横須賀聖杯戦争⑬

横須賀聖杯戦争⑬



「【甕星】」


 煌めきと共に放たれたその一閃は、セイバー目掛けて振るわれたバーサーカーの籠手を纏った拳を砕き、押し返す。


「■、■■──!」


「まだ、まだあ!」


 宙空で側転し、その勢いのままセイバーはバーサーカーへと追撃を叩き込む。


「だああぁっ!」


「■■■!」


 だが、そうやすやすと押し返せる相手でもない。バーサーカーは破壊された手甲を着脱するとすぐさまに装備を変更。

 基本の矛へと換装し、セイバーの剣を受け止める。

 未だセイバーは片腕しか使えない。膂力は半減。バーサーカーからすればその剣撃はとても恐るるには足らず。

 その筈、だった。


「燃え盛れっ……!」


 翠成すその剣から煌々と巻き起こる火焔。

 それは界剣に秘められし、星を成す神秘の新たなる側面だ。

 輝きが一瞬収まり、次の瞬間に新星の如き閃光が炸裂する!


「■■■■■■──ッ!!」


 その煌炎の爆発はバーサーカーの圧倒的膂力さえも押し返し、その巨躯を吹き飛ばした。


「追撃っ…………!」


「させへんよ」


 アサシンのその声は上空より響いた。

 腰溜めに構えた瓢箪から、毒酒が瀑布の如き勢いで降り注がれる。


「鎮火させてもらうでっ……!」


「それは不要な気回しだぞアサシン!」


 セイバーは瞬時に自らの足元を斬り刻む。そしてその亀裂から──


「【逆天】」


 輝く水流が幾重もの剣閃となって噴出する。

 超圧縮されたその水流は頭上から降り注ぐアサシンの毒酒を吹き散らし、消し飛ばし、その水刃はアサシンにも届く。


「くうっ…………っ! 炎と、水…………切り替え自在っちゅうわけか。…………同時には使えんのか?」


 呻きもそこそこにアサシンは新たなる手札を切ってきたセイバーを見定める。殆ど残っていない魔力で、どうやってあの二騎を削り倒したものか──


「──。お嬢?」


 そこで気付く。

 自らのマスターからの魔力供給が行われていることに。

 量はさしたるものではないが、純度はかなりのものである。これなら宝具の使用も可能だろう。


(…………何があった? お嬢)


 『彼女の魔術回路が碌に機能しない』事は契約を──半ば無理矢理──結んだ際にアサシンはよく知っている。マスターとサーヴァントの間の魔力経路さえ断続的なものであり、まともな供給はほとんどされていない。マスターから魔力自体は送られてくるのだが、ほとんどがサーヴァントであるアサシンの元にまで届かず途中でロスしてしまうのだ。

 それは彼女の魔術回路の特異性故のもので、それ故にアサシンはこれまでのほぼすべての魔力消費を魂喰いにて賄ってきたわけなのだが──


(…………なーんか嫌な感触やな。魔力の質はお嬢のもんなんやけど、まるで外付けの管から送られてるみたいや)


 が、今はマスターを慮る余裕はない。魔力供給が正しく行われるようになったのは望外の幸運と言わざるを得ないのだ。この送られる魔力を最大限に活かしてこの状況、この好機をものにしなければならない。


「■■──■■■■!!!!」


 無機質な雄叫びが轟き、吹き飛ばされたバーサーカーが彼方から猛然と突き進んでくる。

 ダメージはあったはずだが、耐久力も常ならざるものを誇るあの猛将は一撃や二撃では到底屈しはしないだろう。

 確実に仕留めにかかるには、宝具を叩き込む他にないとセイバーとアサシンの二騎は確信する。


「それは向こうも同じかもしれんがな」


 各々が自らの秘奥を見せるに足るだけの交戦に至っている。

 ここからは、その切り札を如何にして切るかの勝負になるだろう。

 そしてその局面で最も不利なのは言わずもがな──片腕が不随となっているセイバーに他ならない。

 アサシンが推測した通り、現在セイバーが駆使する二つの宝具。二種の魔力放出を操るソレは同時には使えない。

 応用に長ける水と威力に長ける炎、それらを切り替えながらに駆使してアサシンとバーサーカー、強大なる二騎の敵を討ち果たさんとする。


「正念場というやつか──ふむ、別に懐かしくさえないな」


 クスリ、と密やかに笑みを零した後──セイバーは最大出力の魔力放出を発揮した。


「征くぞ」


 静かなる闘志と共にセイバーは全開の水流をバーサーカーへと放つ。


「【滾つ瀬】」


 凝縮された、それでも尚圧倒的な量の水流がバーサーカーへと押し寄せる。


「■■■■──!!」


 狂戦士は当たり前の様にそれを迎え撃つ。全身に魔力を流し疾駆する愚直極まりない突撃。しかしその身に纏った超高温の魔力はセイバーの水流にも圧されずに弾き飛ばしていく。

