横須賀聖杯戦争⑪

横須賀聖杯戦争⑪



「ぐぅ──っ!?」


 自身の左腕に走った奇異なる感覚に、思わずセイバーは呻き声をあげる。

 裂かれた痛みでも折られた痛みでもない。

 ただ全身を走る悪寒に反して、左腕の感覚だけがさっぱりと無くなっていた。

 その一瞬の隙をつき、アサシン未だ再生しきっていない身体をおして斬り飛ばされた腕を回収。即座に距離を取る。


「ふふ、もーらい、と。日の本を征した鏖殺者の腕──見方によったら随分なお宝とちゃう?」


「アサシン、貴様…………!」


 アサシンは斬り飛ばされた自分の片腕が握りしめる、一本の骨を見聞しながらそう呟く。

 セイバーはそれを怒りの籠もった視線で貫いていた。


「おっと、あかんあかん。大事にしまっとかんとね? ふふ」


 そう言うとアサシンはその白い白い骨──正確には右腕の上腕骨をなんとそのまま丸呑みにしてしまう。


「貴っ様…………っ! 返せっ!」


「返せ言われて返すようなもんはおらんよ。欲しいんやったら、うちの腹掻っ捌くしかないなあ」


「言われずとも!」


 魔力放出(水)によるジェット噴流にて加速し、アサシンに斬りかかるセイバーだったが──


「ちょっと、軽いなあ」


「く、そ」


 先程までの剣戟とはうって変わり、アサシンは容易くその一太刀を捌いてみせる。

 元より単純な膂力だけならアサシンに分があった。それが片腕だけとなればどうなるか。


「そしてそれは、うちだけの話とちゃうで?」


「■■■■■■──!!」


「くっ!」


 背後から猛る狂戦士の矛を受け止める──事は叶わず、吹き飛ばされるセイバー。その圧倒的膂力と速度故に、その勢いは弾かれたセイバーが海面を跳ねて飛んでいくほどである。


「お、のれ…………!」


 プッ、と口内に滲んだ血を水面へと吐き捨てるセイバー。

 浜辺にて佇む二騎を見据える。


「形勢逆転、と。もちろん撤退なんかさせへん──」


「■■■■ッ!!」


「あら、っと。そらこっちにも来るわな」


 雄叫びと共に高温の熱波を放つバーサーカー。それを魔力放出(熱)にて相殺しつつ回避するアサシン。


(さ、てと。もちろんこのまま一気に御子さんを仕留めたいとこなんやけど…………溜め込んでたうちの魔力ももうカツカツや。再生に使いすぎてもたな。そうでもせんとこの戦果とはいかんかったやろけども。この偉丈夫の横入りは今んとこありがたいんやけど…………このままやとこっちに削り潰されかねん。痛し痒しやね)


 三つ巴となったこの戦闘であるが、消耗度合いではこのバーサーカーはほぼ皆無。万全に近い状態。

 そうはいってもアサシンの目線からすれば天敵と言っても相違ないセイバーをまず削らなくては話にならなかったわけではあるが。

 一方そのセイバーは海上にて──


(くそ。左腕が使い物にならん………! あの二騎の膂力を片腕だけで捌くのは不可能だ。何よりこの腕では、『界剣』はおろか、『怒涛』も撃てないか…………)


 自身の宝具二つ。それが機能不全に追いやられた。【水神】は問題なく使えるものの、それが目前の敵に効きが悪いことは確認したばかり。


(撤退…………は、少なくとも無策では叶うまい)


 あのアサシンの抜け目のなさは痛いほど身に沁みた。こちらを弱らせた絶好機を逃すほど甘くはないだろう。

 加えて、現在進行系で暴れまわるあの狂戦士。単純な暴力を鑑みればアサシンを上回るやもしれない。


「いやはや、中々の難局だな」


 自嘲と共に、セイバーは自らの懐へと手を当てる。


「少々不甲斐ないが──叔母上の力を借りるとするか」






 一方その頃、その戦いを離れた場所から案じるマスター達は──


「あの…………大丈夫、です?」


「うーん…………治療したげたほうがいいかな…………いや、でも、敵だしなあ」


「………………きゅ」


 その場に倒れ伏したアサシンのマスター、辻中 彩芽に対してキャスターとそのマスター二人があたふたしていた。


(アサシン、魔力、吸いすぎ…………枯れる…………)


 戦闘が本格したと思われる先刻から直に彩芽の身体から魔力、並びに体力が急速に失われていったのである。

 セイバーを相手取るにあたって魔力放出(熱)を全開にしての戦闘を行ったことに加え、第二宝具の使用がダメ押しとなった。

 もっとも対人宝具である第二宝具は対軍宝具である【神便鬼毒】と比較すれば魔力消費はかなり控えめなのだが、セイバーの熾烈な攻撃を再生し続ける必要があったのが痛かった。

