鹿紫雲組の日常
1
最近鹿紫雲はハマっていることがある。死滅回游という過酷なデスゲームの中での数少ない癒しであり楽しみ。それは…
「鹿紫雲さん、今日の夕飯はなんだ?」
「んー、丁度そこの中華屋で材料見つけたから、餃子でも作ろうかな」
「ギョーザ…!」
「完成したらみんなで食べようね〜」
「ギョーザ…!」
剣の目が輝く。そう、鹿紫雲のマイブームとは、「剣への餌付け」である。剣はその生い立ち故にほとんどの料理が未知のものである。そのため、新しい料理には興味津々であり、どんな料理でも美味しそうに食べる。その様子は鹿紫雲にとって新鮮で、愛らしかった。
「結局料理するのは俺なんだけどな…」
柘植がぼやきながら餃子を焼く。鹿紫雲一行の料理番は基本彼である。鹿紫雲や剣が手伝うことはあれど、レンチン以上の料理は通常柘植に丸投げしている。なんだかんだ言いながらもしっかり調理してくれるあたり、彼は中々のお人好しである。
ジュウウウウ…
餃子の焼ける音が部屋に響く。鹿紫雲と剣は食器を並べ食事の用意をする。
「いい匂いだ…」
漂う匂いに剣は鼻をヒクヒクさせて反応する。まだ食べたことのない「ギョーザ」の味を想像しよだれを垂らした。
「上手く焼けてるかな〜?」
「これ、僕が包んだやつだ!」
「お前ら欲張りすぎなんだよ…これとか具がはみ出てるじゃねぇか」
「え〜?だっておっきい方が美味しいじゃん」
「デカけりゃいいってもんじゃねぇんだよ」
「ジュルリ…」
「もう焼き上がるからもうちょっと我慢しろよ。前もお好み焼きをつまみ食いしようとして痛い目見たろ」
「それは…そうだが…」
「ほら、焼けたぞ。皿出せ」
大皿に餃子を盛り付ける。狐色に焦げ目のついた皮が香ばしい匂いを放つ。所々皮が破れているが、全体としては綺麗な仕上がりだ。白米は剣が保管していたパックご飯をレンチンして用意した。組み立て式のテーブルと椅子を置き、その上に料理を運ぶ。サバイバル中とは思えないほど美味しそうな食卓だ。
「「「いただきます」」」
小皿に鹿紫雲は醤油を、柘植はポン酢を注いだ。2人の視線がかち合う。
「あ、ツゲっちってポン酢派?」
「お前こそ醤油派かよ」
「だって醤油の方が美味しいし」
「あ?ポン酢の方が美味いぞ」
「ん?」
「お?」
「あの…餃子には何を付ければいいのだろうか」
「醤油/ポン酢!!」
「え、あ…」
『好きなもん付けて食え。変なもん付けない限りは大体旨い』
「そ、そうか…」
新吾郎が助け舟を出したことでなんとかその場は収まった。結局剣は醤油を小皿に注いだ。早速大皿の餃子に箸を伸ばした。まだ湯気の立つ餃子を醤油に浸す。
ゴクリ…
唾を飲み込み、剣は餃子を口に運んだ。
「!!熱っ…!!」
口に入れた瞬間、剣は舌を出し顔をしかめた。慌てて水を流し込む。
「お前それ前もやってたろ…。しょうがねぇ奴だな」
「ふーふーして食べよって前も言ったじゃん」
「ひー、ひー…」
涙目になりながら剣は水をもう一杯飲み干した。餃子を持ち上げ、軽く息を吹きかける。
「ふー…ふー…。…熱っ!」
「もう、私がやってあげる。ふーふー…はい、あーん」
「あー…ん、もぐっ」
鹿紫雲から差し出された餃子を口に含む。数度噛んだ後、剣は目を輝かせた。
「…美味しい!!肉汁がじゅわっとして…キャベツが甘くて…!!」
「はは、そりゃ良かった。作った甲斐があるな」
柘植が微笑む。彼もまた、剣の反応を楽しんでいる。自分が作らされているという不満も、この瞬間には吹き飛ぶのだ。
「へへ、美味しいでしょ?もう一回あーん、する?」
「うん!」
「あーん…」
