小話

小話



これは砂上の楼閣により生まれた星の瞳を宿すとあるアトラス院の錬金術師の、出生にまつわるお話



「自身の肉体を正しく、強く、速く知性を働かせるための容れ物として扱う」

そこに感情という障害は無く、ただ淡々と人類の滅びの到来を遅らせる計算を続ける生き物、それがアトラス院の錬金術師

大儀親を滅す以前に、親愛や友愛といった情は彼らの中には存在しない。自身の子供は所有物であるという価値観は魔術師達同様存在している為、己の研究を託す為次代として扱うことこそあれど、そこに愛はない

生まれてくる子も同じように育ち、また同じように子を残す

人類の未来の為に滅私奉公。今日も今日とてとて先延ばしの演算をし、必要な兵器を発明する


ここで小話を挟むと、アトラス院にはとある嗜好を持った男がいた

彼は演劇を狂愛していた。俳優、戯曲、観客をこよなく愛した

完璧な演劇を愛した、結末まで辿り着かずに頓挫した演劇を忌避した

感情があった、心があった

生きる独立型コンピューターと評すに相応しい穴蔵の中で、彼一人は『他者との触れ合い』を貴んだ。結果として、彼に感化された男女二人の心に情というものが芽生えることになった

喜びと悲しみ、怒りと寂しさ、善意と悪意

無用の長物だと教わってきたそれらを抱くようになった二人は_____ アトラス院を去ることにした

否、せざるを得なかった

感受性を宿した彼らに人類の滅びの未来は到底耐えられるものではなかった故に、耐え切れずその輝かしい才能が潰れる前に男がこの機関から距離を置くように勧めたのである

その選択を男が後悔したのは、彼らが死んで数百年経った後の話であった

アトラス院を去った二人とその子孫は人知れず未来観測を続けていた。人理の危機を予測する度それに対応する為の兵器を開発し、破棄を繰り返した

しかし外界との関わりを一切拒絶していたアトラス院とは違い、彼らはその目と耳と肌でありとあらゆるものを識ってしまった

それにより、ある代から「自らが最強である必要はない。最強であるものを作ればいいのだから」という己が先祖の所属していた組織の理念に疑念を抱くように思った。思って、しまった


 ・・・・・・・

特別でないから、駄目なのではないか?

神秘を学ぶ上で魔力を頼らぬ方針へと切り替えぬべきでは、なかったのではないか

その後は新たな試み方として、術者達の肉体改造もされるようになった

そう、特別なものが作れぬのであれば自らが特別になろうとすればいい。自らが特別になれぬのであれば子へ

それが駄目ならその次の代へ

それが駄目ならまたその次へ

次、次、次、次、次、次、次、次、次の代へ

「自身の肉体を正しく、強く、速く知性を働かせるための容れ物として扱う」

そう、優れた知性だけでは足りなかった。思考回路を分けるだけでなく、演算装置自体もアップグレードすべきだった

演算を!それを再現できる肉体を!より速く、強く、多く知性を働かせる頭脳を!

旧き魔術の祖、女神イシスの御技の一端を此処に






「その試みは四千年前にするべきだったね、アインホルン」





最終的に、彼らの試みはアトラス院の院長により阻止された

人類の滅びの未来の危険の種の一つと判断され、生まれたばかりの赤ん坊であったアレクシスを残して彼の一族と深く軽く関わりのあった者達全てが処分されたのである


「君の両親は研究にかかりっきりで部屋から出られない。既に死んでいてそのまま出てこないかもしれない」

「でもそれは此処ではよくある話だとも、こうして面と向かい合って言葉を交わすことなど、このアトラス院では随分と昔に廃れた文化だ。気にしなくていい」

「君はただ、己のすべき研究(みらい)にのみ集中しなさい。どうしようも過去のことなど見てはいけない」

ほんの少しの虚構を混ぜられて、アレクシスはアトラス院で生まれアトラス院で育った子供となった

院長の言葉通り成人となるまでの間に彼が他の人間と直接顔を合わせたのは数える程だった。必要なものは大体補充される為、部屋の外に出る必要もあまりない

院長がやれ今年の娘への誕生日プレゼントはどうしようやらようやく面白くなってきたという所で物語が終わった演劇を見てしまったやらとウザ絡みをしなければ、情緒という情緒も育たずに成長しただろう

これ以上は言うに及ばず、その先はどうか本編で

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