B-2
「筋トレ 、ですか」
「ああ。確か、オロルは筋トレが趣味だっただろう」
アビスをお姫様抱っこ出来るよう身体を鍛えるべく、アベルが頼ったのは七魔牙の第六魔牙、オロルだった。
突然の頼み事。
心当たりはあった。
「…先日の件で?」
「うん」
確認の為にオロルが口に出した言葉に、アベルが頷く。
確かにあの時のあの光景は、男として同情した。しかも相手が想い人。ラブやアビスに悪気があったわけではない。けれど、表情にこそ出ていなかったが、アベルのプライドはどれだけボロボロになっただろう。
しかし、同時に目の前にいるアベルをオロルは微笑ましくも思った。
人形のような気高さを持つアベルが、汚名返上と言わんばかりに、好きな人にカッコいい姿を見せたい、と人間らしい欲を見せているのだ。
そして自分を頼ってくれたことも嬉しく思い、オロルは首を縦に振った。
「私に出来ることなら、何でもお手伝いしますよアベル様」
「ありがとう。助かる」
こうして二人の筋トレが始まった。
「まずは有酸素運動を中心に体力を付けていくところから始めましょうか」
「…?道具、のようなものは使わないのかい?よく中庭でマッシュ・バーンデッドが使っているのを見るのだけど」
「アベル様は筋トレは初めてですし、いきなりやるより徐々に慣れていく方がよろしいかと。それに目標はあくまで第二魔牙をお姫様抱っこすることですし、それだけの為なら道具を使う程でもないかと思います」
「………そうか」
「………………」
「………………」
「…せっかくですし少し使ってみますか?」
「使わせてもらおう」
アベルは割と形から入るタイプらしい、という新たな一面を発見したオロルだった。
筋トレを始めてから数日後、見た目にこれといった変化は現れないが、少しずつ体力や筋力が付き始めていることをアベルは実感していた。
人形を操る固有魔法を使う為、そもそも戦いの場に於いてあまり動く必要性が無かったアベルだったが、移動しながらの魔法の行使は相手に対する牽制や撹乱として有効的であると実戦形式の授業で身に染みた。魔法が使えないマッシュや、攻撃力を持たない固有魔法を使うアビスは身体を鍛えているが、なるほど。とアベルは頷く。目標はアビスをお姫様抱っこすることだったが、筋トレと体力作りは継続しても良いかもしれない。
「お疲れさんっす」
「ああ、ワース。お疲れ様」
「アベル様!ワース、お疲れ様です」
授業終わり、別々の班で授業に臨んでいたワースとアビスがアベルの元に集まる。
この後の授業について話しながら教室へ戻っている時、ふと、違和感に気付く。
「アビス?足、怪我をしたのかい?」
「あ、いえ、あの、これは…」
いつもならアベルのすぐ隣に来るアビスが、今日は遅れながらついて来ている。見れば、足を引き摺っていた。
「…先程の授業で、少し、受身を取り損ねてしまい…あ、大したことはありません!保健室に行く程でも無いですし、これぐらいなら別に放っておいても…」
ああ、またアビスの悪い癖が出たなとワースは思う。育ってきた環境故に、誰にも頼らない、頼れない。自分を救ってくれたアベルに、役に立たないと思われたくない。だから、こういう時アビスは絶対怪我を隠そうとする。
まあ、
「良いわけ無いだろう」
アベルがそれを許す筈は無いのだが。
「あ、アベル様…!し、しかし…」
「その足ではいざという時に動けないだろう。それに、そのままにしていては悪化するかもしれない。すぐ保健室へ行こう」
「でも……っ、わ…!?」
自然に。
普通に。
それが当然であるかのように。
アビスの身体がふわりと浮かぶ。
綺麗だけれど意外と男らしい手が、アビスの身体をしっかりと抱き上げていた。
突然のことに思考が追い付かないアビスが、アベルの顔を見あげて口をパクパクと開閉する。まるで陸揚げされた魚のように。
「しかし、も、でも、も受け付けないよ。ワース、すまないが僕らは遅れていくと先生に伝えておいてくれ」
「了解っす」
ワースからの返事を確認し、アベルはアビスを抱えて保健室へと向かって行った。アビスが真っ赤になって、今にも泣きそうな顔でワースに助けを求めていたが、ワースは笑顔で、無慈悲な笑顔でアビスに手を振る。怪我を隠そうとした罰だ、せいぜいアベル様に運ばれてオーバーヒートしてしまえ、とワースはほくそ笑む。
それに、アビスはそれどころじゃなくて気付いていないだろうが。
(ようやく念願のお姫様抱っこが出来て、アベル様がご満悦そうにしてんだ。ま、もうちょい付き合ってやれやアビス)
遠くなっていくアベルの背中を見ながら、ワースも足取り軽く、次の授業へと向かうのだった。
【HAPPY END】