我ら地獄の音楽隊②
パーパーラパッパーパパーパラパッパーパドンガガガッガッドンガガガッガッピープーペードォーン
「……何だこの音は」
「分かんない」
衝撃、轟音。暫くの後、気の抜けたような演奏?いや、コレはむしろ適当に楽器を掻き鳴らしているだけなのでは?
ブランチは突然に起こった珍現象にHAL-01へ疑問を投げかけるが、HAL-01とて状況を理解出来ているわけではない。急ぎ各所の電子機器を辿り、自身の右目へと外部の映像を投影する。
そこに映っていたものとは。
「……は?」
思わず素っ頓狂な声が出る。それもそうだろう、何よりも状況が素っ頓狂なのだ。
何が突撃したのかと言えば、「船」だった。外観は極めて原始的な、惑星内の海洋を渡る程度の能力を持っているかも怪しいような「帆船」という類のように見える。
パーパーラパッパーパパーパラパッパーパドンガガガッガッドンガガガッガッピープーペードォーン
相変わらず無茶苦茶な音楽を掻き鳴らすその船は、よくよく見れば船首に取り付けられた黄金像の口元がパクパクと動いている。まるで歌うかのように滑らかに口元が開閉しているのだ。
意味が分からない、この船は何だ。この音は何のために鳴らしているんだ。船首が歌うような動きをする意味はあるのか。
誰しもが状況を理解出来ず、困惑と混乱の中にあった。
だがこれを好機と見た者も居る。
「—————ウォラァ!!!!!」
「あっ————ゴヴッ!?」
動揺から瞬間的に緩んだ拘束の隙を見逃さず、メグミは体を捻って自身を捕らえる黒服の顎に蹴りを見舞った。
「貴様っ!!」
「死ンンンねッ!!!!」
熱線銃(ブラスター)を構える前に股間に蹴りを入れると、黒服は前傾姿勢で悶絶して倒れる。即座にその後頭部を踏みつけ、頚椎に重篤なダメージを入れておく。
「————HAL-01!!!」
「ッ!!!!」
ブランチの叫びと共に、ガードロボットがメグミへと襲い掛かる。黒服が取り落とした熱線銃を蹴り上げると、迫り来るアームの付け根に向けて連射した。
ヂュン、という音と共にアームは赤熱と膨張を行い、千切れ飛ぶ。慣性に従いそれでもメグミへと向かって来るアームを避け、即座に熱線銃をブランチへと向けた。
「ぬぅっ!?」
「死にたくなきゃあ手ぇ挙げ……んあぁ!?」
ガチッ、とトリガーが止まる。
「……セーフティロック!?だるい小細工すんじゃねぇクソ悪党!!」
「貴様今、手ぇ挙げろとか言いながら撃とうとしたな!?」
「ったりめぇだろテメェ見てぇな極悪人に人権はねぇ!!超法規的措置により現行犯死刑!!!」
「警察組織の人間の発言か本当に?!」
「うるせぇオラァ!!!!」
「おがっ!?」
ブンッ!!と即座に投げ捨てられた熱線銃が顔面へと直撃し、ブランチは仰け反ってたたらを踏んだ。即座に距離を詰めたメグミは太腿にホールドしていた電磁制圧剣(スタンブレード)を引き抜き、即座に斬りかかろうとする。
其処に、ガードロボット二体が割り込み、妨害を企てた。
「させない……!!」
「———へへっ!!」
HAL-01からの妨害に、メグミは笑う。それこそが狙いの通りだと言わんばかりに。
即座にスタンブレードを片手に持ち替え、もう片方のホルダーから更に一本を取り出し、ガードロボットに叩き付ける。
『『ガガガガガガガピーーーーーー!!!!』』
「……ガッ!!?」
電子的にガードロボットと繋がっているHAL-01は、スタンブレードの高圧電流によってショートする回路の影響を受け、苦悶の声を上げた。
(問題……ない……!!)
だがHAL-01は生身の左目でメグミを見た。問題ない、ショートは一時的なものだ。ガードロボットは、まだ————
「————逃げるぞ!!」
「えっ……」
ガシッ、とHAL-01はその細い腰を引っ掴まれ、抱え上げられた。抱え上げたのは誰あろう、メグミだ。
メグミはHAL-01を抱え上げるとほぼ同時に前方へと放り投げ、空いた手で頭部の横……耳の辺りに触れ、叫ぶ。
「————CS(コンバットスーツ)『RAIDEN』、起動ォ!!!」
バチバチと電気の弾ける音が鳴り、彼女の着込んでいたそれまでのビジネススーツが焼け落ちる。中から現れたのは、ぴったりと身体に張り付いた淡い光を放つ戦闘用スーツ。
「エネルギー転用!加速限定!……50%!!」
グッと足元に力を入れると共に、スーツの一部が溶けるようにして剥がれ、彼女の素肌が露になる。彼女のスーツは鋭角に食い込むハイレグのように太腿を露出し、失った面積の代わりとでも言うかのように脚部へと光のラインが集まっていた。
CS『RAIDEN』。SSPに配布される特殊戦闘用スーツの一種であり、その特質はエネルギーの自由運用。普段は防御用に身体を覆っているエネルギー皮膜と引き換えに、一時的に膨大な出力を得る事が出来る。
床を蹴り砕いて放り投げたHAL-01を抱えると、そのままメグミは逃走を開始する。
「逃げ道はどっちだお嬢ちゃん!教えな!!」
「ちょ、ちょっと……!!何で私を……!!」
「あ゛あ!?何?あの屑どもンとこに一生居たいっての!?ざけんなしょっ引くぞテメーッ!?」
「そうじゃなくて……どうして!!」
HAL-01には分からなかった。何故先ほどまで……いや、現在であっても敵対している立場の自分を、助けたりするのだと。
「どうしてって……アンタみたいのを助けるのだって、アタシの仕事!!」
行く手を阻みに来る海賊たちを蹴り倒し、メグミは先を急ぐ。『RAIDEN』の加速も無限ではない、エネルギー消費を考えればずっと使っていたいものでもない。
焦りながらも彼女は答える。
「アンタ、あいつ等の言いなり嫌だったんだろ!?だか———おわあああ!?」
「うわっ……!?」
言葉を返し掛け、突如として壁が爆発した。
否、爆発したというのは言い間違いだ。
突如として、何者かが施設内の壁をぶち破って来たのだ。その衝撃にたたらを踏み、加速の制御を誤ったメグミと抱えられたHAL-01は勢いよくその「何者か」の下へと突っ込んでいく。
むっっにゅうううううううん❤
(えっ、柔らかっ……)
(息がっ……!!!)
メグミの頭部はその「何者か」の持つ「柔らかいもの」に受け止められた。抱えられていたHAL-01はメグミの乳房とその「柔らかいもの」によって挟みこまれた。
「……あらあらあら?」
上方から混乱したような声が降り、受け止められたメグミは急いで身体を離して向き直った。
「テメッ、何も………」
そこで言葉を失った。知っている、アタシはコイツを知っている。
鮮やかな桃色の波打つ長髪、天を衝くように雄々しく生える白い角、深い緑色を湛えた瞳、その手には巨大な機械鉞、そして露出した内腿に刻まれた———星の印。
「—————げえええええ!?『流星』のシャーロットォ!?」
「……何処かでお会いしましたっけ?」
この宇宙で出会いたくない暴力装置の一つと、こんな時に出会ってしまった。