芥川賞作家・九段理江さん「受賞作の5%は生成AIの文章」発言の誤解と真意、AIある時代の創作とは

2024年2月18日 07時25分
 先月、第170回芥川賞に決まった九段理江さん(33)が、受賞作を「チャットGPTのような生成AIを駆使して書いた」と発言したことが議論を呼んでいる。SNS上では「画期的な出来事」と好意的な声がある一方、批判的に受け止める人も。どのように使用したのか、発言の真意を九段さんに尋ねるとともに、今後の小説執筆の現場に与える生成AIの影響を探った。(樋口薫)

<生成AI> 大量のデータで学習した内容に基づき、利用者の指示や質問に応じて文章や画像などを作り出す人工知能。米オープンAIの手がける「チャットGPT」が代表格。幅広い分野での活用が期待される一方、偽情報の拡散や著作権侵害の懸念もあり、各国で開発や利用のルール策定に向けた議論が進んでいる。

◆チャットGPTを使ったのは「登場AI」のセリフのみ

 受賞作「東京都同情塔」は近未来の東京が舞台。作中には「AI-built」という名前の生成AIが登場し、人々はそれを用いて調べ物をしたり、文章を書いたりするのが日常的になっているという設定だ。九段さんは1月17日の受賞会見で「全体の5%くらいは生成AIの文章をそのまま使っている」と語った。この発言は海外メディアにも紹介され、芸術の分野でのAI使用に疑問を投げかける論調も見られた。

九段さんの『東京都同情塔』には、登場人物が生成AIと対話する場面がある(コラージュ)

 九段さんは本紙取材に、チャットGPTの文章を用いたのは、登場人物の質問に対しAI-builtが返答した部分のみで「地の文はオリジナル」と説明。5%という数字についても「会見でとっさに出てしまったが、読み返したら単行本の1ページにも満たない分量で言い過ぎだった」と修正した。また「AI-builtを登場人物のように出しているので取材の一環として生成AIに質問をした。今回は必然性があったが、他の作品では使っていない」とも述べた。

◆選考の平野啓一郎さん「現在は過渡期」

平野啓一郎さん(2021年5月撮影)

 選考委員を務めた小説家の平野啓一郎さんは「選考会でAIの使用については議論にならなかった」とした上で「ワープロやインターネットが登場した時にも、テクノロジーの導入には賛否があった」と語る。今回の騒ぎは「受賞作を読めば、どこに生成AIを使っているかは一目瞭然。使用法に問題はない。読んでいない人の議論がネット上で独り歩きしている印象」という。
 一方で「今後、生成AIの性能が上がれば、創作の中心的な部分での使用もあり得る」と指摘。「賛否あると思うが、過渡期の今は暫定的な措置を取ってもいいのではないか。例えば、ノミネートの前後で、AIをどの程度使っているかを作者に確認し、それを明記した上で候補作とする、など。その上でどう評価するかは選考委員の判断になる」と提言した。
 ある文芸誌の編集者は今回の議論を受けて「現状の新人賞の応募規定にAIの使用制限はないが、最終選考の際、著者に確認する予定だ」と明かす。「使用自体に問題はないが、著作権上の懸念に加え、一緒に作品を作り上げる立場の編集者として感情的にも知っておきたい。参考文献と同様で、発表時に注意書きを加えるなどの対応を取る可能性もある」との考えだ。

◆新技術を用いた価値生まれるか

 今回の議論は、生成AIが小説を執筆するようになった将来、人間が書く小説の価値とは何か、という問いにもつながる。九段さんは「AIは多くの人が納得する答えを出すことに優れているが、人間はデータが導き出した正解のようなものを疑い、別の可能性を探ることができる。新しいテクノロジーによって創出される文学の価値もあるのではないか」と期待を示す。
 平野さんは「読書には、作者と読者のコミュニケーションという側面もある。今後その点が再評価されていくのでは」と予測する。「人間という書き手は一定でなく、成長や老いのような波がある。そうした変化が物語に反映され、人間が書いているという事実に心動かされる読者は、いつの時代にも存在するはずだ」

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