- Qui aimes-tu le mieux, homme énigmatique, dis ?
◆
「スパークにかけて、あんたを守る。…なんか嘘くさいな。」
私と出会ったあの夜、貴方がそう告げてたのは4月9日、桜が雨により散り始めた頃。連邦生徒会からの招集が行われた事が私達のファーストコンタクトだった。
連邦生徒会地下5階、オートボット総司令オプティマスプライムがため息をつき、「大丈夫だろうか…」と苦悶な表情を浮かべていた。金属生命体といえば無機質さを想像させるが彼らトランスフォーマーはかなりそんな予想すら裏切り人間らしい表情を作る。それどころか喜怒哀楽がはっきりしており、私達との違いは身体を構成している素材以外大差はないようです。
「…ああ、すまない。気にしないでほしい。私はオプティマスプライム、よく来てくれた。」
「ミレニアムサイエンススクール2年生 セミナー所属書記長、生塩ノアです。」
「ああ。遠路はるばる済まない。単刀直入で申し訳ないが君に一つ頼みたいことがある。」と彼は私と視線を合わせるために、巨体を最大限縮めようと身体を折り畳む。
「どのような要件でしょうか。」
「君の所属するセミナーに1人オートボットの仲間を派遣させてくれないだろうか?」
以前他校から、セミナーの情報を奪おうとやってきたスパイと手口が似ており少し考えるふりをすると、
「安心しなよ嬢ちゃん。俺はあんた達みたいな人間達を知りたいだけなんだ」とオプティマスプライムの背後からハハハと陽気そうに笑って現れた。
「ミラージュ!!何時からいた。」
「あー…「ディーノ、友好関係を築くのが難しいのは分かったがもう少し敵意を抑えろ!」ってディーノのおっさんに通信で説教してたあたりから?」
声はあまり似ていないが先ほど見せた眉間、ため息の吐き方が絶妙に似た物まねを披露するミラージュと呼ばれるオートボットにオプティマスプライムは苛立ちを隠せず、「ミラージュ!」と圧をかけ黙らせた。
「ああ、サーセン」
調子に乗りすぎて縮こまった彼には申し訳ないけれども、口角が少し緩んでしまった。
「あっ‥‥笑うのはないぜ」
「フフフ、愉快なお方ですね」
「‥‥からかわないでほしい。それより、頼みがある。セミナーに1人オートボットを派遣したくてな。このキヴォトスを学んでほしく」と言いかけた時、
「おい、待って待ってくれ!だったらそれ俺にやらせてくれよ!」と数秒前まで叱られていたはずなのに嘘のように明るい表情で挙手を始めた。
「…ミラージュ。」
「いいですよ。わかりました」
「な、本当にいいのか?」
口をポカーンとあけ、私とミラージュを見る。
「イエーイ!」
彼は子供のように喜び、小躍りを始める。
今思えば何故、私は簡単に承認したのか分からない。何となくと言えばらしくない。強いて言うなら、最近ユウカちゃんと行動を共にしているバンブルビーさんの関係に少し興味を抱いていた、もしくは小さな嫉妬心を抱いたからかもしれません。同時に私は彼らトランスフォーマーを知りたかったからという単純な理由からなのか。
若しくは、あの時私の考えを見透かしたような発言なのか。
何はともあれ、私は彼を知りたいと思い始めた。
「よろしくな嬢ちゃん、いやノア。ほら、」
拳を突き出し「グータッチだ。ガツンとこいよ」と慣れない対応を要求してきた。
ガンと金属と拳のぶつかる音が密室の室内に響いた。
「よし、これでダチだ!‥‥あっそうだ、これもしとかないとな。」
先ほどの子供っぽい態度から一転、膝をつき、青い瞳を改めて私に向けて
「スパークにかけて、あんたを守る。」と心臓部に手を当て、掲げるように告げた。
「…なんか嘘くさいな。」
「そんなことありませんよ。」
このあと、初めてのトランスフォーマーの乗車が始まった。
