毒オジ×パンガキ 創作

毒オジ×パンガキ 創作


 ここは典型的な西洋ファンタジー世界(ドラゴンクエストやギリシャ神話のような)で、アドラメルクは『魔族』という……生まれながらにして人間との敵対を運命付けられた種族だった。

 魔族の敵である人類を殺す。それがアドラメルクの存在意義であったし、それを否定する存在もいなかった。人間にとっても魔族は無条件に殺すべき存在。それは『魔族は人を殺して当然』という認識あってのものだ。


 だからそう────かの有名な人類の英雄『アレクサンドラ隊』と橋の上で戦い、右腕を切り落とされ、首筋に刃を突き付けられた時も後悔はなかった。

 戦い続ければいつか殺される。魔族としての存在意義を果たす以上避けようがない。

 首筋の刃に視線を向け、反射した自分の顔を見る。

 血の気が失せた自分の顔。これでは、首を斬られずとも遠からず失血死する……死んだら魔族はどこにいくのだろう? アドラメルクは初めてその疑問を抱いた。死の間際になるまでそんな事すら考えていなかった。

 橋の欄干にもたれ掛かりながら、彼女は興味深げに目を細めた。


「ったく、なんで魔族ってのはこう……人とそんな見た目変わらん癖に……」


 アドラメルクに刃を突き付けた『剣聖』アレク──アレクサンドラ隊のリーダー──が舌打ちする。

 彼は人類最高峰の剣士であり、アドラメルクがもつ『攻撃反射能力』という”概念”を切り裂き打倒してみせた。

 アレクサンドラ隊には他にも、ムサシ、サンドラ、チクワなどのメンバーがいる。皆選りすぐりの精鋭だ。

 疲れた表情を浮かべるアレクの肩にサンドラが手を置き、彼を下がらせた。


「……どうしたサンドラ」

「アレク、今日はこれ以上の殺生を控えた方がいい。これ以上は精神に良くないなの。魔族なんかに愚痴を吐く時点で、大分”キテる”証なの」

「んなこといっても────」

「私がやるなの」


 サンドラは空を掴むような動作と共に魔法を行使し、半死人のアドラメルクを橋の上から川へ放り投げた。

 川は唸るようにゴウゴウと流れており、そうでなくとも水が冷え切っている。例え岸に上がれたとしても低体温症で一人死ぬ。誰かの介抱を受ければ生き残れるかもしれないが……魔族を助ける人間なんてまずいない。


「…………はぁ……あー、終わった、終わった。さっさと飯食いに行こうなの。ここに来る途中で『P&Bカンパニー』っていう看板を見かけたなの。あれはきっとピーナッツ&バターサンドの店なの。もちろん奢りはアレク。お願いしますなのリーダー」


