御影、女子になるの巻

御影、女子になるの巻


土曜日の昼下がりのことだった。

釘崎が共有スペースのソファーに大の字になって横たわっている。私服にも着替えておらず、靴も履いたままである。

辛うじてローファーを履いた足首から先はソファーからはみ出しているが、ここに伏黒がいればその行儀の悪さに無言で眉を顰めるだろう。


御影はそれを見て思い出した。

「今の釘崎には近寄らない方がいい」

そう、先ほど会った伏黒がげんなりとした顔で言っていたのを。

御影はそれを見て気づいた。

むっすりと口を尖らせる顔は明らかに釘崎が機嫌を損ねている様子であると。


「釘崎ちゃン、どうシタの?疲れテる?」

しかし、御影は怖いもの知らずだった。忘れっぽいので怖いものなどすぐ忘れてしまうのだ。

だから躊躇なく不機嫌な釘崎に話しかけた。話しかけてしまった。


「……会」

ぽつりと釘崎が呟く。

「エ?」

内容を聞き取れなかった御影がすすっと近づく。



「女子会したい!!!!!!!」



釘崎の突然の大声に驚いて御影はみ゛ゅ゛っと飛び上がった。…伸び上がった、という方が正しいだろうか。脅かした猫のような有り様の御影に構わずに釘崎はマシンガンさながらに捲し立てる。


「女子会がしたいの!!女子の友達と!かわいくてテンション上がる部屋着来て!美味しいお菓子とお茶飲んで!楽しいお話ししての女子会!!でもこの学校一年に男しかいないし!さっき真希さんに言ったら『いやお前、帰ってきたばっかなんだから寝とけよ』って断られるし!!任務は長引くし!呪霊は多かったし!観光できなかったし!お土産も碌に買ってくる時間なかったし!!もうサイアク!!!!」


そう叫ぶ釘崎の制服はよく見れば埃っぽく解れた部分もあり、なのにタイツだけはやたら真新しい。しかも髪はパサつき、目元にはちょっぴりクマまでできている。

どうやら今回の任務はお洒落で綺麗好きな釘崎が身を整える暇もない修羅場であったらしい。

キーキーと甲高い声で癇癪を起こし続けている釘崎に、御影は恐る恐る尋ねる。


「…そノ女子会って…俺ジャだメ?」

「御影は女子じゃないじゃん!女子会は女子がするものなの!私は!女子と!女子会がしたいの!!」


うーん、無いものねだり。今はそっとしといて、後でコンビニスイーツでもあげるか。

虎杖ですらそう思い、宥めるのを諦めそうな理不尽な駄々捏ねである。きっと口下手な伏黒ではどうにもできなかったのだろう。これは落ち着くまで放っておくしかない。そう思い、何も言わずにその場を離れたのだろう。

しかし、御影は真面目に考え込んだ。うんうんと唸り、ついでに不定形の体を奇怪極まりない状態に捻った後、突如弾んだ声を上げた。


「うーン…そうダ!」


次の瞬間、御影の体が闇に包まれた。

これには癇癪を起こしていた釘崎も目を丸くして見つめる。

御影を包んだドーム状の闇はしばし、もにょんもにょんと得体のしれない動きをしていた。

見えない手がスライムを好き放題に弄んでいるようなその様に、我に返った釘崎が声をかけるべきか悩み始めた頃。闇が円柱様の形状になり、そして中心に切れ目が走った。


「これナらドウ?」

闇の切れ目から漆黒のヴェールを開くように現れたのは、細身の少女。

セーラー服とロングスカートとを合わせたような装いに、白から灰色のグラデーションがかかった長く豊かな髪を高くリボンで結い上げている。


「…御影、よね?」

「そうダよ!」

混乱を隠さぬ声で問いかける釘崎に、少女…御影は、空中に布状に残った闇をふわりとマントのように纏い、ぱっと腕を広げ、笑って言う。

そして御影は、一歩歩み寄って床に膝をつき、ソファーに身を沈めている釘崎の顔を覗き込んだ。


「女子っテ、多分こんな感ジだよネ?釘崎ちゃんドウ?コレだったラ、俺も女子会行ってイイ?」

釘崎は驚愕を引きずったまま、御影の姿をまじまじと見つめる。

いつもより柔らかい響きの声。長く密度の濃いまつ毛。ほっそりとした首。

丸みのある輪郭にはふんわりと柔らかそうな髪が掛かっている。

いかにも『女の子』という様子だ。少なくとも男子に間違われることはない容姿だろう。


野薔薇は考え込み、口を開く。

「…御影って、そもそも女子だったりしない?」

「エ?釘崎ちゃんガ女子じゃナイって言ったんだカラ、違うンジャないの?」

「そう、そうよねぇ…」

御影は人型とは程遠い呪霊だ。今まで性別を判別できる要素はなかった。

しかし…俺と言っている以上どちらかと言えば男寄りではないのか?

容姿が女子になったからといって女子扱いしていいものか?

女子かどうかも怪しい奴を招いて『女子会』と称していいものか?

釘崎が腕を組み悩んでいる間、御影は釘崎の言葉を待っていた。

眉をやや八の字にした、困ったような表情で。

胸の前で白魚のような指を組み、小首を傾げて。


釘崎は任務の疲弊の残る頭で思案する。

…今の御影の仕草、ちょっと女子っぽかったな?

釘崎は女子会がしたかった。だいぶ、かなり、すごく。疲れているからこそ楽しいことがしたかった。

そして、今の御影は釘崎を妥協させるに足る姿であった。


「……及第点!女子会に来てよし!」


「!、ヤッタぁ!!」

釘崎がビッと指を差しながら告げた言葉。それを聞いて御影はぴょんと飛び跳ねるように立ち上がり、そのまま宙にふよりと浮き上がる。うれしい、うれしい!言葉にせずとも感情はその身が語っている。そんな仕草であった。


(あー…私としたことが、流石に疲れてたかな)

喜ぶ御影を眺めながら、少しばかり冷静さを取り戻した頭で釘崎は内心苦笑する。

女子どころか人のことすらあまりわかってない性別:御影な呪霊を『女子会』に招いてしまった。

御影の『女子』は形だけだ。それらしい会話ができるとは到底思えない。女子会で出すような甘ったるくて見かけ重視のお菓子や、香りの強いお茶も思うように楽しんでくれるかはわからない。きっと自らの思い描いていたきらきら理想の女子会にはならないだろう。

…でも。釘崎は目尻を和らげて、くるくると空中で踊る御影を見る。

釘崎はこの頃既に、御影と友達になっていた。具体的には好感度が79になっていた。

ほんの今、釘崎のためだけに、始めて女子の姿を取った女子歴0歳の友達に『女子会』とはなんたるか。その楽しさを知らしめるにはどうすればいいか。

…それを考えてやるのもまた女友達ってものよね?

釘崎はそう思い、脳内で女子会の段取りを立て始める。

その視界の端。カーテンの開けっ放しの窓からは、初夏の昼過ぎの眩しいくらいの光が差し込んできていた。




「ところで、御影って服は着替えられないの?もこもこのかわいい部屋着とか着てみる気はない?」

「着替エ…?」

「…よく見たら、この服、体と直接繋がってんのね」


脳内設定ではこの御影は全身メイドオブ闇で形整えただけなので、脱げるようにするにはその下の部分作るところからやらなきゃだったりします。

逆に言えば着替えなくとも外側を作り替えるだけで衣替えができるということですので、もっこもこの部屋着は頼めば着てくれます(幻覚)

後、御影の作った顔や仕草なんかに今まで会ってきた誰かの面影がほんのりあると最高だなと思っています。


Report Page