新学期なので

新学期なので


オシャを信仰するクラスメイトになりたい




身長が頭ふたつ抜けるくらい高くて、腰までの豊かで滑らかな黒髪を靡かせて、モデル体型の長い手足と細い腰、そして豊満に筋肉のついた肉体は、なによりも神聖で、おかしくなりそうなくらい美しい。

十六歳の春、初めて足を踏み入れた教室であなたが私の方を見てくれたとき、私はこれまで生きてようやく、生まれてきた絶対的な理由を見つけたと思いました。


どうやらあなたは有名人だったとすぐ私は知ることになります。あなたほどの目覚ましい容姿、いえ、もちろん容姿だけではなく、所作、立ち振る舞い、言葉遣い全てにおいてエレガンスが溢れていて──それはまるで西洋の芸術品だとか仏閣に納められる仏像のような神秘そのものといって差し支えません──世間に見つからない方がおかしいと思えるような人ですから、それは当然のことだと思います。

後から教室に入ってきたうちのひとりが、机に座るあなたに声をかけました。私はそのときに初めてあなたの声を聞きました。


声をかけたのはスポーツ刈りの男子生徒。金子という名前は後から知りました。金子は捲し立てるように喋って、私はあなたの名前と、サッカーがとても上手であることを知りました。この高校は県でもサッカーの強豪校として有名です。もっとも、私はそれを入学が決まった後に知ったのですが、運命だと思いました。この高校に入ったおかげで、私はあなたに出会うことができました。

金子と話しているあなたに見惚れていると、私は手招きされて、会話の輪に入り、あなたと話すことを許されました。あなたは私の名前を尋ねた。あなたは私の名前を繰り返した。あなたは微笑んだ。誰に?私に。嬉しかった。そして全てを私は確信した。私は緊張してしまってふつうに話すことすらままなりませんでしたが、あなたはとても優しかった。あなたは私のことをオシャと形容し、取るに足らないことさえしきりに褒めてくれました。沸騰するような気分でした。美しいものに肯定されることは、私の精神を揺さぶるくらいに強烈な体験です。近くで見るあなたの顔は眩しくて視線を落としましたが、その先には、あなたの指があって、女性的な雰囲気を感じさせるそれの方が余程くらくらする気分になりました。


日常が始まって、あなたはすぐ人気者になりました。金子のようにいつも周りにたくさんの人を侍らせているのではありませんが、あなたは人望と厚い信頼をすぐに築きました。あなたの気高く、そして自由で、真実の慈愛に満ちた人柄は、相手の警戒心を絆し信用させるに十分でした。

さらに言うなら、あなたは完璧なだけでなかった。全てが作り物の人形のように見えるのに相対して、あなたは無垢で、柔らかく、永遠の純情を持っていました。下の名前を呼ばれることを嫌うのも、成熟した身体と裏腹に幼くて、たまらない気持ちにさせます。その気持ちを、愛しい、と呼ぶことに、すぐには気付くことはできませんでした。いくら近くても、あなたは遠かったのです。

あなたはサッカー部に入ったと聞きました。


私はスポーツに疎かった。それは当時も今も変わらないことですが。それでも、ルールを覚えるなどして、あなたの活躍を目に焼き付けようと思って、練習試合は欠かさず観に行きました。

あなたが走るとき、あなたに従属する濡羽色の髪は優雅に舞い始め、そのダンスはあなたをたてるためのものでした。どんなドレスよりあなたを美しくすることができます。

長い手足にぴんと張った女優のような白い肌は、網膜を裂くような蛍光色で混雑する芝生の上でなにより明るい。あなたが、サッカーがとても上手なことは素人目にもよく分かりました。

あなたの膝はつるりとして美しかった。

無垢な少女の膝。

あなたのことを豪奢な細工で飾られた鳥籠に、閉じ込めてしまいたいと思うようなことがありますが、同時に、それは大きな間違いであることも分かっていました。フィールドの上で何より気高く、自由な貴方を閉じ込めることはあってはならないことなのです。



あなたのことを考える毎日でした。毎朝あなたに会って、あなたの一挙手一投足に目を向けては、あなたについての思考を巡らせました。あなたについて考えるときだけ、私は自由でした。私はすごく、満たされるのです。

あるときはあなたの指先のことを考えて、あるときはあなたの優しさについて考えた。

あなたは人と違います。それはあなたが異常という意味ではなく、あなたが特別という意味なのです。あなたが体育の前に髪を結うときの仕草、あなたが色の付いた爪を眺めるときのまつげ、あなたが教科書を朗読するときの声。

私はいつもあなたを見ていた。

韮の生えている畑に咲いている花がビニールの風車だったとき、遠くでずっと鳴ってるインターホンが聞こえる、十五センチのミミズが三月の紫外線に晒されている、誰ともすれ違わない三時半とかのように。白昼夢の類だったのかもしれません。

あなたは処女のような乳白色の眼球結膜と、シャンパンゴールドの角膜と虹彩とを持ってして、深遠な響きと共にこの世界の全てを許していた。


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