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現在公開中の映画『スイート・マイホーム』は、第13回小説現代長編新人賞を受賞した神津凛子さんの小説デビュー作が原作です。映画化にあたり、監督を務めたのは齊藤工さん。俳優業の一方で20代から映像制作にも関わり、初長編監督作『blank13』(2018年)では、国内外の映画祭で8冠を獲得している実力派です。

齊藤工監督がこの作品に関わることになったきっかけや、演技派揃いのキャスティング、演出に込めた思いなどを話してくれました。

 

齊藤工
1980年、東京都生まれ。パリコレクションなどのモデル活動を経て、2001年に俳優デビュー。20代から映像制作にも積極的に関わり、初長編監督作『blank13』(2018)では国内外の映画祭で8冠を獲得。『フードフロア:Life in a Box』(2020)では、AACA2020(アジアン・アカデミー・クリエイティブ・アワード)にて、日本人初の最優秀新人賞を受賞。俳優デビューは映画『時の香り~リメンバー・ミー~』で、その後、『団地』(2016)、『昼顔』(2017)、『孤狼の血 LEVEL2』(2021)、『シン・ウルトラマン』(2022)、『シン・仮面ライダー』(2023)、『零落』(2023)など多数。監督で活動する時は本名の「齊藤工」を用いている。

 

ホラーではなく、人間の奥深くに潜む何かを描いた作品


――小説『スイート・マイホーム』(講談社文庫)が発表されたのは2019年でしたが、その年に本作のプロデューサーから監督の打診があったそうですね。

(齊藤工監督、以下同)僕が制作サイドだったら、かなりギャンブルだなと思います(笑)。アメリカケーブルテレビ放送局HBO系列“HBOアジア”制作のドラマ『Folklore(民間伝承)』で、アジア6カ国の監督が各国の伝統にまつわるホラーを作るプロジェクトがあり、『TATAMI』というホラー作品を監督したことがあったんです。だから、このジャンルは苦手ではないという自負はありました。

お話をいただいてから原作を読んだのですが、これは人間の奥深くに潜む何かを描いた作品で、ホラーではないなと感じました。ちょうどこの頃、韓国映画の『パラサイト 半地下の住人』がアカデミー賞を獲得し、家にまつわる何かに注目が集まっていました。また、この作品は廃墟や古びた日本家屋ではなく、新築の一戸建てが舞台。新しいものにある余白的な恐怖については、僕自身が日々実感していることもあったんです。こうしたことから、僕が監督でいいんだろうか? という思いから、さまざまな自分ごとに接続していった気がします。

©2023『スイート・マイホーム』製作委員会 ©神津凛子/講談社

――原作の『スイート・マイホーム』を読んでいると、ありありとリアルな映像が浮かび上がってくる描写が印象的でした。それを映像化するとなると、監督としても大変だったのではないでしょうか?

それは強く思いましたが、僕が信頼している映画人が集まってくれたので、本作の映像化という難題に、それぞれの角度から照明を照らすことで、そこから見えてくるものへの興味が強まっていきました。特にキャスティングも重要なポイントで、僕がいち映画ファンとして、客席の厳しい目線に耐えうる方々ばかり。主人公の窪田正孝さんは、僕の中では絶対的な第一候補でした。

――窪田さんにそこまで惹かれた理由は?

主人公でスポーツインストラクターの賢二は妻子がいて、家族のことをとても大事にしていますが、一方でスポーツジムの同僚とも浮気をしています。また、人に言えない何かを抱えているところもあり、多重構造の複雑なキャラクターです。男性として褒められた人物ではないものの、どうも切り捨てられない愛嬌も含めた佇まいは窪田さんしかいない、と思いました。神津先生も実は窪田さんのファンで、彼をイメージして書いた小説があると聞き、驚きました。

この賢二役、僕だったら演じられないなと思うほど本当に難しい役柄だと思いますし、賢二の兄・聡役の窪塚洋介さんをはじめ、登場人物全員が難役。素晴らしい俳優の方々をキャスティングできた時点で、一つ大きなものを達成した感覚はありました。

現場ではキャストやスタッフがお互い影響しあって化学反応が起き、それがツイストしていくようなところがありました。「あ、カットは僕がかけるんだっけ?」と思うほど、モニター越しにその様子を見入っていました。詳細はお話できないのですが、ラストシーンも本当はあの場面で終わる予定ではなかったのですが、あまりにも演者の表情がよくて、本番の時だけに宿った何かを感じ、「この場面で終われる」と確信できるものでした。撮影中は鳥肌がずっと立っていましたね。

©2023『スイート・マイホーム』製作委員会 ©神津凛子/講談社

 
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