会員限定記事会員限定記事

ハマス殲滅は単なるスローガン、真の目的は…◇東海大学客員教授・アラビア語同時通訳者 新谷恵司【コメントライナー】

2023年12月11日13時00分

「戦闘」ではない、「虐殺」だ

 12月1日、停戦期限が切れると、イスラエル軍はこれまでにない規模の砲爆撃を陸海空から敢行し 、逃げ惑うガザ地区の一般市民を容赦なく殺害した。1日の死者数はパレスチナ当局の発表で200人以上。これが最も忌まわしい ジェノサイド(集団虐殺)でなくて何であろうか?

 その日、日本のメディアはイスラエル軍が「戦闘再開」と見出しを打ったが、反撃する手段を持たない女性や子どもの上に冷血にも爆弾を落とす行為のどこが「戦闘」なのか? 戦闘とは、撃ち合いがあって初めてそう呼べる行為だ。「虐殺」を再開したのである。正確に報じてほしい。逃げ場のない住民を兵糧攻めにした上で狙い撃つ、世界で最も卑怯(ひきょう)かつ残虐な軍隊の行為には、正当性のかけらもないのだから。

避難呼び掛けた先で狙い撃ち

 イスラエル軍が今、執拗(しつよう)に壊しているのは、住民に避難を呼び掛けた先であるガザ地区南部だ 。住んでいた北部の家は廃墟にされ、戻る場所はない。その人々を 狙い撃ちしているのだ。戦闘「前半戦」では、病院も、救急車も、そしてボランティアの医療従事者も、ジャーナリストも、むしろ意図的と思われるやり方で、有無を言わさず殺害した。多層アパートを爆撃し、老人から子どもまで、数家族を一家そろって殺害した。

 目的はハマスを殲滅(せんめつ)することなどと喧伝(けんでん)されているが、そうではない。「それは実現可能な目標ではなく単なるスローガンだ」とイスラエルの識者が指摘している。隠された真の目的は、ガザを破壊し尽くし、200万人以上の住民を住めなくして、追い払うことである。米連邦議会では、近隣諸国がその人口規模に応じた難民を受け入れるべきとして、具体的な計画すら出回っているという。

「東京で何人死んだか、気にしたか?」

 あまりにあからさまな虐殺行為を前に、イスラエルを孤軍支援する米政権は針のむしろに座らされている。国内でも、ユダヤ系市民までが反対の声を上げる中、海外に駐在している大使も、米国の信頼が失墜する恐れがあるとする意見を送ってきているという。そのためかオースティン国防長官は、イスラエルの攻撃は「 戦術的な勝利を戦略的な敗北に変えてしまう」と踏み込んだ発言をし、国務省は「イスラエル軍は意図的に民間人を狙っているわけではない」とイスラエルに代わって言い訳する始末である。

 そのような中、飛び出したのがグラム米上院議員の「暴言」だ。CNNテレビのインタビューに対し、グラム氏は「東京やベルリンを壊滅させた時、何人死んだかなんて気にしたか?」と述べて、オースティン国防長官は「ナイーブすぎる」と批判したのである。この暴言の背後に横たわる闇は深い。「戦争はどんな汚い手を使おうと、勝てばよいのだ」という論理が、イスラエルのシオニスト政権を支配していることは想像に難くない。

集団虐殺にくみしてはならない

 しかし、それを米国の指導層も幅広く肯定しているようだ。第2次世界大戦で日本は広島・長崎をはじめ、ほとんどの都市を無差別爆撃され、一晩でガザ地区の現在の死者約1万6000人の何倍、何十倍もの市民が亡くなった。

 しかし、都市攻撃は人道に対する罪であるとの敗戦国日本の主張は受け入れられなかった。その既成事実が今も人類を苦しめているのである。もし、この論理に流されて、米・イスラエルの蛮行を追認するのであれば、それは先の戦争で亡くなった父祖の霊を冒瀆(ぼうとく)するだけでなく、近未来の大惨劇さえ、予感させると言わざるを得ない。そんな恐ろしい時代の再来を招かないためにも、私たちは決して集団虐殺にくみしてはならない。

(時事通信社「コメントライナー」の一部を加筆修正しました)

【筆者紹介】新谷 恵司(しんたに・けいじ) アラビア語会議通訳者、中東情勢研究家。1983年早稲田大学法学部卒。外務省に入り、アラビア語研修、カイロ・アメリカン大学中東研究科修士中退。中東諸国駐在、本省勤務を経て94年退官、独立。アルジャジーラを日本に紹介した。アラブの主要メディア、SNSを日常的にウオッチし、中東の最新の動きに詳しい。

◆【コメントライナー】記事一覧へ◆

話題のニュース

会員限定

ページの先頭へ
時事通信の商品・サービス ラインナップ