2024年1月18日木曜日

戦争という金になり、しかも、楽な商売がガザに暗い影を落としている ― 米国とイスラエルの共謀の背後にある醜悪な真実が表面化

 

ガザで続いているハマス・イスラエル紛争の背景には資源の争奪戦が存在するという冷厳な事実を「戦争と天然ガス:ガザ沖の天然ガス田」と題して128日にご紹介した。そして、最近、それとほぼ同列に属する趣旨を報じる記事が現れた。これらは昔から語り尽くされてきたテーマであって、たとえ民主主義や人権、あるいは、自由の擁護を如何に雄弁に訴えていようとも、戦争が持つ隠れた動機があからさまになることが多い。

ここに「戦争という金になり、しかも、楽な商売がガザに暗い影を落としている ― 米国とイスラエルの共謀の背後にある醜悪な真実が表面化」と題された記事がある。

本日はこの記事を仮訳し、読者の皆さんと共有しようと思う。

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副題:ブリンケンの裏切り:血に染まった外交と平和を訴える空虚な美辞麗句

Photo-1:「あんたの手は血で染まっている」という言葉でアントニー・ブリンケンの支援に関する言い訳は反対者たちによってかき消された

23,000人以上のパレスチナ人、主として女性や子供たちがすでに殺害されているガザにおける破壊の影で米国のアントニー・ブリンケン国務長官の言葉は空虚に響いた(19日)。廃墟の真ん中に立って、彼は民間人の犠牲者が「あまりにも多過ぎる」と非難の言葉を口にした。だが、彼の行動はそれとは別の物語を語っている。ブリンケン国務長官が実権を握っている米国はイスラエルの戦争マシーンに燃料を供給し続け、この大量殺戮をまさに可能にする武器を供給し続けている。空虚な美辞麗句と致命的な行動に見られる身も凍るような二律背反の状況は残酷な現実を露呈している。つまり、米国は外交を装って、政策変更の一撃で阻止できるであろう大量虐殺に加担し続けているのである ― その一撃は人命の尊厳を支持する「急進的な」変化となってくれる筈であったのだが。

ブリンケン国務長官が中東を舵取りする中、和平とガザ地区の恒久的な避難民の拒否というふたつの決まり文句は、今起こっている米国の福祉ならびに戦争への支払いとイスラエルへの武器供与とを背景にして、全く対照的である。これらの武器は防衛のための道具ではなく、包囲された住民に対して用いられる恐ろしい攻撃のための道具である。停戦を求める国連安保理(UNSC)の有意義な決議に対する米国による拒否権の行使は単なる政治的策略ではない。それは大虐殺を支持するものであり、その忠誠心はいったいどこにあるのかを明確に示すものだ。これは安全保障の問題ではない。これは何万人ものパレスチナ人の命を犠牲にして、一握りの連中に利益をもたらすために戦争を永続させようとするものだ。

ブリンケン国務長官が国際司法裁判所で大量虐殺の告発を拒絶したことから、偽善は明白である。これらの非難を無益なものとして退けることによって、米国は戦争犯罪を弁明する者としての役割をさらに強固にした。その姿勢はパレスチナ人の生命に対する裏切りであるだけではなく、米国が擁護すると称する人権と正義の原則そのものに対する裏切りでもある。一部の人々にとって戦争は儲かるビジネスであり、レイセオンやジェネラル・ダイナミクスのような企業は終わりのない暴力の連鎖から利益を得ているということをわれわれは身の毛もよだつような形で思い知らされる。米国にとっては、それがウクライナであれイスラエルであれ、金儲けは栄光ある前線作戦基地に提供した戦争マシーンによって残酷に殺害された無数の女性や子供たちの苦しみだけから得られるかのようだ。パレスチナ人や無実のスラブ人は、見たところ、米国の「ルールに基づく」宝くじにおいては「選ばれた人々」とは見なされないようだ。この宝くじにおいては救うに値すると見なされる命は恣意的に選ばれるのである。

Photo-2:アル・ジャジーラ紙からの惨たらしい統計数値

二枚舌の顕著な示威行為として、これらの兵器が明らかに戦争犯罪に使用された出来事の後でさえも、米国はイスラエルに武器を供給し続けている。例えば、20215月のガザにおける戦闘では、イスラエル軍は国際報道機関が入居している高層ビルを爆撃したが、これは明らかに国際人道法の違反であった。ところが、これを受けて、米国はイスラエルへの精密誘導兵器の武器売却に73500万ドルを追加承認した。同様に、イエメン戦争でのサウジアラビアとUAEの行動を理由に、サウジアラビアとUAEへの特定の武器の売却を停止すると米国が宣言していたにもかかわらず、イエメンの民間人に対する甚大な危害を含めて、有志連合による戦争法違反の数々を無視し、サウジアラビアに対して5億ドルの軍事支援協定を承認した。