 そういってサンドラは伸びをする。子供っぽい笑みと共に。


「だってよリーダー。あっ、俺の分もお願いな」アレクを片手で拝むムサシ。

「P&Bってピーナッツバター&ブルーベリージャムの略な気が……いや、ピーナッツ&ベーグルかな? まあ何でも良いですか。ゴチになります!」

「……こりゃ魔族よりひでえや」


 アレクは首の横を掻きつつ笑みを浮かべた。

 英雄を率いるリーダーであるアレクは心労が多い。精神的に不安定になることも多々ある。故にこうやって冗談を交わし支え合うのだ。

 戦場で死すその日まで。



 アドラメルクは、かすかに暖かい感覚とともに目が醒めた。

 体を起こすとそこは野原だった。近くに川が見える。同胞が自分を助けたのだろう。

 近辺に同胞が遠征していたという話は聞いていなかったが、魔族以外に魔族を助けようとする存在なんていないのだから消去法で────


「起きたんだね、良かったよ」


 自分を介抱する子供がいた。あまりにも非現実的なため、声をかけられるまで存在に気づけなかった。

 アドラメルクは困惑する。


「なん……で……助けた?」

「それはね────」


 助けた理由を楽しそうに語る子供。その内容は意味不明なもので、アドラメルクにとって更なる困惑を呼ぶモノであった。

 敵であるはずの魔族を助け、その上で目の前の子供は喜びを示している。これは一体どういう事なのだろう。解らない。

 人類の敵対者というアイデンティティが揺らぐ。それを今初めて経験した。


「……!」


 アドラメルクは、自身の体に力が戻るのを感じる。水に落ちて冷え切っていた体がようやくほぐれた。

 今なら殺せる。右腕はないが別に問題ない。彼女は迷いながらも左手を伸ばし、


「あっ、そうだよね、お腹空いてたよね……パン食べる?」


 伸ばした手にパンを押し付けられた。とても良い香りがする。

 アドラメルクは長らく躊躇した後、パンを口に入れた。口の中に広がる小麦の香りと優しい甘さ。焼きたてだ。そして────


「……ッ!?」


 全身に回る毒。窒息に似た鈍重な酩酊感。異様に回りが早い。

 成すすべなく倒れる。背中に雑草と土の固く冷えた感触。意識の混濁。太陽がチカチカと歪む。

 パンに毒が盛られていた。


「いやー……魔族討伐にアレクサンドラ隊が来るって聞いたからワンチャンおこぼれで奴隷ゲット狙えないかなーと思ったけど……こんな上手く行っちゃうとは。まあ良かった良かった。これでようやく依頼を果たせるよ」


 アドラメルクを慣れた手つきで縛り上げる子供。

 頭に小さなツインテールを蓄えた、少女と思わしきその子供は、見た目から推定される幼さに見合わない、酷くスレた表情を浮かべていた。

 子供の背後から白目を向いた巨漢がヌウと姿を表す。見た目は四十代~五十代相当。


「それもこれも姉御の演技力のおかげッスね。無邪気な子供の演技が上手いのなんの」

「アンタが調合した毒あっての成果さね」

「へへっ、まぁ高ぇ素材をふんだんに使った高ぇ毒ですから。ドラゴンだって一口ですってんころりってもんスよ」


 子供に向かって身を屈め、無邪気に毒瓶を振る巨漢。彼の表情は年不相応に幼い。


「お前ら……は……」


 アドラメルクが言葉を絞り出す。

 それに二人はサムズアップを返した。


「俺はドクタケっス。そんでこのちんまい姉御は」

「アタシはパンコ。こう見えてコイツより年上だよ。これからアンタを奴隷として売り飛ばすから、それまでの間よろしく。ドクタケ、さっさと運んじまいな!」

「了解ッス!」


 ドクタケは縛られたアドラメルクを担ぎ上げ、近くに止めていた馬車へわっせわっせと運び込む。


 担ぎ上げられてから意識を失うまでの間、アドラメルクは……安堵していた。やはり人類と魔族は相争う関係なのだと。自分はこれで良かったのだと。



 しばらく後、馬車の中でのこと。

「しっかし便利ッスよね魔法の鞭。コイツさえあれば御者がいなくても勝手に馬を誘導してくれんですから」


 読み終わった本を閉じ、そんな事を呟くドクタケ。彼の読んでいた本は『tomorrow is deleted』。突然同じ日を繰り返すようになった世界で生きる人々の群像劇だ。


「……便利なのは認めるけどね。アタシは風情がなくて好きじゃ無いよ。移り変わる風景と共に、ムチを振るうイケメン御者のうなじを垣間見る。これが馬車の醍醐味だってのに」


 手元の本を閉じて応えるパンコ。彼女が読んでいたのは『守り熊の毛皮を手に入れた狩人が億万長者になるまで〜チャンスを生かす12のメソッド』。金稼ぎの方法が書かれた自己啓発本だ。


「それイケメンが好きなだけじゃないスか? イケメンの御者なんて滅多いないんだし、普通に男を買えば良いような。最近できた……忌む目が経営してるSMバーとか、そういうプレイも相談すればやってくれるらしいっスよ」

「見た目がガキだから門前払い喰らうんだよ。生まれが生まれだから育つ見込みもないし」


 パンコが大げさに肩を竦めた。

 これは本人達と帝国の一部しか知らない話だが────ドクタケとパンコは帝国が生み出したホムンクルスである。

 特殊な能力をもった兵士を人工的に産み出そうというコンセプトの元始まった帝国の計画があった。だが……初号機は『パンの生成』という能力を持っていたものの、肉体が未熟なまま固定化されてしまった事により失敗。

