横須賀聖杯戦争④

横須賀聖杯戦争④


 氷上 美夜がマスターとなって丁度一週間が経過した日の夜。

 久里浜近くの多くの花々が咲き誇る公園の中、花畑に埋もれるようにして少女は息を殺していた。

「(死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ)…………」

「おーい。ほらマスター、ちゃんと息して! 窒息死とか笑えないからね、もう!」

「だ、ダイジョウブ? 殺されない?」

「大丈夫だよ! たぶん!」

「たぶんじゃん! やっぱたぶんじゃん! なんで媛さまはそんなに落ち着いてるの!?」

「媛さまじゃなくてキャスターでいいのに…………っと、あーもう派手にやってるなーあの人ったら。人避けの陣地は張ってるから大丈夫だと思うけど…………」

 周囲を絶えず閃光が走り、爆音が響き、地面が揺らぐ。

 隠れ潜んでいる二人のすぐ側で、大規模な戦闘が行われている故である。

「まったく、なんで着いてきちゃうの? 大人しくしてくれてれば穏当に済んだのに」

「済まないもん! だって媛さま、死ぬ気っていうか殺される気だったでしょ!?」

「うーん、だってもうとっくに死んじゃってますし。あたし戦は苦手なので勝ち残れる自身はこれっぽっちもなかったし。願いとかも、まあ、殆どなかったし? 美夜ちゃんと出逢って仲良くなれたのは嬉しかったけど、そろそろ潮時かなーって思ったのです」

「そんで一人で敵の前に出向いちゃって…………気付いた時は心臓潰れるかと思った」

「あははは。ごめんね。でも実際戦いになったら勝ち目ないし、それならマスターに危害が及ばないようにするのがサーヴァントの務めかなって。…………残念ながらその甲斐なく、こうして二人揃って逃げ隠れしてるわけですが!」

「そりゃ、私も死にたくないけど…………気づかない内に友達が消えちゃってたなんて、絶対ヤだよ」

「…………うん、ごめんね美夜ちゃん。それから、ありがとう」

「まあ、謝ってくれるなら別にいいけど…………それはそれとして、全然状況が呑み込めてないといいますか。何がどうなってるのこれ?」

「それ美夜ちゃんが言っちゃうかなあ。巫女様なんだからわかるでしょ?」

「わかりません! あと様付けされるような巫女じゃないですから! ただのバイト巫女ですから!」

「本職にしたらいいのに。たぶん素質はあると思うよ?」

「畏れ多すぎるお言葉ですが…………てゆーか繰り返しになりますけどなんでそんなに落ち着いてるんですか媛さまは」

「うーん、そんなに気になる? 簡単だよ」

 キャスターを自称したその英霊の少女は、底抜けに明るい笑顔を浮かべて言った。

「私の英雄が、来てくれたから」







 サーヴァント・ランサー、真名ワルキューレが全力の戦闘を開始して未だに一分の時間も流れていない。

 それでも既に彼女の存在は瀬戸際にまで追い詰められていると言って良かった。

「ルーン防壁、四層まで突破されました…………! 敵性サーヴァントの攻撃による被害甚大。【白鳥礼装(スヴァンフヴィート)】の出力二割減衰。敵性サーヴァントの有効射程からの離脱困難となりました。マスターからの指示を求めます」

 乱れ舞う水流の間を縫うようにして飛行する戦乙女だったが、それら全てから逃れることは出来ていない。被弾ダメージによって自らの大半の機動力を担っている白鳥の衣、【白鳥礼装】の性能が低下し、さらなる危険に晒されていた。

「…………その衣。おそらくは外つ国の神、それも相当な高位の神の神気が込められているな。下手な攻撃では傷一つつくまいが──あいにくと私にとっては何の問題もないぞ。しかし、白鳥か…………合縁奇縁、と当世では言うのだったか? 私がこのような形で召喚されたのもある種の必然かもしれぬな」

 目前のランサーと同様に黒い髪を靡かせ純白の衣服を身に纏い、蛇行剣を携えて歩を進めるのは──中性的な容姿の剣の英霊。

『…………セイバーのサーヴァントは既に召喚されている筈です。ならば目前の英霊は此度の聖杯戦争にあってはならない異分子と言える。加えてあの強大さを鑑みると…………監督役として見過ごすわけにはいきませんな』

