冷徹とその犠牲

冷徹とその犠牲



「はっ♡、はぁー、♡ぁ♡」


神覚者オーター・マドルの自宅。

淫らな音は先ほど止んだばかり。ファーミンの身体に入ったオーターはシーツにうつ伏せで倒れ込み、肩で息をしている。


先ほど通りすがった子どもの固有魔法の誤作動で、オーターとファーミンの精神が肉体を入れ替わった結果だった。

オーターはファーミンの自分より遥かに開発されきった身体を持て余した。

そのための苦肉の策として魔法が切れるまで自身の肉体に入ったファーミンに抱かれることを試みた。


しかしファーミンの肢体はイノセント・ゼロの手によって古今東西のおよそあらゆる性にまつわる呪いや魔法、セックスドラッグに侵されている。

服に肌が擦れるだけでも常人なら容易く発狂するほどの、強烈な快楽を受け取るよう躾けられた身体だ。


案の定普段とは比べ物にならない強すぎる快感に翻弄され、オーターは一旦の停止を申し出た。



ことを中断してからしばらく時間が経った後。

ガクガクと跳ね回っていた手脚も収まり、全身から迸っていた汗もほとんど引いた。

深く息を吸って呼吸を整え、オーターは肘をついてこちらを眺めている自分の顔に問いかけた。


「こんな身体で、どうして動けていたんですか?」

ファーミンの返答は端的だった。


「兄弟のためだからな。」

いつもの無表情ながら僅かに困惑した風にオーターが再度問う。


「…随分と難しいことのように思いますが。」

「…仕込まれたとき、エピデムまでは心臓を抜かれていた。デリザとドミナにはまだ猶予があったんだ。」


つまり、下の弟が心臓を抜かれて本格的にイノセント・ゼロに逆らえなくなるまで抗い続けていたかった、と。


「…それにしたって、ファーミンさんの負担が大きすぎたのでは?」

手加減されてその一端だけとはいえ、ファーミンの異常な性感を味わったばかりだ。オーターは兼ねてからの疑問にここぞと踏み込んだ。


「オレが諦めたら全員折れかねなかった。だから反抗をやめるわけにはいかなかった。」

「……。」

「別に、単なる適性の問題だ。……それにしても、快楽が薄いのは動きやすいがやはり物足りないな。早く戻りたい。」


───これ以上は踏み込めない。ファーミンさんが変えた話題に乗るしかないか。


「私も早く戻りたいですよ。服が擦れる度に感じていては職務に支障が出る。」

「意外と悪くないぞ?」

「いやです。」

「えー。」

「いやです。」


軽くいつもの掛け合いをして緊張をほぐす。

…がしかしそろそろ時間がくる今、ファーミンにはやっておきたいことがあったらしく。


「…さて、それじゃあもう一度やるか。」

「先ほどいやだと言いましたが…。」

「開発はしない。さっきの手加減を少し減らすだけだ。」

「…そんな、───ひゃっ♡♡、あ゛、あ゛あ゛あぁっ!!!!♡♡♡」

「───うん。ここ突かれるの気持ちいいよな、オーター。」






やり過ぎないようにだいぶ加減しながら揺さぶって、それでも完全にトんでしまったオーターのナカからなるべく刺激が少ないよう楔を抜く。

引き抜くだけのこんなごく弱い刺激にすらお父様に造り替えられた身体は過敏に反応してびくびく痙攣するのだから、抱いてみるとなかなか楽しい。

自分を犯すというのもたまには悪くないものだ。

中身が友人であるオーターならばなおのこと。



そろそろあの子どもの固有魔法にかかってから6時間が経過する。あとほんの少しで元の身体に戻るだろう。


わざと刺激を与えればすぐに目覚める程度ではあるが、ちゃんとオーターの意識は消えている。

これなら多少空気が揺れても気づかない。

目の前で横たわる自分の身体の口にシーツを噛ませ、隣に寝転んだ。



その、数十秒後。


「〜〜〜〜〜っっっ!!!♡♡♡♡♡」


じくじくと疼くナカや服に擦れるだけで強い快感をもたらす肌の感覚が襲いかかり、元の身体に戻ったファーミンはシーツの上で静かに悶えた。


自分の常に発情しきった身体はただ息をするだけでじわりじわりと正気を削ろうとする。



「オーター♡、お♡、たぁ♡♡」


本当にすごいな、コイツは。

口の中の布を吐き出し、急な性感をやり過ごすための深い呼吸を繰り返しながら、ぼんやりと羨む。

凌辱も精も愛撫も片端から欲する歪みきった身体にいきなり入れられて、よくあそこまで平静を保てたものだ。

自分などは兄弟たちの存在に縋っていなければ、お父様に快楽を教え込まれたあの日に抱かれるためだけの人形に堕ちてしまっていただろう。


