ディープキスをしないと出られない部屋

ディープキスをしないと出られない部屋



※R15くらい

※本編後時空

※両片想い。どちらも無自覚




「悪趣味がよ·····」


思わずらしくもない悪態をついてツララは頭を抱えた。ドアも窓もない真っ白な部屋。そこにただ一つだけ、これ見よがしに掲げられた看板。くぐもった唸り声をあげたツララに、隣にいたドゥウムが不思議そうな顔をした。


「察するに、問題になっている例の部屋だな?」


「·····うん、そうみたい」


ドゥウムの確認にツララが頷いた。近頃、魔法局で危険視されている魔法がある。それが『ミッションをクリアしなければ出られない部屋』だった。なんでも気が付いたら二人で見知らぬ部屋に入れられており、与えられたお題をこなさない限り出られないというものだ。その魔法を使う犯人は未だに捕まっておらず、じわじわと被害者は増え続けている。魔法警備隊も頭を悩ませている事件だ。


「それに実際入れられた訳だが·····研究者から見てどうだ?出口は探せそうか?」


「ううん、ダメ。そもそも出口が設定されてない。こういうのって解決方法が簡単でキチンと用意されてるから、返って抜け道が無いんだよね」


「条件付きが故に強固か。よくある話ではあるが、ここで聞きたくなかったな」


「その条件に魔法禁止も含まれてる。本当にどうやったんだか·····。この犯人こんなことよりやれることが絶対あるよ」


「同感だ」


一時的とはいえ魔法不全者を作り出せる空間だ。冷静に考えてとんでもないし、まず間違いなく神への冒涜でお縄である。しかし幸いと言っていいのか、ここにいるのは最古の杖の所有者だ。


「ドゥウム、魔法を使わずに壁壊せたりしない?」


「そうだな、試してみるか。·····ん?」


「どうしたの?」


はた、と動きを止めたドゥウムをツララが見上げる。しばし自分の体を探っていた彼だったが、やがて驚いたように呟いた。


「杖の祝福が切れてる」


「えぇ·····っ!?」


さすがのツララも驚いて声を上げる。最古の杖がもたらす祝福まで無効化するなんて本当にどうなっているのか。軽く絶望するツララを他所に、ドゥウムの声は僅かに上擦っていた。


「ははっ、あの忌々しい祝福まで封じるとは。やるなこれの犯人、どうにかうちにスカウトできないか」


「なんでちょっと嬉しそうなのさぁ·····」


そりゃドゥウムが最古の杖を疎んでいるのは知っているけれども。正直そんなことしてる場合じゃない。そう言うと、少しバツが悪そうに謝罪の言葉が返ってくる。

で、一通り祝福抜きの腕力を試してみたのだが。やはりというか予想通りというか、壁には傷一つ付かなかった。強力な結界が併用してかけられているらしい。


「まだ鍛え方が足りないな·····マッシュならどうにかなったかもしれん」


「いやさすがに無理だよ·····無理だよね?」


「さて、うちの末弟だからな」


ツララが遠い目をした。大陸ビート板やらその他諸々を思い出したからだ。ちょっと本当にできそうなのやめてほしい。


「それで、ミッションには何と書かれてるんだ?」


「··········」


そっちからも現実逃避させてほしかった。ツララがものすごくしょっぱい顔をして押し黙る。そう、このデカデカと書かれている文字、ドゥウムには見えていない。だって彼は目が見えないので。

本当は内容を知らせずに脱出できればそれが一番良かった。しかしそれは叶わないと分かってしまい、ツララは最初の自分の行動を悔いた。あんなにはっきり悪態をついてしまったがために、何かお題が出ていることが既に察されている。


「·····言い難いことなのか」


「うん·····まぁそう·····」


「まぁ·····だろうな」


これまでの被害者の報告内容は、手を繋ぐ、キスをする、抱きしめ合う、お互いの隠し事を話す、或いは·····性行為をする。などなど、何とも下世話な内容ばかりだった。とはいえこれ以外に方法はなく、脱出した被害者は全員ミッションをクリアしている。


「逆に言うなら、クリアできなかった場合どうなるか分からない」


「分かってるよもぉ〜·····。はぁ、『ディープキスしないと出られない部屋』·····だって」


半ばやけくそになってお題を言い放つ。ドゥウムが無言で眉をひそめた。明らかに不快感を顕にしている。そりゃそうだ、恋人でも何でもないただの同僚でただの友人とそんなことを強いられたら。ツキン、と傷んだ胸の奥からは意識を逸らして、ツララはわざと明るく笑ってみせた。


「じゃあさっさと終わらせる?お互いに忙しいんだし。あ、でもボクしたことないから迷惑かけるかもだけど」


「·····私も初めてだ」


「え、嘘」


「嘘を吐いてどうする。当たり前だろう、誰かと交際した経験すらないんだ」


そんな暇なかった。そう言ってドゥウムはまた口を噤む。それになるほどな、とツララは納得した。イノセント・ゼロを巡る一連の事件が解決するまで、ドゥウムは常時気を張った状態だった。末弟のマッシュが魔法不全者であったため、それを庇い通すため、家族に害が及ばないようにするため、遊んでいる暇はなかったのだろう。