ハッキリ言うと、身体が持たないくらい運転がひどく、体調を崩しそうになったのは決して忘れないと思う。
ミラージュさんがセミナーに来てから何か大きな変化があったかといえば、何もなかった。ただ強いていえば、彼のお誘いをきっかけに様々な場所をめぐる機会が増えた。彼の運転は荒っぽく、日に日に直ってきたとはいえ快適とは言えない。でもそれを忘れさせるくらいに会話が弾んだのを覚えている。
特に弾んだのはユウカちゃん筆頭にミレニアムの生徒達の事。私はユウカちゃんの全てとは言わずともこれまで活動で色々見てきたつもりだったけれど、彼は私の見ている部分とは異なる視点で見ていた。
「ユウカってさ、プライムみたいにうるせえけど。駄々甘だよな。他の奴らがどんなに浪費して泣く目にならないように事前対策作ったり、見回りとか言って差し入れ用意したりとか」
「ああ、確かにユウカちゃんは結構お人好しな部分ありますし」
「でもよ、どうしようもねえくらい優しいけど結構ズルい部分あるよな。何て言うか幸せになるための換算にちゃっかり自分が他よりちょっと得するようにしてるとことか」
へえ、と無難な返事が出てしまった。
私が見てきた部分とは異なるものがでてきて少し困惑した。それから他の生徒さんたちの話になった。
特に驚いたのはコユキちゃんについて。何が正しいのか理解していないこと、行動や表情では分からなかった自己評価の想像以上の低さ。ミラージュさんが誰よりも先に気づいていた。
陽気でお調子者ではあるものの、蜃気楼という名にふさわしく、どこか掴みどころがない。私が見ているものとはそれ以上のモノを、目の前にあるのに私には記録できないものを見ることのできる貴方の青く輝く瞳に私は魅入られたのかもしれません。
いつからか貴方の事を考えるようにました。貴方と行動を共にすることを楽しく感じていました。季節が巡る度に魅せる貴方の表情、声を最優先に記憶していたかもしれません。
結果、いくつかですが私は貴方の事を知ることができました。
人付き合いが上手く、誰とも分け隔てなく接することができるけど、軽くてたまに下ネタを含んだジョークを入れてしまう軟派な人。
だけど、同時に約束を決して破らない責任感の強い人。
だから‥‥
だから貴方は自らの命を捧げるように鋼鉄の身体を私に捧げたのでしょうか。
◆
空を赤く染めたあの事件から1週間。
キヴォトスは平和を取り戻したのかもしれませんが、相変わらず不良生徒は暴動を起こしたりと平和に混沌を謳歌するという矛盾に満ちた行為に走っていました。
「ふう、本日の業務は終了ですね」
席を立ち、部室を出ると何となく、行く当てもなく歩き、シラトリ区連邦生徒会前まで来ていてここで、何しているんだろうとため息が吐く。すると、それを合図に雨粒が落ちてたのです。
「天気予報は終日晴でしたのに」
仕方なく、近場のカフェに逃げ込んで窓際の席に座る。外の景色は雨により湿気で結露し、曇って見えず、ふと先生がバンブルビーさんに窓に文字をかく遊びを教えていたのを思い出して、1つ書いてみることにしてみた。あの時、バンブルビーさんが勢い余って窓ガラスを割ったのは今となってはいい思い出です。
『- Qui aimes-tu le mieux, homme énigmatique, dis ?』
何かそれで変わるわけでもないのに書いてみると、曇りが消え白のスポーツカーが見えた。
彼にそっくりなそれはカフェの前で止まる。
もしやと立ち上がると、スポーツカーはライトを再点灯させ、走り出した。
「どうやら、幻を見ていたようですね」
紅茶を一口飲もうお手を伸ばすと、端末から非通知で着信が届き、カップから端末に持ち替えました。
「はい、生塩ノアです。」
「『謎の男よ答えてくれ、貴方は誰が好きなのですか?』だって?意外と乙女なんだなノアって」