 結果──炸裂。

 水蒸気爆発を巻き起こし、両者の魔力が爆ぜた。


「ぐ、ううううう!」


 尋常ならざる巨躯と耐久力を誇るバーサーカーはさして問題にもしないが、片腕だけで全力の魔力放出を放ち、それが爆ぜた反動を受けたセイバーのダメージは軽くない。

 それでもセイバーは怯むこと無く次の技に移る。反動を無理矢理抑え込み、魔力放出によって強引に身体を駆動させる。

 水煙により視界は曇った。だがあのバーサーカーが回り道などするわけもない。ならば位置はおおよそ想定出来る。

 【滾つ瀬】によってバーサーカーの纏う魔力は削いだ。再び身に纏うよりも早くに斬り込む。


「【禍撥】」


 界剣の真の姿を現し、炎を纏う。機人武将の装甲を打ち破る為、災いを薙ぐその神威の一端を解き放つ。


「■■■■■■──!!」


 バーサーカーは大剣を手にし、その一閃を迎え撃つ。

 互いの刃がぶつかり合い鎬を削る、その果てに──

 甲高い音を立てて、バーサーカーの握る大剣が砕かれた。


「■■■■──!」


 それでも尚、狂戦士は怯むことを知らない。

 交代しつつもその手に弓を構え、セイバーを射抜くべく狙いをすます。

 その武具こそは名高き方天画戟。彼の軍師が考案、開発したとされる人工宝具。

 五つの形態を持つとされるその宝具を、弓の形として呂布奉先は構えた。

 一矢にて三人を射殺すと謳われたかの弓取りとしての技量は狂化により失われてしまっているものの──その威力だけは僅かな衰えもない。

 引き絞られたその一矢に凄まじいまでの威が宿るのを見据えながら、セイバーは静かに剣を構えた。


「我が御佩刀(みはかし)を以て、今こそ災禍を薙ぎ撥わん──」


 言葉とともに、翠に閃くその剣は煌めきを増してゆく。

 ──神話に曰く。

 駿河国は焼津にて、かの皇子は悪しき國造の裏切りにより、草原にて火攻めに遭う。

 しかし皇子はかの大神の巫女より授かった神剣にて草を薙ぎ払い、難を退けた。

 その時よりその剣は災いを薙ぎ、禍を払うものとして定められたのである──


「■■■■■■■■──!!!!」


 乱世の梟雄は裂帛と共にその矢を放つ。

 その真名は【軍神五兵】。

 三国志最強の呼び声も高い大将軍、その武勇の結晶たる宝具──

 如何なる軍勢、如何なる砦をも破壊し尽くすだろつと確信させる猛威を纏ってソレは放たれた。

 そして、それに相対するは。


「天叢雲、疑似解放」


 いつしかセイバーの周囲は炎に包まれている。

 腰溜めに構えたその神剣を、数多の災禍を討ち祓った皇子は渾身の力にて薙ぎ払った。


「【焼遣燎原・草薙】っ!!」


 総てを灼き祓う焔と共に、かの神剣が──草薙の剣が振るわれる。

 荒れ狂う武勇と巻き起こる神威が激突し、夜の海岸をあまりにも眩く照らし出した。


「■■■■■■──!!」


「おおおおおおっ!!」


 せめぎ合う二騎の大英傑の象徴。衝突の果て、此度の軍配は──


「届けよ──!!」


 神征者たる皇子に挙がることとなった。

 【軍神五兵】を撃ち破り、焔の一閃が機人武将の装甲を斬り伏せる。


「■■、■■■■!!!!」


 雄叫びと共に斬り裂かれるバーサーカーの懐。

 だが。


「これでもまだ、足りないというのか…………!」


 バーサーカーは、なお屈しない。

 その体躯は大きく損壊したものの、その膝が折れることはなく、その眼光はセイバーを射抜いている。


「■■、■、■■──」


 矛を再び構え、セイバーへと踊りかかろうとした、その時。


「──そこまでやね。偉丈夫はん」


 悪鬼が、大武将の脳天を射抜いた。


「■■」


 魔力放出(熱)は放射攻撃としてではなく、総てを推進力として注ぎ込む。自前の筋力と怪力をその一撃に総て込め、文字通りの渾身の力を込めてアサシンは自らの大剣をバーサーカーへと叩き込んだのだった。


「■■、■■──汝らの武勇、見事也。良き、戦であった」


 厳かな口調でそう言い遺した後。

 偉大なる大将軍は、静かに退去────











 ────などすることは当然なく、盛大な大爆発を巻き起こした。





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