 その後もズルズルと失敗を重ね、『単純な毒をいくつか生成できる』能力をもった九号機を制作した辺りで予算が底をつき計画は頓挫。


 最終的に『能力の核となる部分だけを作って既存の兵士に付与する』というコンセプトのアニマ計画へノウハウや人員が引き継がれ、ホムンクルスは廃棄となった。

 しかしアニマ計画に移行する際のゴタゴタに乗じて初号機と九号機が逃亡し、それぞれパンコにドクタケと名乗り、裏稼業に手を染めて今に至る。


「そういう趣味の人間なら大金払ってでも相手してくれるんじゃないスか? 特殊趣味のイケメンだって少しはいると思うっス」

「ああダメダメ。アタシの好みはこう……内面まで渋い感じのイケオジなのよ。ムサシ様みたいな」

「俺はアレクさんの方がカッコイイと思うッスけどね。いかにも英雄! って感じで」

「アレクは……実験中に死んじゃったホムンクルス仲間と微妙に顔が似てて……なんかちょっとね。確かにイケメンだけどさ」

「あー…………あっ、見てください姉御! そろそろ家につくッス!」


 わざとらしい大声をあげた彼が指さす先に見えるのは、二人の家にして事務所。

 『P&Bカンパニー』と書かれた看板が掲げられた建物。裏稼業に初めて依頼する人が怖がらない様、外壁には飲食店風の優しい色合いが使われ、ついでにデフォルメされたパンと毒瓶のイラストが書かれている。



 しばらく後。


「今更依頼を取り消したいだぁ? 舐めてんのかお前ェ! アタシ達はなぁ! ほうぼうかけずり待ってようやく魔族をゲットしたんだぞ!」

『けどぉ……』

「けどもクソもあるかアホ! んなの許したらこっちの面目丸つぶれってんだよ!」


 魔導式通話装置を片手に足を踏み鳴らし、パンコがブチ切れていた。

 オーガニック奴隷商店より依頼されていた魔族捕獲依頼。極めて困難な依頼であり、その報酬も相応に莫大。それを今更反故にされたのだから当然ではある。


『いやね、薬物を使わず手作業で調教したオーガニック奴隷! ってのがウチのウリなんだけど新人調教師がうっかり薬使っちゃって……そんなの売れないから同業者に格安で払い下げになって大損害。だから今はお金がないのよ……支払いを待ってくれないかしら。長い付き合いでしょ、ねぇお願い』

「長い付き合いだからってソレ許したら、今度は知らん奴からも延々と『お願い』をされ続けるハメになんだよ! 舐められたら終わりなのアタシ等は! ……金の問題じゃねえんだ、頼むよ」

『……そうはいっても払う金がないのよ』

「どれくらいなら払えるんだ?」

『報酬金の半額なら、なんとか』


 パンコは大きくため息をつき、頭をかいた。


「……OK、それなら報酬金を二台の馬車でアタシの事務所にもってこさせろ。片方を途中で『失踪』させた上でな。二台が一台になればこっちに届く報酬も当然半分。だが『失踪』しちまったんならしょうがないさ。こっちの面目も潰れない。残りは後でゆっくり払ってくれればいい……アタシの言いたいことは解るな?」

『……!? ありがとう……ホントにありがとう……』

「ハイハイ。じゃっ、そういうことで」


 魔導通話を切るパンコ、その表情には疲れが浮かんでいた。ドクタケが彼女に濡れタオルを渡す。

 顔を拭いながら紡がれるぼやき声。


「ったく、もう業界長いってのになんであの店主はこう……いつになっても要領が悪いんだか」

「なんか根本的に向いてないッスよねあの人。奴隷扱う時点で善人ではないんだろうけど」

「色々と事情が有るんだろうさ。そこはアタシ等もお互い様だ────と、ん?」


 トントンとドアをノックする音。裏稼業に依頼する人間にしてはずいぶんと上品な叩き方だ。

 ややいぶかしく思いつつも、ドクタケがそそくさとドアを開ける。その先にいたのは……サンドラ。アレクサンドラ隊のメンバーであり、こんな薄暗い所に来るはずのない日向側の人間である。

 緊張する二人を他所に……サンドラは、


「P&Bサンドを下さい!」


 といった。

 しばし硬直した後、パンコとドクタケが壁の隅にいき小声で会話を始める。


「P&Bサンドってなんスかね?」

「さあ……だがこんなとこに来て頼むくらいだ……やっぱクスリ……いやしかし……待て、思いついたぞ」


 そういって店の奥へと行くパンコ。

 なお、サンドラは店の看板とパンのイラストを見てここをパン屋だと勘違いしているのだが……二人にそんな事を知る余地はない。

 しかしそれを考慮してもなお、パンコが出したモノはやや的外れに過ぎた。


「お客さんおまちどお! アタシの脱ぎたてパンツ&ブラジャーサンドだよ! いやあお客さん、お目が高いねえ!」

「……姉御?」


 錯乱気味の掛け声と共にお出しされたのは、ホッカホカのパンツとブラジャー。やたら綺麗に畳まれている。

 凍りつく空気。

 よくよく見て見れば、パンコは完全に『考えすぎてアホになった人間の目』をしていた。



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