齊藤工「結婚して、家を建てる…それは誰から見た“理想”なのか」“反対”だった映画化を実現することになった理由

齊藤工「結婚して、家を建てる…それは誰から見た“理想”なのか」“反対”だった映画化を実現することになった理由

#映画インタビュー
#齊藤工
INTERVIEW
2023.9.12

幸せになるはずの“マイホーム”をきっかけに、恐怖の出来事に巻き込まれたら……“衝撃のラスト”として話題となった、神津凛子氏によるベストセラー小説『スイート・マイホーム』を、俳優としても活躍する齊藤工監督が映画化。当初、齊藤監督は「映画化には反対だった」と振り返るが、なぜ実現しようと、その思いが変化したのか――。全3回にわたってお話を伺った。

“家”に対する理想と現実に向き合うときがきている

――幸せの象徴だったはずの新築の家に“何か”がいるかもしれない。そしてまわりで不可解に次々と人が死んでいく……。最後の最後まで目が離せなくて、あまりの怖さにエンドロールでは言葉を失ってしまいました。『スイート・マイホーム』のどんなところに惹かれて映像化しようと思ったのでしょう?

正直、最初に「この小説を映画化しませんか」とお話をいただいたときは、お断りをしたんです。というのも、小さな命にも危険が及ぶ物語で、非常にセンシティブな描写が多く、活字だからこそ描けるエンターテインメントだという気がしていた。ホラー・ミステリー作品としてセンセーショナルに煽るようなこともしてはいけないのではないか、と。小説を何度も読み返して、おもしろいと思ったからこそ、映画化にはむしろ反対していました。

――なぜ、その思いが変化したのでしょう。

お話をいただいてから間もなくして、コロナ禍になり、緊急事態宣言が発令されて。ステイホーム、という言葉がさかんに口にされるようになって、「家」という場所について考えるようになりました。本来、家というのは、安全地帯であり聖域であるはず。けれど、日頃からDVや虐待に苦しめられている人たちにとって家は地獄のような場所で、ステイホームは逃げ場を失うことと同義だった。そんなニュースに触れながら、もしかしたら僕たちは、家に対する理想と現実に向き合うときがきているのではないかな、と思ったんです。

――必ずしも、家が安全地帯であり聖域であるとは限らない、と。

何歳までに結婚して家庭をもって、いずれは家を建てる。そのステップアップを理想とするイメージを、僕たちは無意識のうちに植えつけられています。でもそれって、実際、誰から見た理想なのでしょうね。僕自身、不貞をはじめとする家族の問題を描く作品にいろいろと出演してきましたが、結婚をゴールに据える作品が多かった90年代に比べて、今は、“その先”を捉えようとするものが多い。ある意味、霧が晴れたというか、現実に対する解像度が上がっている。コロナ禍は、その傾向を加速させたような気がします。そんな今だからこそ、『スイート・マイホーム』を映画化する意味はあるのかもしれないと、お引き受けすることにしました。

僕たちの生活には、たくさんの「眼」がある

――日本はとくに、家の中を舞台にしたホラーが多い印象ですが、それだけ、家や家族に対する幻想が大きいということなのでしょうか。

海外のホラー映画はわりとアトラクション的で、エンタメ性が高い印象ですが、日本の場合は観た後に尾を引くというか、その後、ひとりでトイレに行くことができなくなったり、シャンプーをしているときに振り向けなくなったり、現実に侵食してくる感じがありますよね。まあ、シャワーの場合は、『サイコ』(監督:アルフレッド・ヒッチコック/1960年公開)の影響があるかもしれませんけど。

――今作も、観終わった後はちょっとだけ空いたドアや換気口とか、隙間が気になってしかたなかったです。

多分それは、家を一つの生きもののように描くからなのかな、と思ったんですよね。古い日本家屋には歴史のようなものを感じるし、外観を顔と捉えるだけでなく、内側に何かがうごめいている感じがするというか。今作の舞台となるのは新築の、しかも“スマートホーム”なので、なかなか難しいところはあったのですが……。生活のすべてがデジタル化されているというのは、それはそれで一種の緊張感があるんですよね。僕も先日、友人の犬を預かった際に、ペットカメラを設置してみたのですが、犬のほうも「見られている」というのがわかるらしくて、出先でカメラを確認したとき、何度か目が合ったんです。監視カメラも含めて、僕たちの生活には、たくさんの「眼」があると感じました。