この偽善をさらに悪化させているのはウオール街がガザ戦争のような紛争から大きな利益を得ているからである。金融アナリストたちは「ハマス・イスラエル戦争」を口実にして、ガザでの大量虐殺がもたらす経済的利益について航空宇宙・兵器産業の部門が受ける恩恵に焦点を当て、公然と議論してきた。人間の苦しみから得られる利益に関する荒唐無稽で、かつ、冷淡な計算は、「世界人権宣言」や国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」を支持するとされる大企業の「人権に関する声明」とはまったく対照的である。人権への影響を無視しながら、戦争によってあからさまに暴利を貪ることはこれらの紛争を支える財政的および政治的支援システムにおける道徳的葛藤の根深さを浮き彫りにする。

地域的な緊張がくすぶり、より広範な紛争の亡霊が迫りくるこの荒涼とした風景の中で、ブリンケン国務長官の言葉は爆弾の轟音や戦死者たちの静かな叫び声に比べると、単なる囁きに過ぎない。米国の武器や外交の隠れ蓑によって支えられているこの戦争は世界が脆弱な人々を守れてはいないことを示す明白な証拠だ。それはかつては世界の覇権者であった米国の指導部を覆い隠していた道徳的権威が衰退しているをはっきりと示している。差し迫った疑問がある。つまり、例外主義と企業の貪欲さの祭壇でいったいあと何人の命が犠牲にならなければならないのか?どうやら、ガザで流されている血は邪悪な同盟の代償である。

Photo-3:ガザ南部のハーン・ユニスに対するイスラエル軍による爆撃の後、負傷して埃と血まみれのパレスチナ人女性が病院で負傷した少女を抱きしめている[Belal Khaled/AFP]

この筋書きは単なる政治的同盟にはとどまらない。それは世界的な紛争を引き起こす根本的な戦争による金儲けを明らかにする。軍・産・メディア複合体は飽くなき利益欲を持って、ガザの荒廃した風景の中に肥沃な土地を見いだしている。米国がイスラエルに供給している武器は単なる戦争のための兵器ではない。それらは人間が苦しむことによって繁栄し、儲かるビジネスモデルの生命線なのである。ガザの惨状は不幸な副産物というわけではなく、この利益主導の機構にとっては必要条件なのである。

この方程式における米国の役割は極めて重要だ。米国の支援がなければ、イスラエルはこれほどの規模の軍事作戦を維持するには甚大な苦労を強いられ、実際には平和的に共存し、平和を紡ぐことを余儀なくされていたであろう。米国の支援は受動的な態度ではない。それは米外交政策のより広範な目的や栄光ある前線作戦基地の目標に沿ったものであって、積極的、かつ、戦略的な選択なのである。イスラエルは、ロシアとの戦争におけるウクライナのように、槍の穂先として利用され、人命が消耗品の駒として扱われる地政学的チェスというより大きなゲームの代理として利用されている。

戦略的同盟と身勝手極まりない地政学的な駆け引きの影で、米国・イスラエル関係は複雑性や共依存関係、矛盾、等の模範として存在する。20世紀の歴史に深く根ざしたこの関係は軍事力や経済力、そして冷ややかな計算によって織りなされた複雑な相互作用の証である。スティーブン・ズーンズ博士はイスラエルに対する米国の対外援助を鮮やかに描き上げ、その規模と性質の両面における独自性を論じている。

2023会計年度までに与えられた総額1,240億ドルという驚異的な援助の規模は(イスラエルがいかに小さいかを考えると)二国間の歴史上ではもっとも実質的な対外援助プログラムであったことを示している。重要な点としては、この援助は1967年の戦争後に顕著に拡大し始め、借款から無償資金供与(一種の戦争福祉)に移行し、伝統的な支援者と受益者の間の力学を超越するまでにその関与が深化したことを反映している。この戦争金融・福祉金融はイスラエルの国庫に直接注ぎ込まれ、相互の(悪性)依存と戦略的連携関係を強調しており、他の国々に与えられる通常のひも付き支援とは大きくかけ離れている。

