アビドス砂漠の決戦 前編

アビドス砂漠の決戦 前編


 アビドス砂漠にて、一大決戦がおこなれていた。

 囚われたホシノを取り戻すべくアビドスの生徒たち四人とオートボット二人にマクシマル一人、そしてシャーレの先生は奮戦していた。

 圧倒的ともいえる数の差、そしてディセプティコン。

 だがそれでも先生の指揮のもと力を合わせ、ゲヘナ学園風紀委員、ヒフ……もといファウスト率いる迫撃砲隊、そして便利屋68の助太刀もあって勝利は目前……そのはずだった。

 

 だがその時現れたのだ。

 

 ディセプティコンのリーダー、メガトロンが。

 

 


『は、迫撃砲隊、壊滅! ゲヘナ風紀委員もダメージを負ったようです!!』

 

 アビドスからサポートしてくれるアヤネの声を聞きながら、先生は鋭く砂塵の向こうを睨んだ。

 そこには傾いてほとんど砂に埋もれたビルがある。

 屋上の角の一片を真上に突き出した姿は、まるでピラミッドのようだ。その天辺に立った影は、太陽を背にこちらを見下ろしていた。

 銀色に輝く刺々しい騎士鎧のような姿。遠目からでも分かるその迫力、その威容。

 

「メガトロン……!」

 

 普段は決して調子を崩さないミラージュの表情と声に戦慄が滲んでいた。バンブルビーも電子音で怒りを表す。

 

「あれがディセプティコンのボス……! なるほど、他の奴らとは違うようね」

 

 ここまで果敢に戦い続けてきたエアレイザーですら僅かに声が震えていた。

 あれがこの場に現れた瞬間、連携が取れているとは言い難かったディセプティコンやカイザーPMCがまるで一つの生き物のように動きだし、こちらを的確に追い詰めてきたのだ。

 ディセプティコンのリーダー、メガトロンは恐怖の独裁者であったが同時に優秀な指揮官でもあった。

 ピラミッドの下にはその号令を待つようにディセプティコンが集結している。

 雨雲号に成り代わっていたブラックアウト。

 すでにバンブルビーと一戦やらかしたバリケード。

 銀行強盗の時に出くわしたドレッドボット。

 カイザーとの交渉役だったシャッターとドロップキック。

 

「シャーレの『先生』とやら! そこにいるな!!」

 

 メガトロンの雷声がオープンチャンネルの通信越しに、この場にいる全員に聞こえた。

 

「敵ながら良く戦ったと褒めてやる……だがもはや勝敗は決した! 貴様らの負けだ!!」

 

 ディセプティコンたちは大帝が声を発する間は静まり返っていた。

 まさしく上官の指示を待つ軍隊その物だ。

 

「素直に降伏するならば、小娘どもと共にペットとして生かしてやる! それが嫌ならば今すぐ尻尾を撒いて逃げ帰るがよいわ!!」

「ペット、ですってぇ……!」

「セリカ、今は……」

 

 セリカが怒りの余り銃のトリガーに指をかけるのを、シロコが制した。だが彼女の目にも強い怒りがあった。

 

 

 

「恐れながらメガトロン様。いっそすぐに叩き潰してしまえばよろしいのでは? あのようなムシケラども生かしておくに値しません」

 

 主の傍らに控える航空参謀……迫撃砲隊を空爆で壊滅させたスタースクリームは、訝し気に問う。

 するとメガトロンは鼻を一つ鳴らした。

 

「貴様も懲りん奴だな。そうして小さき者どもを侮って“以前”も小僧に痛い目に合わされたろうに」

「は? 以前? 小僧??」

「……わからんのならよい」

 

 首を傾げる部下に微かな失望を滲ませ、メガトロンはそれきり話しを打ち切って眼下に視線を向けた。

 カイザーの基地にいる敵に。その運命は風前の灯火のはずだった。

 

“一つ聞きたい!”

 

 だが先生の返してきた通信は、毅然としていた。

 

“オートボットたちと、ホシノはどうなる!!”

「そいつらは別だ。オートボットは生かしては置けぬ……だがホシノとか言う小娘は俺の知るところではないな」

 

 一応の同盟者であるカイザーPMC理事に視線を向けると、当の理事は小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

 

「ここまでコケにされて、今更返せるはずがないだろう! 土地も、仲間も、金も! このアビドスで奴らにくれてやる物など何一つない! はーっはっはっは!!」

 

 ディセプティコンの武力を得た今、恐れる物は何もないと言いたげにカイザーPMC理事は高笑いする。

 

「だいたい、あの連中ときたらさっさと転校なりなんなりすればいいものを! あんな砂に沈むのを待つばかりの学校にしがみ付くなどと、愚かなことこの上ない!!」

 

 それを見る大帝の目が、もはやムシケラを通り越して不燃ゴミでも見ているかのようになっていることに気付かぬままに。

 

「……で、そちらの返事は? 降伏か、それとも逃げ帰るか? どうするのだ、シャーレの『先生』?」

 

 先生、の部分を強調しメガトロンは問う。

 どこか先生のことを試しているかのような、そんな視線と声だった。

 

 

 

 先生は周りを見回す。

 シロコも、セリカも、ノノミも視線を合わせるとしっかりと頷いた。

 ビーやミラージュ、エアレイザーも生徒たちを守るように前に出る。

 

“降伏はしない。逃げもしない!”