――確かにデジタル化社会って「見張られている」感じがしますよね。生活の中枢を握られているような感覚もありますし。

その閉塞感は、なんとなく意識しながら撮っていて。あとはもう現場に入って、役者さんたちの演技を観ながら、その都度、一番いいと思ったやり方を採用していました。本当は、余白のあるロングショットで構成する作品にしようと思っていたんですよ。でも、今回の役者さんたちはみなさん、クローズアップしたときに映える方たちばかりで。ふとした瞬間の表情や佇まいだけで伝わってくるものがたくさんありました。

人間の怖さは、知らず知らずのうちに生み出される“空気”にある

――まさに「語らずに語る」迫力のすさまじい作品だったと思うのですが、セリフもあえて少なくされたんでしょうか。

台詞劇で魅せる作品ではないな、とは思っていました。なんて言うのかな……言葉ではないところで何かが伝染していく作品でもあると思ったんですよね。霊的なものではない、人間の怖さって、知らず知らずのうちに生み出される“空気”にある気がするんです。たとえば学生時代の部活で体罰が行われていたとして、みんな下の立場にいるときは苦しんで、こんなことはやめたほうがいいと思っていたはずなのに、上の代になったらなぜか同じことを繰り返してしまう、ということがあるじゃないですか。同調圧力、という言い方が正しいのかわからないけれど、そういう空気をつくりだしてしまう人間の不気味な本能みたいなものも、原作には描かれていた気がするんですよね。

――被害者だったはずなのに、いつのまにか加害者になっている。確かに、映画でもその境界線が曖昧で、気づいたら反転しているところも、ぞっとさせられました。

伝染であり、一種の継承でもある。だから、蓮佛(美沙子)さんにだけは、事前に『ヘレディタリー/継承』(監督:アリ・アスター/2018年公開)を観てほしいとお伝えしました。原作を読んだときに、男性の僕には立ち入ることのできないものも強く感じたんです。何かを語り合ったわけではない、けれど本能で否応なしに伝わってしまう、女性同士に通じる何か……。それを言語化して演出する技量が自分にないことはわかっていたので、撮影を務めた芦澤明子さん、蓮佛さんに奈緒さん、出演する役者さんたちがその場で生み出すものに任せて撮ろう、と最初から決めていました。だから必然的にセリフも少なくなったのかもしれませんね。

【vol.2】へ続く

齊藤工「“俳優監督”だからこそ、慣習を崩していくこともできる」“風通しのいい撮影現場”にするために徹底したこと

映画『スイート・マイホーム』

全国公開中

出演:窪田正孝
蓮佛美沙子 奈緒
中島 歩 里々佳 吉田健悟 磯村アメリ
松角洋平 岩谷健司 根岸季衣
窪塚洋介

監督:齊藤 工
原作:神津凛子『スイート・マイホーム』(講談社文庫)
脚本:倉持 裕
音楽:南方裕里衣

(C)2023『スイート・マイホーム』製作委員会 (C)神津凛子/講談社

【あらすじ】

長野県に住むスポーツインストラクターの清沢賢二は、愛する妻と幼い娘たちのために念願の一軒家を購入する。“まほうの家”と謳われたその住宅の地下には、巨大な暖房設備があり、家全体を温めてくれるという。理想のマイホームを手に入れ、充実を噛みしめながら新居生活をスタートさせた清沢一家。だが、その温かい幸せは、ある不可解な出来事をきっかけに身の毛立つ恐怖へと転じていく――。その「家」には何があるのか、それとも何者かの思惑なのか。最後に一家が辿り着いた驚愕の真相とは?

Photo: Ken Okada Styling: Mita Shinichi(KiKi inc.) Hair & Make-up: Shuji  Akatsuka Interview: Momo Tachibana

ジャケット ¥73700、シャツコート¥61600、パンツ¥42900/suzuki takayuki(スズキ タカユキ) その他スタイリスト私物<お問合せ先>suzuki takayuki:03-6821-6701

TAGS

PICK UP

NEW

VIEW ALL