さらには、イスラエルに対する米国の取り組み方は注目に値する例外性によって特徴付けられている。米国の「寛大さ」を享受する他の受益国とは違って、イスラエルは一括払いで援助を受ける特権を享受しており、この金を米国の財務省短期証券に投資できることから、米国自身に対するイスラエルの財政的影響力を効果的に提供するお膳立てとなっている。この関係はさらに私的な領域にまで及び、米国の税控除可能な拠出と債券購入がイスラエルへの資金の流れを膨らませている。この金融力学は単なる取引上のやり取りではなく、イスラエルの地政学的・経済的立場を強力に支持し、かつての地域情勢ならびに世界情勢における極めて重要な役割を演じる地位を確固たるものにしている。

この政策の根源は単なる財政援助にとどまらない。それらの根源は米国の戦略的利益と絡み合っている。つまり、イスラエルは(自ら作り出した)不安定な地域において米国にとって重要な前線作戦基地として浮上したのである。認識されている米国の脅威に対する防波堤としての役割を果たす上でイスラエルの役割は極めて重要であった。本同盟は大規模な軍事的側面も持っている。イスラエルが米国製武器の実験場を提供し、そうでなければ公然と支援することが困難な政権や武装集団に対して米国製武器のパイプ役としての機能も果たしているのである。

クリントン政権はイスラエルを単なる受益者/従属国として見るだけではなく、米国の外交政策のより広範な目的に不可欠となる戦略的パートナーと見なし、この関係をさらに強化した。だが、この取り組みは矛盾をもたらした。つまり、著しい経済的・軍事的能力を持ちながらも、イスラエルは実際のニーズには不釣り合いと見れる程のレベルで援助を受け続けている。それは援助の相互作用、軍事的依存、そしてそのような危険で身勝手な政策のために瀬戸際にある世界における米国の外交政策のより広範な目的について重大な疑問を呈することになる。

この同盟は近視眼的には地政学的な利益に資するものではあるが、より広範な意味合いと危険性を孕んでいる。それは中東における地域的緊張を形成し、和平プロセスに影響を与え(妨害し)、両国の社会経済構造に影響を与える。ズーンズ博士が明らかにしているように、イスラエルの軍事的優位という幻想と揺るぎない財政支援を維持するという米国の関与は相互利益と真の安全と同じくらいに権力と政治についての関係をさらけ出している。皮肉なことには、われわれが目にするように、両国にとって大きな不安感を招いているのである。

Photo-4:イエメンのフーシ派はイスラエルや紅海を経由する西側の航路への攻撃を強めている。

しかしながら、このような関係には論争やこの種の状況によってもたらされる帰結が何もないわけではない。ズーンズ博士が指摘しているように、イスラエルに対するこの高水準の援助はその影響と持続可能性について両国内で議論を呼んでいる。ひとつの矛盾はこの援助がイスラエルの軍事力を確保する一方で、米国への経済的依存を深めているという事実にある。この依存はイスラエルの長期的な戦略的自律性、経済的回復力、そして究極的には主権国家としての存続について重大な疑問を投げかける。

米国においては、この大規模な援助プログラムは精査や批判なしに済まされることはない。特に、軍事援助の形で行われるこの財政支援は、特に、他の国際紛争や人権、国際法に対する米国の立場、等の文脈で考えると、米国の利益や米国に対する世界の認識に壊滅的な結果をもたらすであろうと批評家らが論じている。この議論はこの援助が如何にして米国の影響力をひねり出すのかにまで及び、イスラエル・パレスチナ紛争の力学やこの地域における公正な和平のためのより広範な探求にまで及んでいる。

この関係の意味合いは深く、多面的である。一方では、中東の地政学的状況を形作り、恐怖を与えてきたことは間違いなく、悪意ある戦略的パートナーシップを象徴している。その一方で、このような援助の本質、戦略的同盟、そして身勝手な国益とグローバルな責任との間に介在する複雑な均衡について重大な疑問を引き起こしている。

今後、本関係のニュアンスを理解することは依然として重要となる。それは単なる財政援助の問題ではなく、冷ややかな利害関係、歴史的な繋がり、共依存関係、等によって織り成される極めて複雑なタペストリーである。米国とイスラエルの同盟関係は、現状では、地政学と財政援助が戦略的目標と交差し合い、人間の苦しみと国家の運命を永続させる政策を形作る道しるべとなる。新興勢力や超大国にとっては、これは人間性が戦争に煽られた貪欲さによって取って代わられる時、如何にしてビジネスに関与しないでいるかという教訓として役立つであろう。

