと危ない木を切っており、どの木を切るか住民と対話をして決めていく質のものではない」と計画を変えるつもりはない。

「根上り」していても伐採対象外の樹木=大阪市北区で

 一連の伐採は、橋下徹、吉村洋文、松井一郎、現職の横山英幸各氏と、日本維新の会の市長の下で進んだことから、SNSでは維新の「身を切る改革」になぞらえ「木を切る改革」と揶揄(やゆ)する声が上がる。行政コストのカットと共に、予算の選択と集中を進めたため、必要な予算が削られているとの懸念があるようだ。
 「考える会」の谷さんは「合理性がないのが一番で、私には維新批判以前の問題。ただ、開催の意義がない万博にお金を使うなら、住民の身近な樹木のためにお金を使ってほしい」と訴える。

◆デスクメモ

 あちこちで浮上している樹木伐採の問題が大阪でも明らかに…。だいぶ前から行っていたのに、いまだに理由もはっきりしないとは。住民に知らせず「見えないブラックボックスの中で判断されている」なら、許されない。時間をかけて成長した木を切れば、元に戻すのは容易でない。(本)

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