まだ親友がいない少年の話

まだ親友がいない少年の話


※書きたい所だけ書いた駄文です。

※捏造妄想解釈等があります。

※自分で「この人はこんな言動するか?」と悩みながら書いた為に人物像がブレまくっています。


何でも許せる方だけお楽しみ下さい。

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 時は2018年4月1日。

 暖かな日差しが木漏れ日となって差し込み、少し冷えた風が穏やかに頬を撫でていく季節となった。

 傘状に横へ大きく広がった桜の下で、大きなレジャーシートが敷かれており、数人が腰掛けて談笑している。周囲にも人が疎らに散りながらも、誰かが誰かと一緒に会話している。

 木の根元に寝そべりながらその様子をつまらなさそうに眺める、一人の少年がいた。癖のある銀髪にきめ細やかな白い肌、空と海を一度に閉じ込めたかのような青い瞳を、大きな丸サングラスが覆い隠している。

「あぁ〜……ねみぃ」

 今日は呪術高専の新入生歓迎会。卒業生にも開催の通知が届く為、普段より人はかなり多い方だ。今も少し離れた校庭で、三つ上の先輩達が馬鹿をやって遊んでいる。別に嫉妬の念は湧かないが、酷く乾いた気分になる。

「どうした、五条。食べないのか?」

 その時、黒い雲丹のような頭をした男がこちらを覗き込んでくる。右手には白い紙コップ。ほんのりとアルコールの匂いが鼻腔を擽った。

「食うよ? せっかく凪さんが作ったんだし」

 五条は紙コップを手に取ると、二リットル大のペットボトルを手に取り、オレンジジュースをなみなみと注ぐ。

 その後、大皿に乗った一切れのアップルパイを貰い、大きく一口齧る。パイのさっくりとした塩味に、林檎の爽やかな甘味が口の中に広がった。

 その様子を、男は顰めっ面で見つめていた。文句があると言うよりかは、ほんの少しの心配の色と、それ以上のドン引きした表情だ。

「何だよ、めぐちゃん先生。変な面しやがって」

「……糖尿病になっても知らねぇからな」

「はぁ!!? それ以上に動いてるから問題ないんですぅ〜!!」

「忠告しておくけど、そう言う病気は専門外だから診れないからね。健康にはしっかり気をつけるんだよ」

 五条のわざとらしい癇癪に間髪入れず、白衣を手に持った青年が真面目な表情で正論をぶつけてきた。

 正論が嫌いな五条は舌打ちをするが、青年は何の気にも介さずにさらっと流し、優雅に緑茶を味わっていた。

「吉野が言うんだからな。保険医の事はしっかり聞いとけよ」

「へーい」

 最後の足掻きとばかりに投げやりな返事をするが、めぐちゃん先生と呼ばれた男は視線を一瞥すると、他へ視線を移してしまった。

 その先を追うが、対象となる者は居ない。強いて言うなら、薄桃に彩られた桜林の中、特に若い樹木である染井吉野の周りで群生する植物。

 まるでこの場に居ない誰かを想うように、何処か遠くを見つめていた。

「なぁ、めぐちゃん先生」

「どうした」

 何の気なしに話しかけると、返事は返ってくる。だが視線の先は一変もしない。

「何考えてんの?」

 暫しの沈黙。隣で酒を飲んでいた吉野も、男の表情を見ると、何か察したように微笑んだ。それは、悲哀にも似た翳りのある笑顔だった。

「あの人の事でしょ、伏黒君」

「……おう」

 何の話か全く分からない。会話の内容から察するに、恐らく過去に同期の誰かが亡くなったのだろうか。だが、太古の昔から呪いが渦巻くこの世界ならではよくある話だ。今更気に留める事でもない。

「ほーん、そんなに湿気ってるってことは何? そんだけ大事だったのかよ? 例えば……“親友”とか?」

 茶化すように言ったが、一向に否定が返ってこない。伏黒は瞼を閉じると、深く息を吐いた後、口元が僅かに緩んだ。

「そうだな」

 その時、春風が一際強く吹いた。あの植物が風に揺られている。今はただの迷惑な雑草にしか見えないが、夏になると小振りの白い花を大量に咲かせるらしい。その花がまた可愛らしいとの事だ。

 五条はそうだと思わないが、ある四年生は毎日毎晩、用務員でもないのにせっせと世話をして、心から愛でているのだ。

 発達途上の五条には未だ到底理解ができないでおり、前にその一件で一悶着を起こしてしまった。

(全く、光合成して酸素を撒き散らす以外に何があるんだよ)

 確かあの植物の名はイタドリと言った気がする。前に件の世話係の四年生から聞いた。よく話を聞かされるものだから、嫌でも覚えてしまった。

 それでも何一つ理解ができない。先程食した天麩羅や、前に日替わり定食で出てきた炒め物にしか使い道が無い気がする。

 なのにその四年生を始め、吉野や偶にしか訪れてこない京都校の教師達も大事にするのだ。現に伏黒も眺め続けている。それが気に入らない。世間では嫌われる雑草なのに、何故そこまで気にかけるのか。

「なぁ、めぐちゃん先生。何でアレが大事なの? 何で皆、あの雑草を大事にしてんの? そんなにその“親友”とやらに思い入れがあんのかよ」

 口こそ悪いが、その本質は純粋な疑問。気安く話しかけられる相手ができなかった故に、イマイチ想像を膨らませられない少年の疑問だ。

「ある。例え他のヤツは親友でなくてもな」

「……ふーん」

 そう言うものなのだろうか。この世に生を受けて十五年。理解に及べないものには幾度も遭遇してきたが、ここまで頭を捻らせた事は初めてだった。己を取り巻く周囲の大抵が弱者だっただけに、そんな親密な関係になれた人は早々できなかった。最も、作ろうとも思わないのだが。

 だから今も、そんなアツイ友情なんてものは御伽話だと信じて疑わない。実際にこの身で実感するまでは信じない。それでも己が所属する学年の担任教師は、憂いや寂しさが混じったような顔で諭すのだ。

「オマエも直に分かるかもしれねぇから、そんな気を落とすなよ」

「別に気落ちなんかしてねーし」

「そうか」

 腑に落ちないまま会話が終わる。腹いせに手に持っていた残りのアップルパイを口に詰め込み、オレンジジュースで一気に飲み込んだ。その後、伏黒から背を向けるようにして不貞寝を決めてしまった。

「……まだまだ未熟だな、オマエ」

 伏黒も地に座ると、どこまでも広がりゆく青空を見上げる。青い画用紙を彩るように、白い桜の花弁がひらひらと宙を舞う。それが風流でありつつ、消えていきそうな儚さを覚える。

 いずれ白い桜の花も散り行き、葉桜として夏の色を宿すのだろう。そしていつの日にか、遠い夢の中の存在に成り行くのだ。

 空がいつまでも青くないように。天気がいつまでも良くないように。雲がいつまでも一定の形を保たないように。

 それでも彼等は、前に進み続ける。桜の髪が特徴的だった、明るく快活で善良だった、春のような少年に託されたから。


 未熟な少年がそれを理解せざるを得なくなるのは、もっと先の話。

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