「では、マスター」

『ええ──令呪を以て命じます、ランサー。戦乙女としての全性能にてそのセイバーを打倒しなさい』

「──入力確認しました」

 マスターより受けた令呪の膨大な魔力により、ランサーの身体に魔力が漲る。

「「「同位体、顕現完了」」」

「…………おお。増えたぞ」

 ランサーがその人数を三人へと増やし、それを見たセイバーは目を丸くする。

「「「敵性サーヴァントの討伐を開始します」」」

「来るか。三体となれば歯応えがありそうだな!」

 氷のような冷徹な雰囲気を漂わせながら迫りくるランサー達と対象的に、不敵な笑みを浮かべてセイバーは剣を構えた。

 三対一。

 数的不利は明らかでありながら、一切の迷いも持たずにセイバーはランサー達と真っ向から斬り結ぶ事を選んだ。

 だが、頭数では劣ってはいても、セイバーの手数は三人がかりを相手にしていてもまるで引けを取っていない。

「──叢雨!」

「くぅ…………!」

 水の礫が雨あられと三騎の戦乙女を襲う。

 無論ランサー達は各々が持つ神鉄の盾にて防御するものの、動きは一瞬止まることとなる。

「止まった時点で、いい的だぞ!」

「きゃあっ!」

「ヒルド!」

 刹那の隙を射抜くように、剣から放たれるジェット水流で宙へと飛んだセイバーが桃色の髪のランサーの一人の背に回り込み、蹴りを放って空中から叩き落とす。

「まだまだだ!」

 眼下の戦乙女へと追撃を放とうとするセイバーだが、流石にそれは他の二騎が許さない。

「させない…………!」

「はああ!」

 咎めるようにセイバーに突き込まれた二本の神槍。

 だがセイバーは絶えず噴出する水流によって体勢を変え、片方を避け、もう片方を──

「なっ──」

「取った」

 笑みを浮かべるセイバーは黒髪のワルキューレ、オルトリンデの神槍を素手で掴んで止めていた。

「はあああっ!」

「うぁっ…………!?」

 掴んだその槍ごとセイバーはオルトリンデを振り回し、残る一人のワルキューレ──スルーズへとぶつけた。

 空中で衝突し、体勢を崩した二人を諸共に両断せんとセイバーは刃を振るい──

「そうはいかないよっ!」

 地上に叩き落されたランサー、ヒルドが立ち上がり、セイバー目掛けて神槍を投擲する。

 夜闇を切り裂くように突き進む光の槍は、セイバーの背中を貫く──

「児戯だな」

 事はなく、一瞥もしないまま水流の防壁によってセイバーはそれを防いだ。

「そんなっ──!?」

「せいっ!」

 そのまま中空の二騎に一閃を放つセイバー。

 しかしヒルドの攻撃は防がれたものの一瞬セイバーの動きを止めた。その一瞬にスルーズは辛うじて盾を構えて攻撃を受ける。

「受けきけるかなっ!」

「くあっ…………!?」

 防御されたと見た次の瞬間、セイバーは更に水流の出力を上げた。

「はあああああっ!!」

 瀑布を思わせるその水は、目前の二人、そして地上の一人までをも巻き込んで炸裂する。

 舞い散る水飛沫と、轟く波濤。

「──流石に、この程度では墜ちないか」

 悠々と闊歩するセイバーの視線の先には、槍を支えになおも立つ戦乙女達の姿があった。

「──i(イス)のルーンで水流を凍結させていなければ、全員やられていました…………」

「とんでもなく強いよ、あのセイバー…………」

「神性を宿しているようですので、ヴァルハラへ招くことは叶わないでしょうが」

 致命傷とはならなかったが、少なくないダメージを三騎全員が負うこととなった。

 そしてこのまま戦闘を続けても、戦況が好転する事はないだろうと彼女達は判断する。

「──マスター。敵性サーヴァントの戦力は圧倒的です。宝具の使用許可を願います」

『許可します。せめてもう少し実力を引き出さなければ割に合いませんからね』

 その声を聞いた戦乙女達はまたしても空へと舞い上がり、そしてセイバーはそれを止めることもせず、笑みを浮かべたままに見据えている。

「「「同位体、完全同期。真名開放します」」」

「──宝具か」

 宙に浮かぶ戦乙女の姿が一つ、また一つと増えていき──やがて十騎ものワルキューレがその場に顕現する。

「「「照準完了、総員投擲──【終末幻想(ラグナロク)・少女降臨(リーヴスラシル)】!」」」

 放たれた十の神槍は単純な投擲による攻撃というわけではない。補足範囲に清浄結界を展開し、魔術式や幻想種などの「魔」に類する存在──サーヴァントさえも退散させる。それが大神の娘たる戦乙女(ワルキューレ)達の真価たる宝具だ。

 光芒たる神槍の結界が降り注ぎ、そして──











「──【絶技・八岐怒涛】」



 それら全てを呑み干し、薙ぎ払う、災禍の暴威が顕現した。


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