第2節 標
ロリ霊王のスレ主————ある日。
白い獣は魂を喰らうことを覚えた。
けれども『生死のない世界』に循環なんてものは存在しない。
それゆえ獣は滅ぶことなく数を増やし、狡猾となって力を膨れ上がらせた。
しかし、人も、神も。死を知らずに生きてきたが為に、勇気というすべを持たなかった。
そう、彼らは恐怖を前に逃げ出したんだ。
それどころか。
仲間や友人、家族すらも蹴落として、悪霊達から逃げ回った。
……大切なものを失う恐怖すら、知らなかったんだ。
後悔した時には、全てが手遅れだった。
悪霊達は最早、神々でさえも手出しができぬほどに凶悪な怪物へと変貌してしまっていた。
……え?
……ああ。ここからが本題だよ。
…………ふふ、これは暇つぶしにもならなそうかな?
………………………ああ、そうだね。自分でもそう思うよ。
………………………………………………………………………………勿論。それじゃあ続けようか。
そんなこんなで、世界に終焉が訪れるかと思われたその時———奇跡が起こったんだ。
其れこそが、全知全能の救世主。
天地を繋ぎ止める———『楔』の誕生だった。
◇◇◇
「———そうして、『れいおうごしん大戦』は死神側のしょうりでおわったの。……あっ、そうだった……滅却師ふうに言わなきゃ……あの子がイヤがっちゃう」
齢にして五つほどの童女が腕を組み、深く被った外套をさらに下げて「そうだなぁ」と唸る。
「私が聞いたことのある名前で、一番かっこよかったものは……………………………『千年血戦』、かな?」
「わ、いいねそれ。とても格好いいと思うよ」
「ほんとー? じゃあそう呼ぶー!」
童女が楽しそうに笑うと、金髪の少年もまた朗らかに微笑む。木漏れ日の下、二人はそうして会話を楽しみながらサクサクと落葉を踏み鳴らし斜面を登る。少年が時折、童女の進路を遮る枝葉を振り払い、小さな手を優しく引いて進んだ。
やがて、丘の上にたどり着いた二人の前を太陽を隠す様にして『白い何か』が羽ばたいた。少年が童女を庇って前に出ると同時に、空中に複数の歪みが発生する。
「マシュ———!」
「はい!」
慌てたように白い巨躯が二人の前を通り過ぎ、代わりに黒鎧を纏った少女が躍り出る。どうやら彼女から逃げていたらしいその怪物は、振り下ろされる両脚を回避できずに横っ腹を蹴り飛ばされ、地面へと叩き付けられた。
そうしてそのまま、ピクリとも動かなくなり塵となって消え去る。
「————大丈夫でしたか!?」
「ええ、お蔭で無事です。助かりましたマシュお姉さん、そしてマスター」
「ギルくん———! お久しぶりです!」
ニコッと微笑んだ少年の顔を見て、「ギルくんだ…!?」とマスターが驚く。
「はい、お久しぶりです。随分と驚きますね?」
「あっ、ごめん。まさか特異点で会えるとは思わなくって。ギルくんが連鎖召喚されてるなんて珍しいんじゃない?」
「ああ。確かにそうですね。特に———この特異点は特殊ですから。触媒も無ければ土地や人との縁も無いでしょうし、ボクの召喚方法となればより限られるのでしょうね」
「……召喚方法が限られる……? ううむ、ますたーよ。もしかするとなんじゃが……この特異点を発生させた聖杯の所有者、またはその者が召喚したさーばんとのいずれかは絞れるのではないか?」
「それは、つまり……どういうこと……!?」
「あれ? そちらのお姉さんは初めてお会いする方ですね」
『ああっ彼女は、その……! なんと説明すれば良いのか……!?』
通信越しに頭を悩ませるダ・ヴィンチちゃんをおいて当の稲生は意気揚々と自己紹介に移る。
「うむ。はじめましてじゃな、ぎるくん! 吾の真名は稲生ひな乃! 生前は護廷十三隊で死神をしておったが、つい先月……?じゃったっけ……? まあ細かい事はどうでもいいんじゃ! 最近かるであ入りしてのう。今回は土地勘があるということで案内人としてますたーに同行する事になったんじゃよ! 宜しくのう! 吾が居るからには大舟に乗ったつもりでいるといいんじゃぞ!」
『(ああ……ほんとアホな能力だなコレ……)』