 魂喰いによる魔力の貯蓄もあっという間に底をつき、現状の有り様となっている。


(どうしよ…………アサシンが勝っても、私がこのザマじゃあ…………)


 突っ伏した状態で今後の動きを思案する彩芽だったが──


「──あらら。もうグロッキーじゃないですか、アサシンのマスター」


「…………あなたは」


 路地裏に響くその声に、彩芽は聞き覚えがあった。


「どちら様ですか?」


 その呑気な声色の誰何はキャスターのマスター、氷上 美夜のものだ。


「こんばんは。辰巳砂 魃と申します。流れの魔術使いですよ。マスター、と言っていいかは我ながら微妙なんですが、まあこの聖杯戦争の参加者ではあります」


 穏やかなその表情と口調。

 しかしキャスターは目前の青年から油断ならない気配を感じとった。

 サーヴァントである彼女が、人間に対して、である。


「では、その辰巳砂さんは一体何のようです?」


「はは。一応そこで平べったくなってるお嬢さんの救援です。彼女のアサシンがかなり奮闘しているようですので、このまま燃料切れで敗北はちょっと不憫でしょう? お二人には危害は加えませんので、その子を引き渡していただければと」


「…………嫌だって言ったらどうなります?」


「はは。全くもって不本意ですが」


 そこで、辰巳砂は自らの薄目を完全に見開いた。


「──その眼は!」


「実力行使と行きましょうか」


 その眼は、鋭く、そして妖しく、縦に割れた瞳孔が煌めいていた。






「ほら、さっさと行くわよアンタ」


「ピョンピョン飛んでいくなよ! おれはパルクールの選手じゃねえんだよ!」


 深夜の横須賀の町並みに、そんな少年少女の喧騒が響いていた。


「ったく、これだから初歩の強化魔術も使えない素人は…………セイバーに抱えてもらいなさいよ」


「いや、パッと見年下の奴に抱えられるってのはだな…………」


「んなチンケなこと言ってる場合じゃないんだっての! きな臭いとは思ってたけどあのはぐれセイバーとキャスターから話を聞いていよいよ呑気にしてられなくなったのよ! この聖杯戦争の裏を取らなくちゃ」


 犬飼 明とイヴリン・ハーパー、それぞれセイバーとアーチャーのマスターが口論を交わす。

 その様子をサーヴァント達は傍から眺めて──アーチャーの目は閉じていたがおそらく──いた。


「だからってビルの上飛んで渡るなよ! 見られたらどうすんだよ神秘は隠匿するもんなんだろ!」


「碌に月も出てない深夜に飛び歩いたって碌に誰も気づかないっての! 変な鳥と思われるだけよ」


「それゼッテー無理あるから! 定点カメラとかに映るだろ監視社会舐めてんのか!」


「あーはいはい。その辺にしとけや明。オレがルーンでどうにでもすっからよ。飛行と隠蔽くらいなら軽いもんだ」


 そんな二人のやり取りを苦笑しながら眺めていたセイバーが二人にルーン魔術を施した。


「流石ねセイバー。よろしく頼むわ」


「あいよ。ほら行くぜアーチャー…………起きろよ」


「はい。寝てません。寝てませんよ、ずっと起きてましたはい」


 そして四人は横須賀の夜空を引き裂くように飛び回り──ルーンで飛行する明は絶叫マシンとも比べ物にならない、なんの安定性も無しに空中をゆく恐怖に引きつった悲鳴を上げていたものの──ながらに、今後の動きについて話し合った。


「改めて、この聖杯戦争の裏を取りにいくわよ。予定外のセイバー参戦といい、この胡散臭い戦況でただ戦闘を継続するのはどうにも味が悪すぎるわ」


「まあ嬢ちゃんの言うことも一理はあるな。オレは正直戦えりゃそれでいいってとこもあるが、良いように利用されるとなったら気分はいいもんじゃねえし」


「聖杯戦争ともなれば陰謀策謀は巡らされるものでしょうが、大人しくそれに翻弄される筋合いもないでしょう。私もマスターの意見には賛成します」


「ぃぃぃぃぁぁぁぁああああ」


「よし。全会一致で何よりだわ」


 迷いのない目でイヴリンは前を見据え、手の中の音叉の感触を確かめつつ空を駆ける。


「そしてこの聖杯戦争の全容を知る、そのためには──この聖杯戦争のルーラーに話を訊くのが手取り早く、筋が通ってるってもんでしょ!」






 それぞれの思惑と戦局が交錯する中。

 横須賀の夜闇は、ゆっくりとその暗さを増していく──


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