もっとも悲劇的な現実は平和には何の利益もないという点だ。ガザで敵対行為を停止することは戦争から利益を得ている連中にとっては利益には繋がらない。爆弾が投下され、命が失われるたびに、これは一握りの連中の金銭的利益に繋がり、永遠の紛争で繁栄し、戦争によって具現化される金儲けなのである。米国は供給者であるだけではなく、支援者としての役割においてこの致命的なゲームの鍵を握っている。非難が広範に広がっており、明らかな人道危機が存在するにもかかわらず、イスラエルへの継続的な支援は米国の外交政策を推進する優先事項の証なのである。

Photo-5:これは、1900年以降、20人の米国大統領が起こした58個の戦争についてテヘラン・タイムズが報じた特別レポートである。第2次世界大戦以降、米国は世界中で推定で2300万人を殺害した。バイデンは間違いなくこのリストに載るであろう。

これは不安な質問に通じる。いったい誰が得をするのか?進行中の悲劇からはいったい誰が利益を得るのか?その答えは武器製造業者、彼らを支持する政治家、そして、終わりのない紛争を提唱するタカ派の連中である。この利益の代償は何万人ものパレスチナ人の命であり、彼らの家が破壊され、彼らの未来は抹消されることとなる。

このことの道徳的な意味合いは実に深い。人権と民主主義の世界的リーダーとして自らを位置付ける国家である米国はこれらの価値観を露骨に嘲笑し、戦時の金儲けに根深く関わっている。米国が公言する理想とガザにおける行動との間に見られる矛盾は米国の外交政策における忌まわしい偽善をはっきりと浮き彫りにしている。現在進行しているガザ紛争における米国のイスラエルに対する支援は単なる政治的同盟ではない。まさにこれは道徳的な大失敗であり、抑圧された人々に対する組織的な残虐行為の是認でもある。

ガザ地区で繰り広げられている恐怖を目の当たりにし、国際社会は重大な岐路に立たされている。われわれは米国とイスラエルの同盟によってもたらされた残虐行為に目をつぶり続けるのか?それとも、われわれはこのあからさまな人命軽視に立ち向かうのか?人権を擁護すると主張し、あえてグローバル・マジョリティに講義しようとしてきた欧米の沈黙は単なる受動的な共謀ではない。それはこれらの犯罪の永続化に積極的に参加することに繋がる。この不正義に対して世界的で、かつ、目に見える形での行動が欠如している事実は人命に対する身勝手な利益に関して西側諸国は歪んだ優先順位を与えていることを雄弁に物語っている。

Photo-6:イスラエルはガザで広範な戦争犯罪を犯しているが、これは全てが米国によって可能になった。

ガザにおけるこの状況は世界は歴史から何も学んではいないことをはっきりと思い起こさせるものだ。ナチスによるユダヤ人の強制移住と大量虐殺を見ると、過去の残虐行為との類似性は紛れもない。極めて皮肉なことではあるのだが、世界はこれらの過ちを繰り返す運命にあるようだ。「二度と繰り返さない」という物語は、このような恐怖を未然に防ぐと誓ったまさにその国々によって促進され、さらにもうひとつの大量虐殺が展開されているのを目の当たりにすると、実に空虚に聞こえてくる。ガザ地区の悲劇は単なる地域紛争ではない。それはわれわれの集団としての人間社会の基盤そのものに挑戦する世界的な道徳危機なのである。生命の尊厳が忌まわしい宝くじによって決定されてしまう覇権主義的一極世界を二度と容認しないという、新しい「二度と繰り返さない」のモットーをわれわれは擁護すべきだ。

ガザでの悲惨な紛争はイスラエルに対する米国の支援によって悪化し、可能となり、支持されてはいるが、単なる政治的紛争ではない。これは人道的大惨事であり、道徳的な暴挙である。国際社会はこれらの行為を非難するだけではなく、法廷や保護措置を通じてこの暴力の連鎖を断ち切るために具体的な措置を講じなければならない。ガザの人々は空虚に響く同情の言葉以上のものに値する。彼らには正義と平和、そして、抑圧と戦争の影から解放された未来を希求する権利がある。今こそ行動を起こす時だ。世界は二度とガザを失敗させてはならない。

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これで全文の仮訳が終了した。

この記事は一人の人間としての慟哭である。戦争が持つ金儲けという側面に対する嫌悪の表明であり、人間が何時までたっても学ぼうとはしないことに対する無念さの表明でもある。それは一人の人間としての存在が人類という集団社会に適切に、かつ、タイミング良く反映されない現実に対する苛立ちであり、やりきれなさでもある。

参照:

1The War Racket’s Shadow Over Gaza: Unveiling the Ugly Truth Behind US-Israel Complicity: By Gerry Nolan, The Islander, Jan/10/2024

 




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