兄弟の誰より狂気に近いのが自分だという自覚はある。

際限なく快楽を求め、兄弟のなかで一番多く人を殺し、敵対組織への潜入や工作のような中長期の任務も数多くこなしてきた。

任務でなくとも、自分の相手を何人もまともに生きていけないほどに壊して使いものにならなくさせてきたのだから。


目的のためならどこまでも冷徹になる。手段を選ばず理不尽に抗い続ける。

最もお父様に近いと呼ばれるのが妥当であることも理解している。



「…おーたー、♡♡」


快楽に震える手を伸ばして横たわる肢体に覆い被さり、首筋に顔を埋めた。

慣れ親しんだオーターの温度と体臭で興奮が煽られる。

限界を迎えて勃たない股間をゆるゆると擦り付けるとその揺れが伝わりすぐにナカイキを迎えた。

気持ちいい。でも足りない。

きっとこの先も一生、この身体が満たされることはない。


「っあ♡、はぁ♡♡、おーたぁ♡♡」


強い快楽で涙が滲む。

ぼやけた視界に映るオレの共犯者。友人。戦友。

共にあの強大なお父様に立ち向かった仲間。

規律を何よりも重んじ、そのためだけに自身の幸福も周囲との繋がりも容易く切り捨てられる、文字通り人生全てを使う男。



「…はは、♡」


自分たち兄弟が魔法局…神覚者のもとで飼い殺されているというのは単なる事実だ。

だがそれでも神覚者たちによって可能な限りの人間らしい生活、誠実な対応が為されてきた。

そのことに、胸の芯を灼くような強烈な反発があった。


今更なのに、自分なんかに、これまでずっと死にたくなりながら適応してきたモノは何だったんだ、デリザは、エピデムは、兄者の目は。

一言では到底片付けられないような、複雑な感情に長いこと襲われた。

それでも…それでも、喜ばしかった。何よりも安堵した。


これでいつでも壊れられる、と。

きもちいいのがほしい、ナカを突いてほしい、放っておかれるのが切ない。

10年以上前からイノセント・ゼロの手によって貶められ続けてきた身体だ。ファーミン自身の意思から離れて、休むことなく快楽を求めてずっとずっと発情が止まらない。

快楽を求めて疼き続ける身体が辛かった。兄弟と触れ合うだけで嬌声を上げそうになる自分が情けなかった。憎悪と殺意を絞り出して情欲を抑え込むのにも疲れ切っていた。

どれだけ抱いても抱かれても際限なく疼く肢体をほんの少しでも満たしたくて、本当はずっと性に溺れていたかった。

抗い続けた精神は、もうとっくの昔に限界を迎えていた。


自分が全て放り出したとしても、兄弟たちが全員身動きできないほど虚脱したとしても、不当に搾取されたり嬲られたりすることはない。そう神覚者たちを心から信用できたから。

兄弟たちをお父様から解放するという目的はもう達成された。そうである以上、自分がやるべきことはなくなったと思ったから。


だからもう、折れてしまっても、いいだろう、と。

そう思っていた。


それでも、オーターに必要とされてしまった。

規律ある世界のためには力が必要だから、と。


実際、秩序が削れれば神覚者たちの庇護が薄くなり、兄弟たちにも影響が及んでしまう。

だから、堕落するのはその後にした。


ファーミンとオーターの関係性は、結局のところただそれだけだ。




「…っ♡、おやすみ。オーター♡」


意識のないオーターの頭を撫でると、「ぅ…♡」と小さく嬌声が漏れた。


オーターの髪は癖のある黒髪だ。

自分は髪がない方がやりやすいことが多かったため全て剃ったが、今ならそこまで徹底する必要もない。

ドミナやマッシュを撫でるときに指の間を髪が通る感覚は好ましい。デリザや兄者のように髪型を色々いじってみるというのも趣味として悪くない、のかも。


自分は兄弟のために生きている。一方オーターは規律のためだ。

お互い目的のためにどこまでも切り捨ててしまえる薄情者同士が利害の一致で手を組んだだけ。

…それでも、他者に感じ入るものも情も、ちゃんとある。


オーターは自分の腕の中で小さく身じろぎしつつ寝ている。

あの激戦の中で、今自分が頬を撫でているこの身体は、手酷く拷問された挙げ句に心臓を貫かれた。

それが合理的だからという理由でオーターは命を投げ出した。


戦友の真っ赤に染まって蕩けきった顔に、ファーミンはそっと口づけを落とした。



イノセント・ゼロとの戦いから早数ヶ月。

大切な相手が全員無事に生きている幸運を、どこまでも理性を捨てきれない次男坊は改めて噛み締めた。






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