横須賀聖杯戦争⑮

横須賀聖杯戦争⑮



「…………オト、タチバナ」


「ん、気がついた?」


 深夜の海辺。

 セイバーは妻の膝の上で目を覚ました。


「…………っ! バーサーカーとアサシンはっ」


「他のサーヴァントはいないよ。私達がここに来るまでに一騎退去したみたいだったけど」


「…………そうか。ならバーサーカーは討てたようだな」


 ならば、残る一騎──アサシンは。


「私より更に近い、あの至近距離からの爆発を思えば消し飛んでいるべきではあるが…………あのしぶとさを思えばあまり楽観視は出来なさそうだ」


「そっか。ともあれ、あなたが無事でなによりです」


「ああ、ありがとう…………いや、それよりオトタチバナ、何故君がここに」


「うん。アサシンのマスターはなんだか変な人が現れて横から攫っていっちゃってね。手持ち無沙汰になっちゃったところでいやーな予感がしたものだから──美夜ちゃんにお願いして令呪でここまで来たの」


「なっ! それでは私が巻き込まないように場所を移した意味がないだろう!」


「だいじょうぶ! 戦が終わりそうな時期を見計らって来たから! 足手まといにはなりたくなかったからね!」


「あ、私もいますよ〜御子様」


 少し離れた位置から氷上 美夜が手を振っていた。


「ほら! まだ起き上がらないで寝ておいて。まだ傷は治ってないんだから」


「…………片腕は、まだ駄目か。はやくあのアサシンを仕留めねば」


「ん? 腕がどうかしたの?」


「ああ、アサシンめに骨抜きにされてしまって…………」


「…………なんか、聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするのですけど」


「ん? …………ああいや! 違う! そういう意味ではなく、文字通りの意味でだな」


「文字通りに骨抜きにされるってどういう意味…………ってひゃああああ! 腕! 腕がぐにゃんぐにゃんになってる!」


「うむ、つまりこういうことなのだ」


 セイバーが骨を抜かれた腕を動かすとまるでデタラメな方向と角度にグニャグニャと折れ曲がる。


「うげーっ! 御子様だいじょぶなんですかそれ痛くないんですか」


「痛くはないぞ。ただ力が入らないしこのままでは宝具もほとんど使えないな」


「もう! 一大事じゃない! ほら、そのまま動かないで。治癒を続けるから」


「ああわかった…………が、治癒で治るものかな、これは」


「生えてくるんですかね? にょきにょきと。 骨」


「それは怖いな…………」


 そんなセイバーと自らのマスターの掛け合いを眺めつつ、キャスターはつん、とセイバーの額を弾いた。


「とにかく、今は身体を休めて。いつまた戦になるかわからない。…………なんとなくだけど──今夜は、ずいぶん長い夜になりそうだから」


「…………そうか。わかった」


 そうしてセイバーは静かに目を瞑る。

 キャスターは治癒を行いながらゆっくりとセイバーの額を撫で、やがて静かに戦禍の気配が消えない横須賀の夜空を見上げたのだった。







「──っ! マスター! 無事ですか!」


「ええ、私は大丈夫よアーチャー…………! アキラ、アンタはっ」


「一応無事だ…………クソ、マジで死ぬかと思った」


 ルーラーの大火炎が炸裂した数秒後、しかしそこには未だに二つの主従が健在していた。


「ふぃー…………アキラ、令呪切ってくれてありがとな。お陰でルーンの護りを増強出来た」


「それぐらいしかおれには出来そうにないからな。命拾えたなら良かったよ…………」


 自らのマスターへと礼を言うセイバー、セタンタとそれに応えるマスター、犬飼 明。


「──が。あのタイミングで無傷で凌ぎ切れたのは、それだけじゃねえみたいだな」


「え…………」


 セイバーが見上げた夜空には。


「…………間に合いましたか」


 白鳥礼装に身を包み、槍を手にする戦乙女の姿が浮かんでいた。


「…………おっと、あれは──」


「ランサーのサーヴァント! ここで参入してきますか」


 その姿にサーヴァントニ騎がそれぞれ声を上げる。


「乱入してきた…………って言い方は違うかしらね」


「だな。あの宝具を完全に凌ぎ切れたのはあいつがおれの守護のルーンに更にルーンを重ねがけしたからだ」


「えっと、それはつまり、味方って事でいいのか?」


「さあな、嬢ちゃん達は一度やり合ったらしいが?」


「別に、特に言葉も交わしてないし、仲良くなるようなきっかけは何もなかったわよ。掛け値なしに一度戦ったってだけ。お互い宝具も見せない小競り合いだったし」


「だったら義理や情じゃなく、実利の為に手ぇ貸してくれたってことでいいのかね? おーいどうなんだよランサー!」


 セイバーは中空のランサーへと大声で問うた。


「…………エクストラクラス、ルーラーの予想外の挙動を確認しました。この聖杯戦争の監督役である我からマスターより偵察し、場合によっては討伐せよとの命令を受けています」


 感情の見えない冷ややかな表情で黒髪のランサー──ワルキューレ、オルトリンデが答える。


「ランサー…………これで三騎士が揃い踏み、というわけですか」


 そしてルーラーはランサーにも劣らない冷淡な口調で現状を呟いていた。


「そうかよ! んじゃ、今は敵の敵で味方って事でいいんだな!?」


「現状貴方達を討てとの命令はなく、目標であるルーラーの戦力は極めて強大と判断しました。ここでの交戦は互いに無意味と思われます」


「なるほど同感! ──ってわけみたいだぜ、ありがたく助太刀を受け入れようや」


「ま、そういうことなら確かに好都合ね。正直今の手札であのルーラーを相手にするのは骨が折れる。あれだけの大規模な攻撃宝具を放っておきながらまだ魔力の底が見えないんだもの」


 アーチャーのマスター、イヴリン・ハーパーの見据える先には、宝具を放った直後でありながら一切衰える事を知らない魔力のうねりを纏ったルーラーがなおも黒炎を放ちながらこちらを睨んでいた。


「…………三対一、は流石に分が悪いですね」


「もっともな判断ですが、あいにくとこちらには余裕はありません。ここで貴女を逃がせば後が恐ろしい。数の有利があるうちに、確実に射抜かせていただく」


 アーチャーは自らの弦に手を添えながらルーラーへと言い放つ。


「三騎士相手に単独で立ち回ろうとは思いません。ここは大人しく──」


 ざん、と黒く染まったその旗を既に炭化した芝のグラウンドへと突き立てる。


「いでよ、戦場の死を喰らう羅刹達──」


 すると濁色の炎がルーラーの突き立てた旗を中心に広がり、円を成してゆく。


「──あれは、何を?」


「アーチャー! 止めて!」


 とイヴリンが叫んだときには既にアーチャーは弦を爪弾いている。

 それでも。


「遅い」


 真空の刃を圧倒的な耐久で弾いた頃には、既にその炎陣から何ものかが這い出てきていた。

 青黒い衣服に全身を包み、その面貌は布を纏って隠されている。

 ただ、その両手に携えた片刃の剣が並々ならぬ邪気を孕んで漂わせている。


「この魔力の感触──! 嘘でしょ!? あれ全部──」


「サーヴァントだな。正規の英霊じゃなさそうだが──」


「それが、三体…………!」


 これで数の不利は覆される。

 ルーラーはニコリともせず、静かに焼野原となったサッカーコートの上で歩を進めた。


「…………蹂躙します」


 ルーラーのその声には、微塵の慈悲も籠もってはいなかった。


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