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厚労省方針「脱プラセボ対照」へ 健康食品業界への影響は?

東京大学名誉教授 食の信頼向上をめざす会 代表 唐木 英明 氏

 治験においてゴールデンスタンダードとして長年使用されてきたプラセボ対照試験には多くの問題があり、世界的に「脱プラセボ対照」が進んでいるが、厚生労働省はこの流れをもう一段推進することが一部メディアで報道された。東京大学名誉教授で「食の信頼向上をめざす会」の唐木英明代表に問題の核心を聞いた。

 「脱プラセボ対照」のきっかけが1964年に世界医師会(WMA)が採択し、その後7回の改定が行われている「ヒトを対象とする医学研究の倫理諸原則」、通称ヘルシンキ宣言だ。そこでは臨床試験における被験者の権利と利益を重視して、被験者はインフォームドコンセントによる自己決定権を持つこと、そして被験者の福利は常に科学的および社会的利益よりも優先されることとしている。

プラセボ対照試験の問題点とは

 この精神から見ると、プラセボ対照試験には2つの問題がある。
 第1は、プラセボ群に割り当てられた被験者が既存の標準的治療を受ける機会を奪われるという不利益を被ること、第2は被験者は投与される物質が実薬かプラセボかを知らされず、治療に関する自己決定権を行使できないことである。もちろん、被験者はこのような不利益を承知の上で治験に参加するのだが、それが倫理的であるのかについては否定的な意見が多い。そのため世界は「脱プラセボ対照」に動いているのだ。

 倫理問題以外にも、プラセボ対照試験にはいくつもの問題がある。例えば、稀な疾患の場合には必要な数の被験者を集めることが難しいこと、技術的にプラセボを作成することが困難な場合があることなどだが、最大の問題は、プラセボ対照試験の薬理学的な根拠が揺らいでいることである。プラセボ対照試験の原理は「相加性」すなわち、薬物の効果は薬理作用とプラセボ効果の和であるという仮定であり、だから薬物の薬理作用を求めるには、試験群とプラセボ対照群の差を計算すればよいということになる。この仮定は、薬理作用とプラセボ効果が相互に影響しない場合に成立するが、実際はそうではない。例えば、薬理作用がプラセボ効果を増強あるいは減弱する場合や、逆にプラセボが薬理作用に影響を与える場合があり得る。両者が独立した存在ではなく、相互に影響を与えるものであることは、相加性が成立しないことを意味し、プラセボ対照試験の結果の解釈が困難になる。現状を見ると多くの医薬品では薬理作用が大きくプラセボ作用が小さいため、近似的に相加性が成立しているが、成立しない例もまた報告されている。

非プラセボ対照試験の例

 このような多くの理由により、プラセボ以外の対照に変更する試みが行われているのだが、ICHガイドラインE10および厚生労働省医薬局審査管理課長『臨床試験における対照群の選択とそれに関連する諸問題』(2001)によれば、プラセボ以外の対照には次のようなものがある。

 1.無治療同時対照:被験者に何も治療を与えず、自然経過を観察する方法。被験者に情報を与えないというプラセボ対照の欠陥は避けられるが、プラセボ効果を除外することはできない。
 2.用量反応同時対照:異なる用量の同じ実薬を与えて、用量作用関係を調べる方法。被験者に実薬を投与する点でプラセボ対照より倫理的な問題は少ないが、低用量群は効果が小さい可能性が。
 3.実薬(陽性)同時対照:既存の有効な実薬と比較する方法。最も広く用いられる方法だが、既存の有効な実薬が存在しない場合や、作用機序や副作用が異なる場合の解釈が難しくなる可能性がある。
 4.外部対照(既存対照を含む):対象としてデータベースに登録された既存の治療法を受けた患者と比較する方法。同時対照よりコストや時間が節約できるが、母集団の同一性などの点で試験の妥当性が低下する可能性がある。

 多くの実績があるのが「実薬(陽性)同時対照」だが、これに加えて今回厚労省が推進しているのは「外部対照」である。具体的には、大学病院、学会などが運営する患者データベースに蓄積された患者の症状や治療内容、検査結果などの診療情報から収集したデータを製薬企業に提供して、対照群として利用する方法である。この方法を使えば、プラセボ群の被験者の不利益は解消できる。他方、個人情報の利用についての本人の同意の問題や、試験の信頼性を保つための課題もあり、医薬品の承認審査を担当する独立行政法人・医薬品医療機器総合機構(PMDA)が勉強会を開くという。

健康食品業界への波及も

 健康食品は医薬品の臨床試験について定めた「臨床研究法」の適用外ではあるが、医薬品における「脱プラセボ対照」の動きは健康食品分野にも波及するだろう。健康食品の利用者は原則として健康な成人であるため、プラセボ投与の倫理的な問題は小さい。しかし、明らか食品形態の製品については、プラセボの作成が技術的に困難な場合がある。最大の問題は、健康な被験者では効果が出にくく、プラセボ効果を差し引くと薬理作用がほとんど検出できないという相加性の破綻問題である。医薬品での「脱プラセボ対照」の流れが一日も早く健康食品に訪れることを願う。

<著者経歴>
 農学博士、獣医師。日本農学賞、読売農学賞、消費者庁消費者支援功労者表彰、食料産業特別貢献大賞、瑞宝中綬章などを受賞。
 1964年東京大学農学部獣医学科卒業。同大学助手、助教授、テキサス大学ダラス医学研究所研究員を経て、87年に東京大学教授、同大学アイソトープ総合センター長を併任、2003年に名誉教授。
 日本トキシコロジー学会理事長、日本薬理学会理事、倉敷芸術科学大学学長、日本学術会議副会長、公益財団法人食の安全・安心財団理事長などを経て現在は食の信頼向上をめざす会代表。専門は薬理学、毒性学、食品安全、リスクマネージメント。
 健康食品との関係は2012年「食品の機能性評価モデル事業」に評価パネルとして参加したことに始まり、この事業が機能性表示食品の発足につながった。

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