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「筋トレですか」

「ああ。僕を鍛えて欲しい」


トランプ大会から数日後の放課後。アベルはマッシュに筋トレの指南を頼んでいた。

マッシュはアベルからもらった対価のシュークリームを頬張りながら、「良いですよ」と頷く。


「アベルくんが筋トレしたいなんて、きっと何かよっぽどの理由があるんだろうし」

「…ああ。極めて重大な理由だ。深くは、聞かないでくれると助かるけど」

「うん。わかった。じゃあ始めようか」

「ああ」


こうして、マッシュとアベルの筋トレの日々が始まった。

まずは軽くマッシュが子供の頃、初めて筋トレをやり始めた頃にやっていたメニューを。慣れて来たら、少しずつメニューを増やす。

最初こそ3~5kgのダンベルさえも持ちあぐねていたアベルだが、毎日欠かさずマッシュとトレーニングを行い、プロテインを飲み、またトレーニングをし…を繰り返して、確実に立派な筋肉を育てていった。気付けば、今のマッシュが使うものと同じバーベルを軽々と持ち上げられる程に。


「アベルくん、中々筋が良いですな」

「ありがとう。うん、身体を動かすのは気持ちいいものだね」





「あば……あばばばば……」


ラブが震えていた。その横で、ワースは頭を抱えていた。視線の先にいるのは、我らが七魔牙トップのアベル・ウォーカー。

…の、はずだ。


「…アベル様、あの、失礼を承知で聞くんですが…何がどうしてそうなったんすかアンタ?」

「何がと言われても。筋トレをしただけだよ」


そう涼しげに答えるアベル。しかし、その姿は以前のアベルとは似ても似つかない姿だった。

丸太のような太さと硬さを兼ね備えた腕と脚、今にもはち切れんばかりの可哀想なシャツとローブ、そのシャツの上からでもわかる程に割れた立派なシックスパック、何故か筋肉のついたアベルの大切にしている母さん人形。そして何よりも、以前より一回り、二回りは大きくなっているであろうその肢体は、オロルの体格をゆうに越えていた。

それに加えて、顔は以前の端正なままなのが余計に視覚情報を混乱させる。夢なら覚めてくれ、とワースは切実に願いつつ、深呼吸をした。


「ッスゥ------------…」


「筋トレするにしたって限度があんだろ限度がぁ!!!!!!!」


ワースの声がレアン寮の談話室に響いた。

しかし、アベルは特に気にする様子も無く話を続ける。


「前のトランプ大会で、僕はアビスをお姫様抱っこ出来なかっただろう。それが悔しくてね、マッシュ・バーンデッドに筋トレのコーチをお願いしたんだ」

「あんっのキノコ頭ァ……!!!」

「けれど、問題が発生してしまってね」

「その見た目のことやんな???その見た目のことであってくれ頼むでほんま」

「少し筋肉を付けすぎたみたいでね」

「は?」


アベルが、談話室のテーブルに置かれているティーカップに触れた。

その瞬間、ティーカップが弾け飛ぶ。

それはもう、風船のように。


「…………………」

「…………………」

「最近物をよく壊してしまってね…このままでは、アビスに触れただけで怪我をさせてしまう」

「怪我させるとかの次元じゃねえんすよ弾け飛びますよアイツ。そのティーカップみたいにパァンと」

(というかアベル様、今ティーカップに“ 触れた”だけで弾け飛ばしたの???取っ手を持って壊すとかじゃなく???やべぇモンスターが生まれちまったの…)

「どうすれば、アビスをお姫様抱っこ出来るだろうか…」


「あ、アベル…様…?」

「!」


混沌極まる空間に姿を見せたのは、アビスだった。

トレーニング期間中、アベルはずっとアビスを避けていた為、この姿では初対面。

変わり果てたアベルに呆然とするアビスと、少し気まずげなアベルが見つめ合う。

ワースとラブは(こいつはアカン…終わった…)と、この世の終わりのような表情で天を仰いでいた。


「あ、アベル様…その、お姿は…?」

「これは、その…少し、身体を鍛えていて」

「身体を…?…!も、もしかして、私が弱いからですか…?もう私では、貴方のお役に立てないから…?」

「っ、違う!そういうわけじゃ…!」

「でも…!」

「僕は、アビスをお姫様抱っこしたくて…!」

「…え?」


今にも泣きそうな顔のアビスが、ぽかんとアベルの顔を見つめる。アベルはバツが悪そうに、少し視線を逸らして、言葉を続けた。


「…先日、アビスをお姫様抱っこするように言われて、僕は出来なかっただろう。けれどアビスは軽々と僕をお姫様抱っこして、それが、少し悔しかったんだ。…だから、僕もアビスをお姫様抱っこ出来るぐらいには、身体を鍛えようと思ってね」

「あ、アベル様…!」


感激しているのか恥ずかしいのか、アビスの顔が、湯気が出そうな程真っ赤に染まる。

しかし、アベルは浮かない顔だ。


「…けれど、少し鍛えすぎたみたいだ。今の僕は、触れただけでアビスに怪我を負わせてしまいそうで…」


アベルの声のトーンと眉尻が僅かに下がる。

しかし、アビスは「なら!」と元気良く提案した。


「私も身体を鍛えます!」

「「え?」」

「アビスも?」

「はい!私も身体を鍛え、アベル様に触れられても怪我をしない肉体を手に入れます!!」

「何でそうなる!?」

「あかん…レアンが…レアンが筋肉に侵食される…うちはアドラに寝返るでぇ!!!」

「あ、おいこら待てラブ元はと言えばテメェが!!!!」


考えることをやめたラブがアドラへ逃亡を図り、ワースがそれを追い掛けて行った。

今この空間に、アベルとアビスを止める者は存在しない。





数日後、立派な筋肉を育て上げた七魔牙のトップ二人がイーストンを騒がせることになるのだった。


【BAD END…?】

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