鹿紫雲は満面の笑みで剣に餃子を差し出す。剣は餌を待つ雛鳥のようにぱっくりと口を開けてそれを待っていた。
「やっぱやーめた!あむっ!」
急に箸の向きを変えると、鹿紫雲は餃子を自分の口に放り込んだ。
「ああ…!?」
それに気付いた剣は今まで聞いたことの無いような情けない声を出し、悲しそうに眉を顰めた。今にも泣き出しそうな顔をしている。
「鹿紫雲さん、なんで…?」
「おい鹿紫雲、剣泣きそうじゃねぇか。あんまいじめるなよ」
「あ、ちょっ、ごめんごめん!!ほら、食べさせてあげるから泣かないで!!」
鹿紫雲は慌てて剣に餃子を食べさせた。剣は半分怒ったようにムスッとしながら口をもぐもぐと動かした。
「…美味しい。でも今のは良くないと思うぞ」
「すいませんでした…」
「…私ね、妹が欲しかったんだ」
「?どうしたんだよ急に」
「別に。ふっと思い出しただけ」
食べ終わった食器を片付けながら鹿紫雲がポツリと呟いた。
「でもそもそもウチって男の子が望まれてた…というか男の子しか望まれてないからさ。ほら、私の名前も『一(はじめ)』でしょ?お爺ちゃんが元々男の子の分しか名前考えてなくてさ…ママと揉めたみたいだけど、結局ね」
「鹿紫雲さんの家も色々あるんだな」
「次の子供は男の子!みたいな空気感だったからさ。妹欲しい!なんて言えばパパに…あ、そのすぐ後ママが出てったんだったな」
「重い重い…そんな話片付けの合間にするなよ」
「ごめんごめん…まあそんなわけで『妹』ってのに憧れがあってさ。霧ちゃんが可愛くてしょうがないのよ」
「僕が?可愛い?」
「素直だし、色々リアクションしてくれるし…」
「まあそうやって甘やかすのはいいけどよ。お前が剣に色々食わせるもんだからアイツあれ食いたいこれ食いたいってリクエスト飛ばしてくるんだよ。料理するのはオレなんだからな?」
「柘植さん、今度はレバニラを食べたいんだが!」
「ほらぁ…」
「あはは。私も手伝うからさ」
「ったく…材料有れば作ってやるよ」
片付けが済み、しばしの自由時間となる。各々好きなことをして寝るまでの時間を潰す。殺し合いの日常の中でなんとか自分を保つ意味もあるのだろう。
柘植は近くにあった本を引っ張り出して読み漁っていた。彼にとって数少ない1人で落ち着ける時間であり、鹿紫雲も剣もそれが分かっているため読書タイムを邪魔することはしなかった。
剣は体内の呪具を取り出して手入れをしていた。大量の呪具を所持しているため、全てを一度にメンテナンスすることはできない。そのため日毎に数個を手入れすることにしていた。刀を取り出し、打粉をポンポンと打ち付け手慣れた様子で刀身を磨いている。鹿紫雲は剣の横に座りボーッとそれを眺めていた。
「…どうかしたのか?」
「んにゃ、別に。凄くテキパキ進めるんだなーって」
「…まぁ、これが仕事だったからな。何年もやっていると、流石に慣れる」
「…ごめん」
「いや、いいんだ。そのおかげでこうやって鹿紫雲さん達を守れるから」
『…いい刀だな』
「だろう?家の刀の中でも一番の名刀なんだ…油断すると切られるから慎重に手入れしないといけないんだが」
「ふーん…」
「あ、鹿紫雲さんも如意の手入れした方がいいぞ。最近戦い通しだろう?ほら、この油を使うといい」
そう言うと剣は鹿紫雲に油壺と布を渡した。
「えーと…」
『まず油を塗るんだよ。あー違う違う、塗りすぎだ馬鹿!!』
「こ、こう?」
『ったく、最近のガキは自分の得物も碌に手入れできねぇのか…』
「だって如意とか今まで持ったことないもん」
「新吾郎さんは刀を使ったことは?」
『無ぇな…ただ、時代が時代だからな。刀を使う奴と戦ることは多かったよ』
