コピペ改変したかったはずなのに

コピペ改変したかったはずなのに


「余所見をするな。我だけを見ていろ」

 信玄は傲岸不遜に言い放つと、ぐいっと謙信の腕を引く。たくましい腕に抱かれて、謙信の胸が高鳴った。

 そのまま情熱的に唇を奪われれば、ついていくだけで精一杯だ。

「そなたが欲しい」

 熱い視線に請われれば、もう拒絶することなどできなかった。信玄は、謙信を褥に横たえると、袴の紐に手をかけーー-


 ぱたん。

 俺は本を閉じた。とてもではないが、その先を読み進めることはできなかった。

 別に作品に問題があるというわけではない。

 押せ押せの信玄(おれ)と従順な謙信(かげとら)は解釈違いだが、なにも解釈はひとつでなくてはならないというわけではない。

 この本を見つけたのが、たとえば、サバフェスの会場ならば、物は試しと1冊2冊購入していくのはやぶさかではない。

 が。

 この本は、よりにもよって、上杉謙信こと長尾景虎の私室から出てきたのだ。

 こうなれば、話は別だ。

 景虎の精神性は、良くも悪くも常人とはかけ離れている。

 それは超越者のようであり、幼児のようでもある。軍神を名乗り、生涯不犯を貫き、義に生きーー少なくともそれは、俗世とは一線を画す存在だった。

 一度も男に触れられたことのない清い身は、簡単に穢されてはならないものだ。

 並の男はもちろん、この俺ですら、容易に触れることは許されない。そうでなくてはならない。

 それなのに、景虎の私室に、相応しからぬモノが置かれている。

 見たくない気持ちと、それでも確かめなくてはならない気持ちがせめぎあう。

 意を決してページを捲る。

 それは、信玄が如何に謙信を愛しているか、愛を受けて謙信がいかに幸福かに主眼を置いた描写になっていた。

 少しばかり安心する。

 これなら、嫁入り道具に娘達が持たされる艶本の方がまだ生々しい。それでも、しっかり挿入と射精したらしい描写はあるので、情緒赤子の景虎に読ませていいようなものではない。


