我ら地獄の音楽隊⑤
(……何、この船……)
「どしたぁおチビ!時間が無ぇんだ!急げ!ハリーハリーハリー!!」
「婦警さん、急かしては駄目です。急いては事を仕損じるとも言いますし」
「テメーはどっしり構え過ぎなんだよ!!!」
周囲の喧騒を他所に、HAL-01はその船の性能に戦慄していた。
残り五分で惑星から脱出せよ、という無理難題。出来るかも知れないと提案したのはこの中で唯一の男、KBであった。
彼の言う事には『異様な速度で何かアレコレすっ飛ばしたようにカッ飛んだ船』が彼らの乗って来た船であり、現在は岩盤にぶっ刺さるような状態であるが脱出さえ出来れば瞬時に星から脱出出来る……かも知れない。
根拠は何もなく、メグミとHAL-01には信じる意味のない言葉。だが、現状においてはそれ以外に助かる手段も無いのが事実。この場に居合わせた四人は自分たちを運命共同体と定め、行動を開始した。
そうして「歌う船」にまで辿り着き、操作を開始したHAL-01は電子領域へと意識を潜航させ、この船の「封じられたスペックの数々」を目にした。
「どうしたハリー!急げハリー!何ボケっとしてんだハリー!!」
「あら、ハリーちゃんと言いますのね?」
「え……いや、ハリーじゃ……ん、えぁ……」
HAL-01はシャーロットからの問いかけに少しだけ思案し、
「……うん、ハリー。私はハリー・ロウ。これからそう名乗ろうかな」
「え、や、お前それで良いのか……?」
思わずメグミが問うが、HAL-01は特に気にした様子もなく———寧ろやや嬉し気な気配すら漂わせ———パネルを操作する。その様子に得心が言ったとばかりにシャーロットが頷く。
「では略してハローちゃんですね?よろしくお願いしますね、ハローちゃん」
「いや朗らかに話してんじゃねぇーよ馬鹿!!!!肝っ玉ぶっ壊れてんのか!?」
まぁまぁメグミン、そう焦るなよ。死んだら死んだでしょうがないさ、出来る事も無いんだし。
リラックスしたように椅子へ深く座るKBの言葉に、ギロリとメグミが視線を向けた。
「誰がメグミンだ玉ぁ潰すぞクソ海賊!!」
「駄目ですわメグミンさん!船長さんのおキンタマは大切ですわよ!?」
「だからメグミン言うんじゃねぇよ!!!!」
叫ぶ当人も危機感が無いかのようにワーギャー騒ぎ立てるメグミを他所にHAL-01、たった今「ハリー・ロウ」と己を名付け、「ハロー」という愛称を貰った少女は静かに右の義眼を光らせた。
そしてつい、とKBへと視線を向ける。
「……あなたが船長で良いんだよね?」
ああそうさ、俺こそが船長KB、若しくはスーパーキャプテンKB、略してSKB。
「スケベ?」
何故バレたし。という冗談は置いておくとして。
KBは己が船長である事を主張し、肯定する。それを受けてハローは無表情にこくりと頷いた。
「じゃあ—————キャプテン。出発の号令を」
その言葉に、KBはニンマリと笑みを浮かべた。目深にかぶったフードの奥で輝く瞳は弓なりに、嬉しさを隠そうともしない。
ごほん、と咳払いを一つ。そしてビシッと明後日の方向を指差し。
——————出航ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!
「あ、目的地は明確に。どこに出航するの?」
『残り一分です』
無情な警告が発せられる。最早猶予は無いので早う出発したいというか間に合うのかコレ?
「ンなもんどーだって良いだろうが!!!!はよ出せ!!!!」
「このままじゃ無理。明確に、何をしたいかを思い浮かべて」
「無理って何だ無理って!!ふざけてる場合じゃねぇんだぞチビ!!!」
「ふざけてない。とても重要」
ハローとメグミの対立を他所に、KBは焦る。いや俺この空域に詳しくないって言うかそもそも此処何処だよ感が半端ないって言うか。
むおお、と悩むKBにシャーロットが微笑む。
「簡単ですわ船長さん。逃げ出したブランチ・ブ・ローチへのお礼参りを完了させねばならないのですから、当然目的地は奴の船ですわ♪」
そうかそれだ!アイツ一発しばかないと駄目だな!こんな目に遭わせやがって!
「いやそれ目的地って言えねぇだろ!?」
『残り30秒』
「……ふぅん」
ハローが、指を弾いた。
「良いねソレ、そうしよう。キャプテン、改めて号令をお願い」
—————ブランチ・ブ・ローチの奴の下へ向かって、出航ぉぉぉぉぉぉぉ!!!
『残り20秒』
アナウンスが刻一刻と迫る中、KBの号令と共に————船が歌い出す。
パーパーラパッパーパパーパラパッパーパドンガガガッガッドンガガガッガッピープーペードォーン
「クソの役にも立たねぇ機能が起きてねぇかコレェ!?」
「うーん、せめて結婚式は挙げたかったのですが……」
「大丈夫」
『残り10秒、9、8、7……』
船が歌い、振動し、淡く輝きを放つ。
「——————ワープドライブ、起動」
🔶
遥か彼方に、星が瞬いた。それは数時間も経たぬ前に己の本拠地であった星が滅び、その死の間際に放った光だ。
とんだ災難だった……だが己は生きている。ブランチはそう自身を納得させ、次なる金儲けへと思考を割こうとした。
「……?」
何か、聞こえた気がした。ありえない、此処は宇宙……空気が無い故に音は伝わる事は無い。
「外」から何かが聞こえるなど、あるわけがない。
「流石に参っているようだな……」
だが持ち出した「商品」とクレジットがあれば再帰は可能だ。今は身を休め、英気を養うとしよう。
そうしてブランチは座席のリクライニングを倒し、身を横に
パーパーラパッパーパパーパラパッパーパドンガガガッガッドンガガガッガッピープーペードォーン
「……………は?」
気の抜けた騒音。そうとしか言えないその音に、ブランチは横を見た。
船が居る。この宇宙の船ではなく、寧ろ原始惑星における原住民が海を渡る為に作るような、そんな船。
その船首に取り付けられた黄金像が歌い、音楽を奏でる。
パーパーラパッパーパパーパラパッパーパドンガガガッガッドンガガガッガッピープーペードォーン
そんな馬鹿な、こんな事があるわけがない。奴らより遥か先に星を飛び出たのに、奴らに逃げるだけの余裕は無かった筈なのに。
「あ……あ、あ……あぁああぁああ……!!!!」
船首に、何かが居る……否、最早肉眼でも分かる。
巨大な機械鉞を担いだ巨躯の女が居る。バチバチと青白い雷電を迸らせ、仁王立ちする女が居る。
パーパーラパッパーパパーパラパッパーパドンガガガッガッドンガガガッガッピープーペードォーン
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!!!」
逃げねば 何処に 脱出を 間に合わない 何故 何故 何故 何故 死んでない
意味が分からな
混乱する思考の中、ブランチは最後の光景を見る。間近に迫る船首から此方の脱出艇へと弾け飛んでくる二人の戦士の影。船首の横で此方を眺める小柄な影と中肉中背と言った風体の影。
四つの影と歌う黄金像。その奇怪で狂想的な姿に、ブランチは幼い頃に読んだ古い古い、本当に古い御伽噺を想起した。
重なる影と打ち鳴らされる奇怪な音。それは動物たちが奏でる音楽であり、知らぬ者にとっては怪物の鳴き声めいて聞こえる。
「——————ブレーメンの、音楽隊」
脱出艇に、機械鉞とレーザーブレードが突き刺さった。