えっへんと大きな胸を張る稲生にもはや何も言うことができないダ・ヴィンチちゃんと笑顔の子ギル。
「はじめまして、ひな乃お姉さん。お会いできて嬉しいです。ボクはアーチャーの『ギル』。そしてこの子が『セイバー』。恥ずかしがり屋なのであまり構うのは止めてあげて下さいね」
稲生は子ギルの後ろでコソリと動く外套を見て、成程と頷いた。この手合いは最初の印象を間違えると後が大変そうである。
「うむ、相分かった——! ……そんなわけで、せいばーよ。はじめましての印に飴ちゃんと『特製ぴざ』をぷれぜんとするのじゃ!」
そう言って、抱えた籠から"大量の"飴とピッツァを取り出す稲生。すかさずマスターが「いや多いよ?!」とツッコミを入れる。
「稲生さん……! それだとセイバーさんが潰れてしまいます……!」
「むむっ? 初対面は印象が肝心じゃというのに加減をする必要はないじゃろう……?」
「限度ってものがあるよ!?」
「あはは。面白いひとだなぁ。———ああ、そうでした。ダ・ヴィンチちゃん、この特異点についてでしたら此方のセイバーからひと通りの話は聞いていますので、どうか安心して下さいね」
『お、おお……なんて話の早い……!』
だから先程の自己紹介で『英雄王ギルガメッシュ』や『正体不明のセイバー』に関する情報を出さないようにしていたのか、と感心する。
「どうしてか吾にも理解できぬのじゃが……何故かお弁当のぴざを食べ切れないほど持って来てしまってのう……」
『(配達用だったんだろうなぁ)』
「早急に消費してしまいたかったんじゃが……仕方ないのじゃ」
そう言って稲生はマシュがセレクトした飴玉三つをセイバーへ差し出すと、セイバーはおずおずと手を伸ばす。そして、「とっておきなのじゃ」と小さな手の平にそうっと置かれた飴玉をジッと見つめた。
稲生がアレ?やっぱりケチじゃったかのう?と不安になる中、セイバーが子ギルにコソリと耳打ちする。
「『今までで一番嬉しいプレゼントでした。ありがとうございます』だそうですよ、稲生お姉さん」
「今までで一番……じゃと……!?」
なんと今までそんなに大変な苦労をしてきたのかと思いながら「やはりこれを」とパンケーキの様に積み重なったピザを取り出した稲生の肩をマスターが押さえ、真顔で首を横に振った。
「ところで稲生さん、先ほど聖杯の持ち主とそのサーヴァントのいずれかが分かるのではないか?と仰られていましたが……」
「む? ほれ、なんじゃ、あれじゃ。ぎるくんが呼ばれた理由が『三つ?』あるのではないかと思ってのう」
『ああ———【聖杯の持ち主が古代バビロニアの英雄を召喚し、それが呼び水となってギルくんが呼ばれた可能性】と、【持ち主がギルくんみたいな性格をしている可能性】、もしくは【同じような経歴を持つ可能性】かな?』
「おお! 流石、だびんちちゃん! まさに吾が言いたかった通りなのじゃ!」
『あはは、どうもありがとう……。それと、それらについては【召喚されたサーヴァントが聖杯を使用している可能性】も含めて、該当するサーヴァントを全て洗い出しているところだよ。といっても、聖杯所持者が現地住民だった場合にはお手上げだ。だから皆には各陣営についての情報を重点的に収集してほしい』
出発前に共有した作戦目標を稲生やギル、そしてセイバーへの共有も兼ねて再度復唱する。
「任された!」
「任されました!」
「任されたのじゃ!」
「(ああ、この流れは乗らないとダメですね)任されました!」
セイバーがボソッと呟いて腕を突き上げる。
『うん、みんな元気でなにより!』
それにしても、とダ・ヴィンチちゃんは画面に表示された『セイバー』の霊器情報をもう一度確認して目を細める。そこに記された霊器情報は決して、セイバーのクラスが持つものではなかった。
(———一体、この特異点……いや、『聖杯戦争』に、何が起こってるって言うんだ……?)
斯くしてカルデア一行は、新たに三騎の駒を手に入れ、次のマス目を目指す。それが一体、どのようなルールで動き、どんな駒がひしめく【盤上遊戯】であるのかも知らずに———
Fortsetzung folgt.