 誰だ、あいつにこんなもん渡した奴。

 そして、どうして読んでしまったのだあのバカ娘。

 読んでいないという可能性は、おそらくなかった。

 それを見つけたのは景虎の寝台の上で、簡素な装丁には擦り切れた跡や読み跡があった。むしろ、何度も熟読してそうな雰囲気だ。


 男女の恋心など、ましてや肉欲など、景虎から最も遠いところにある。その景虎が、果たしてどのような心持ちで、この艶本を読んだのだろうか。

 本の中の謙信に成り代わったつもりで、無垢な身体を慰めたりしたのだろうか。

 俺に抱かれているつもりで、女陰を濡らしたりしのだろうか。

 まるで、ただの女のように。


 ごくりと喉が鳴った。違う。喉が渇いた。水がないから唾液を嚥下した。それだけだ。

 寝乱れのない整った寝台に視線が向かう。

 景虎は、ほぼ毎夜、俺の布団に潜り込んでくる。だから、ここは睡眠のためには使われていないはずだ。


「あれっ、晴信」

 折悪しく、扉が開いた。咄嗟に俺は、その本を自らの領域へと転送する。魔術に通じていない景虎は、その変化に気付かない。

「私の部屋でをしてるんですか?」

「用があって探していたんだが」

「はあ。何の用事です」

「忘れた。出直す」

「は? どうしました、ボケましたか」

「邪魔したな」

 景虎の顔を見れなかった。

 そこに目をやれば、惜しげもなくさらされた健康的な白い肌が視界に入る。今それを直視してしまうと、おかしな衝動に駆られそうで怖かった。




 自室に戻ると、そこにはうっかり転送してしまった景虎の本が落ちていた。

「失敗した」

 この本、どうするべきか。

 いや、持ち主に返すべきなのは分かっている。しかし、堂々手渡しできるわけもなく、バレないうちにこっそり戻す機会をうかがうしかない。

「はーーー」

 ため息をついたことろでどうしようもない。仕方ないので手にした本の続きを読む。


 景虎本人が持っていただけあって、登場する謙信は本物の景虎の面影がある。いや、景虎はこんなこと言わないしやらないが。あと俺は似てないが。

 そんなことを考えながらページをめくっていると、勢いよく扉が開いた。

「晴信!!!私の部屋から何か持っていきませんでしたか?!?!?!」

 バレた。返しに行く機会どころではない。即バレした。

「あー!!!  それは!!!」

 その上読んでいるのを見つかってはもう言い逃れもできない。詰んだ。

「プライバシーの侵害ですよ、晴信!いえ、それは私のものではありませんが!」

「おまえのじゃないのか?」

「ええ、違いますよ、違いますとも!でもとりあえず今すぐそれから手を離しなさい」

「でも、読んだんだろう?」

「読っ、……読んでませんっ!!!」

「読み癖が付いてるが」

 景虎は涙目になって飛びついてきた。咄嗟に後ろ手に回せば、まるで抱きしめるような格好になる。

「にゃー!!!もう返してくださいって!!!」

 涙目の景虎が可愛く思えて、悪戯心が湧いた。

 頬に手を当てて、読んだ覚えのあるセリフを口にしてみる。

『俺に惚れているのか』

「違います。そこは、『俺に惚れているんだろう?』です」

「なんだそりゃ。とんだ自信家だな」

「晴信は、自信家だと思いますけど」

「まあ、そうかもしれないが」

 確かにそこにいるのが景虎以外の普通の女なら、俺も同じように言うかもしれなかった。

「というかおまえ。覚えてるのか。どれだけ読んだんだ」

「ちがっ、違います!!! 今のナシです。忘れてください!」

「そんなこと言われても」

「晴信だって、人のことは言えないではありませんか! 晴信だって、私に不埒なことをしているほぼ全面肌色本を隠し持っているのを知ってるんですよ!」

「な、どこでそれを!魔術で隠蔽しているからおまえには見つけられないはずだ」

「メディア女史から魔道具を借りました」

「そこまでするか?!」

「だって。毎晩夜這いに行っているのに、晴信が全然触れてくれないから」

「おま、おまえ、阿呆か?! 毎晩俺がどんだけ耐えてたと思ってんだ!」

「知りませんよ。晴信は平気な顔してましたし」

「態度に出すのは未熟者だ!!」

「そんな熟練いりませんよ!晴信も私にえっちなことしたいくせに!」

 景虎が一度腰を浮かせて、俺の腰にまたがる。床の上でこれ以上ない至近距離で宿敵と相対している現実を受け入れられない。

「晴信は、こういうのが好きなんですよね? ほんとは小袖が良かったんですけど」

 いつも着崩している上着の前を合わせる。中の黒いインナーのファスナーを下ろし、胸の影が見えるところまで下ろす。

 至近距離から見下ろせば、胸の谷間がはっきり見える。思ったより影が深い。しかし、乳房そのものはほとんど見えない。剥き出しの白い肩は見えるが、腹は隠れている。

 ……確かに、好きである。見えそうで見えないのが興味をそそる。

「脚も、全部出すより、乱れた裾から見え隠れしてるのが好き」

「……よく知ってんな?」

「ちゃんと読みましたから!」

 そこは胸を張るところじゃないぞ、言っておくが。

「で、胸や尻があふれるくらい大きいのが好き」

 打って変わってジト目になった景虎が俺の鼻をつまんだ。待て待て。

「は? 違うぞ?!」

「嘘だ。だって、全部そんな体型の謙信(わたし)ばかりでした。こればっかりは、増量は難しいかもしれません」

「増やすな、増やすな!必要ない!今のままでいいというか、今のままがいい!」

「本当ですか?じゃあなんでそんな本ばかりだったんです」

「それはおまえが見た本の作者の趣味だ!他の本は、スレンダーなのもあるし、なんならおまえよりないのだってある」

「……他の本?まだあるんですか?私が恥ずかしいポーズさせられて、晴信ににゃあにゃあなぶられている本が」

 語るに落ちた。

 見本のような失言であった。

「見せてください!」

「阿呆、見せられるか!見せられるようならとっくにヤってるんだよ!」

「じゃあなんで何もしてくれないんですか!手出ししやすいように毎晩布団に潜り込んでるのに!」

「出せるか!意味分かってないと思うだろ!」

「ふむ。誘い方に問題があると?」

「平たく言うとその通りだ」

「分かりました。着替えてきます」

「は?」

「やはり中途半端はいけません。ちゃんと晴信が好きそうな装い一式で出直します」

「待て待て待て!」

 今この状態で放置して立ち去るな!

「服装なんぞどうでもいい。中身がおまえならそれ以上はない。おまえの心も身体も、過去も未来も永劫、頭のてっぺんから足の先まで全部欲しい」

「っ」

 景虎が一瞬で茹で上がる。

「ま、待ってください、心の準備が」

「ここまで誘っておいてそれはない。諦めて、温順しく俺に愛されろ」

 許容量を超えたのか真っ赤に茹だった景虎が固まる。

それはいかにも美味そうで、もうこれ以上の待てはできそうにもなかった。

「いただきます」

「待っ、にゃーーー♡♡♡」


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