きっと引く手数多だっただろうにね、とツララがこっそりため息を吐く。これだけ見目がよくて魔法の才能に溢れた男、周りが放っておかなかったはずなのに。


「ごめんね、ボクなんかが最初になっちゃって」


「·····ツララ」


「うん?」


俯いていた顔を片手で上を向かされる。思ったより近くにドゥウムの顔があって、ツララの心臓が飛び跳ねた。本当に綺麗な顔してるよなぁと脳がどこか遠くで考えた。


「少なくとも私は、一緒に入れられたのがお前でよかったと思ってる」


「うぇ·····っ!?」


「ツララであれば吹聴はしないだろうし、何より信頼を置いているから他の見知らぬ人間と閉じ込められるより百倍マシだ」


「ひぇ、あの、えっと·····」


「ただ、な」


ここで一度言葉を区切り、ドゥウムが眉を下げる。自嘲じみた笑みを浮かべる彼に、ツララは不思議な気持ちで続きの言葉を待った。


「──これで嫌いにならないでくれないか」


「え·····」


ツララがぱちくりと目を瞬かせる。その一瞬の動揺の間に、ドゥウムの距離は離れていった。少し離れたところで床に腰を下ろした彼は、何も言わずにツララを見ている。いや、この場合“待っている”のだ。


「いや、それはさ、ズルくない·····?」


「そうか?」


「そうだよ」


“ここまで来い”と言われている。“お前の意志”で、“自分から食われに来い”と。たぶん無意識なのだろうが、なんて傲慢、いっそ無理やり奪われた方がマシまである。

·····いや、うん、それは言い過ぎた。そうなっていたらたぶんツララは死ぬほど抵抗しただろうから。


「あのさ、一応ボクも、キミが相手でよかったなって思うよ」


「無理はしなくていい」


「無理しないと出られないでしょ。·····大丈夫だよ、これくらいでボク達の関係は変わらないから」


数歩で縮まる距離を詰めて、ツララもドゥウムの前に座った。ぐ、と強く引き寄せられて、ひぇとまた情けない悲鳴が漏れる。そんなツララに、ドゥウムはまた眉を下げて喉の奥で笑った。


「もう一つ、先に謝っておくことがある」


「·····今度は何」


「たぶんな、──やり過ぎる」


え、と声を発する前に、唇が重なっていた。思わず身を引くが、その前に屈強な腕に囲われて身動きを封じられる。何度か軽いキスが唇に落とされて、ぬるりと分厚い舌がツララの口内に割って入った。


(う、わ·····)


初めてだ、初めてだけれど、これがディープキスだという知識くらいはある。でもこんなに音がするとは聞いてないし、こんなに息ができないものだとも思わなかった。そもそも口の大きさが違いすぎるのが問題だ。ざらりとした舌が上顎をなぞるたび寒さとは別の感覚が背筋を震わせる。つい逃げてしまうツララの舌を追いかけて絡めとるのをやめてほしい。というか本当に初めてか?あまりにも余裕そうに思えて、ツララはこっそり閉じていた目を開いた。


(ひぇっ·····)


まぁ、やめておけばよかったとすぐに後悔したのだが。眉間にしわを寄せて、頬をやや赤らめて、余裕のない顔をした友人がそこにはいた。カッと全身が熱を持つ。見てはいけないものを見てしまった気がして、ツララは再びギュッと目を閉じた。

ズルい、こんな顔、一度だって見たことないのに。もはや何に対して嫉妬してるのかも分からない。呼吸を奪われて頭が回らなくなっている。これ以上は死ぬ、とツララは必死にドゥウムの胸を押した。それで気付いたのか、やっと解放される。


「はぁ、はぁ、死ぬかと、思った·····」


「悪かった。だが言っただろう「やり過ぎる」と」


じとっとツララが不満げな視線を向ける。確かに言った、言ったけど、あんなものあってないようなものだった。というかなんでドゥウムは息一つ切らしていないのだろう。やはり肺活量なのか。なんだか負けた気がして、ぐぬぬ·····とツララが唸った。それを受け流して、ドゥウムが他所に指を指す。


「してる間にドアができたようだ。おそらく鍵も開いてるだろう」


「ほ、本当だ·····」


「どこかで見られていたんだとしたら腹が立つな」


ポツリと呟かれた一言にツララの背筋が凍る。そうだ、条件を満たしたかどうかの判定を何が下しているのかは分からない。犯人に見られていた可能性も十分に有り得るのである。固まったツララの頭をポンと一度撫で、ドゥウムが立ち上がる。


「ま、そうだったとしても安心しろ。必ず捕まえて記憶を飛ばしておく」


「せめて消すって言おう?魔法局に記憶操作の魔法あるよね?」


めちゃくちゃ物騒なことをサラッと言ったドゥウムに、思わずツララが突っ込んだ。いつも通りの空気に戻って人知れずホッと息を吐く。それがどちらだったのかはあえて述べないでおこう。


「行くぞ、立てるか」


「何とかね。大丈夫」


この部屋を出た後で、関係性が大きく変わってしまった被害者の数は多い。さて、この二人は果たしてどう転ぶだろうか。それは本人達のみが知る。





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