「一番印象に残った敵は?」
『一番…か。顔を覚えてる奴もいるが…大抵は一撃で終わっちまうからな。ほとんど印象に残る奴はいなかったよ』
「しんちゃん、こんなんでいいかな?」
『…お前なぁ…こんな油でテカテカの状態でどう戦うつもりなんだ?』
「え、あそっか!!」
『ったく…』
「鹿紫雲さん!油使い過ぎだ!これ、結構いいやつなのに…」
「ご、ごめん!」
半分ほど空になった油壺を剣はしょんぼりした顔で片付ける。鹿紫雲はバツの悪そうな表情をしていた。ふと、柘植の方に視線を移す。
「ありゃ、ツゲっち寝ちゃってるよ」
読書をしていた柘植はいつの間にか眠ってしまっていたようだ。椅子にもたれたまま寝息を立てている。
「なんだ、柘植さん寝てるのか?」
「まぁ、今日はバタバタしてたしね。でも、このままだと風邪ひいちゃうし…。おーい、ツゲっち。寝るならお布団にしなー」
「くぅ…」
「むぅ…起きないな。仕方がない、動かしますか。ふんっ…!」
鹿紫雲は柘植を持ち上げようと腕に力を込めた。しかし、柘植はピクリとも動かない。
「んっ…!ふぅ、ツゲっち、全然動かないよ…」
「僕が連れて行こう。ふっ…」
剣は軽々と柘植を持ち上げると、お姫様抱っこの要領で彼を寝袋の元へと運んで行った。
「わぁ、逆お姫様抱っこ…!霧ちゃん力持ち〜」
「これくらい軽いものだよ。ふふ、柘植さんってば、まだ起きないぞ」
「そういえば私達ツゲっちの寝てるとこあんまり見たことないよね」
「基本的に真夜中は見張りとかしているからな。今日くらいゆっくり寝かせてやろう」
「そうだね。…私達も寝よっか」
「ああ」
柘植を寝袋に押し込む。結局柘植は起きることはなく、穏やかな顔で眠り続けている。明かりを消し、鹿紫雲達も横になる。真っ暗闇の中に3人の吐息だけが響いている。新月なのか月明かりもない。
「…鹿紫雲さん、起きてるか…?」
「?どうしたの…?」
「…眠れないんだ。真っ暗すぎて、昔を思い出して、怖くて…」
「そっか…おいで、一緒に寝よ」
そう言うと鹿紫雲は剣を優しく抱き寄せた。鹿紫雲よりも一回り大きな剣の体だが、今は小さく丸まって震えている。
(…暗闇に相当嫌な思い出があるんだろうな)
何も言わず背中を撫で続ける。徐々に震えが小さくなり、剣は微かな寝息を立て始めた。
「…よかった。眠れたみたい」
『まるで童みてぇだな』
「そこが可愛いんじゃん…よしよし、怖くないからねぇ…」
『…たまにオマエ、剣に対して甘くなるよな』
「前にも言ったでしょ?妹が欲しかったって…もし私に妹がいたらこんな感じなのかなって、ちょっとね」
『兄弟、か…』
ふと、剣がもぞりと鹿紫雲の胸に顔を埋め呟いた。
「…お姉ちゃん…」
一粒、二粒、涙が溢れる。鹿紫雲は優しくそれを拭うと、頭をそっと撫でた。
「大丈夫…今は私がいるから…」
そうこうしているうちに鹿紫雲の瞼も重くなる。ほんのりと温かい剣を抱きしめたまま、すぅすぅと寝息を立て始めた。
数時間後…
「ん〜…むにゃむにゃ…」
寝ぼけた剣が少しずつずり上がっていく。
「…肉まん…」
そう呟くと、いきなり鹿紫雲の頬に齧りついた。
「!!痛だだだだだ!!!!」
『!?どうした!』
「!?なんだ!敵襲か!?」
鹿紫雲の悲鳴を聞きつけ、柘植と新吾郎が飛び起きた。剣はまだ寝ぼけたまま、鹿紫雲に噛み付いている。
「…毎度毎度何してんだ」
「見て分かるでしょ!霧ちゃんに食べられる〜っ!!」
「むにゃ…おいしい…」
「…ったく。オラ、剣、鹿紫雲嫌がってるからやめろ…てか起きろ!!」
「むにゃ…」
「ほっぺた千切れるーっ!!」
…こうして夜は更けていくのだった…。
(続)