 

 声を張り上げ、ディセプティコンのリーダーを睨む。

 

“生徒たちが諦めないのなら、私も諦めない。ホシノは返してもらうし、ビーたちも渡さない!!”

 

 無謀。

 そうとしか言いようのないことを、しかし先生は堂々と言い切った。

 その蛮勇にディセプティコンたちが失笑し、カイザーPMC理事は目に見えて嘲笑する。

 だがメガトロンは笑わなかった。自らに逆らう者に怒っているのでもなかった。

 

「……言葉の鎧は立派だ。行動は称賛に値する」

 

 静かにメガトロンは眼前の敵を評価した。

 その彼らしからぬ言葉に傍らのスタースクリームがギョッとする。

 しかしそれも一瞬のこと。

 

「だが金属の鎧の方が強い」

 

 腕を振り上げると、空の彼方からいくつもの火の玉が落ちてきた。

 無数の火の玉が黒い尾を引きながら地面に突き刺さると、舞い上がる砂塵の中から次々と黒い金属生命体が姿を現す。

 プロトフォームのままの者たちもいれば、PMCのヘリや車両をスキャンしてそれらに変形する者もいる。

 

『敵の数、20……30……まだ増えるの!?』

 

 アビドス高からこちらをサポートしてくれているアヤネが、悲鳴染みた声を上げた。

 

「安心しな! みんなのことは俺がちゃーんと守ってやるからよ!」

「ミラージュ……ふん! あんたなんかに守ってもらわなくても、自分の面倒くらい自分で見るわ!」

『セリカちゃん……』

 

 ミラージュは傷を押さえながらもいつも通りの笑みを浮かべ、セリカもそれにいつもの調子で返した。アヤネも少しだけ笑みを浮かべた。

 

「みんな、こっちへ」

「大丈夫、ホシノ先輩と一緒に帰ろう。……私たちの、学校に」

「ええ、私たちみんなで」

 

 エアレイザーの傍のシロコとノノミも並んで愛銃を構えなおした。

 

「『死ぬときは一緒だぜ!』『だが今日ではない!!』」

 

 バンブルビーは先生を守るように前に出た。

 

“ビー……みんな”

 

 ああそうだ。これが自分が守るべきものだ。

 胸ポケットに入れた『大人のカード』に自然と手が伸びる。この状況をひっくり返せるとしたら、これしかない。

 ゲマトリアの黒服はこれを使えば命を、時間を削ることになると言った。

 だが彼らを、彼女たちを守るためなら、どんな代償も怖くはない……。

 

“……?”

 

 決意を固めカードに手が触れようとした時、不意に何か音が聞こえた。

 多数の金属生命体が蠢き、PMCの兵器が駆動する中でも、ハッキリと。

 重々しいエンジン音とクラクションが。

 

「ディセプティコン! 攻げ……」

 

 死刑宣告をしようとした時、メガトロンもまた異変に気が付いたようだった。

 号令を中断し砂漠の彼方、その一点を睨む。まるで仇敵にそうするかのように。

 

『こちらに接近してくる物体あり! これは……トラック!?』

 

 アヤネの報告の通り、砂煙を上げて一台の赤いトレーラーキャブが猛スピードでこちらに突っ込んでくる。

 

「なに!? またあいつらの仲間なの!」

「違うぜ、あれは……!!」

 

 トラックに反応したのは、末端のディセプティコン兵たちだった。

 咆哮を上げるとトラックに向けて手に持った銃を撃ち始める。

 雨霰と降り注ぐ弾幕を、しかしトラックは臆することなく突っ切る。

 そのまま最前列にいたディセプティコンを跳ね飛ばし、一体、また一体と機械の身体を宙に舞わせる。

 メガトロンは獅子のように唸ると、右腕のフュージョンカノンをトラックに向けた。

 独特のチャージ音の後に発射された光弾はピラミッドの上から正確に飛び、部下たちのそれよりも遥かに大きな破壊力を持ってトラックを粉砕する……はずだった。

 

「オプティマス・プライム! トランスフォーム!!」

 

 だがトラックはギゴガゴと音を立てながら変形し、同時に高くジャンプすることで光弾を躱してみせた。

 その姿は赤い上半身に青い下半身、そして白いマスクの勇壮な戦士だった。

 

 そのまま眼下の敵にイオンブラスターをお見舞いしつつ戦士……オプティマス・プライムは先生の眼前に着地した。

 

「バンブルビー、ミラージュ! 二人とも無事か?」

「『ヒーローは遅れてやってくる!』『待ってたぜ!』『司令官』!!」

「派手な登場じゃないの! 相変わらず美味しいトコ持ってくねえ!」

”司令官……そうか、あなたが”


 青と黄色の戦士の歓声に、砂塵の向こうの敵が慄く姿に、先生はその戦士が誰だか理解できた。

 バンブルビーが尊敬を持って語り、ミラージュが軽口を交えながらも敬愛し、ディセプティコンたちが恐れる。


 オートボット総司令官、オプティマス・プライムがそこにいた!


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