異国の男とお面職人

異国の男とお面職人



薄暮が里を包み込む中、静かな川辺には異様な静寂が漂っていた。

そんな中、お面職人がゆっくりと瞼を開けた。目を覚ました瞬間、彼の心は混乱に満ちていた。何が起こったのか、自分がどうしてここにいるのか。頭を抱えるようにして周囲を見渡すと、目の前にはゆるやかに流れる川があった。その川のせせらぎが、彼の意識を現実へと引き戻す。

お面職人は隣で横たわる男の姿を見とめ、その身体に触れた。瞬間、絶句した。彼の肌は冷たく、息絶えた静寂がその身から漂っていた。

「え?あっ・・・あ・・・・・・」

声もなく、彼の心は絶望に沈んでいく。

彼の目には信じがたい光景が広がっていた。その手がまるで氷のように冷たい男の頬に触れたとき、お面職人の中で何かが壊れた。呼吸は止まり、心臓の鼓動さえもが止まったかのように感じられた。この沈黙が、言葉にならない重い真実を語っている。まばたき一つで変わることのない、残酷な現実がそこにはあった。

「いや、うそ、嘘だ。そんな、ありえね・・・」

彼の声は震え、その場に跪くようにして男の体を抱き上げた。現実からの逃避か、それとも希望を求める心の叫びか。彼にもわからない。

お面職人は一縷の希望を胸に、男の体を両腕で抱え上げた。その動作はまるで重い現実の重みを直接感じながらのものだった。彼はまだ何かできるかもしれない、まだ大丈夫かもしれないという淡い希望にすがるように、男を担ぎ上げる。今の彼にとってそれが唯一できる選択だった。

「もしかしたら、まだ・・・」

その言葉を心の中で繰り返しながら、お面職人は川岸を離れ、ふらふらと村への道を歩き始める。夕暮れの光は次第に薄れ、周囲はますます暗くなっていく。しかし、彼の中には、男を救うためのほんのわずかな光がまだ残っていた。それは現実逃避かもしれない。しかし彼にとってはそれが全てだった。

足取りは不安定で心も乱れていたが、お面職人は一歩一歩を確実に村へと向けて進んでいく。男を医者に診せることができればもしかしたら、という一筋の希望を心に留めながら。


山を下る道は険しく、夜の帳がゆっくりとその重さを増していく中で、お面職人は何かに導かれるようにその足を前に進めた。そんな時、息子との出会いが彼の進む足を止めた。

「うひえ、父ちゃんこんなところさ居た」

「お前、どうしてここに・・・」

「んなことさどうでもいい、とりあえず話を聞いてくれ。」

息子の顔には、この状況の深刻さが浮かんでいた。これから彼の口から語られる言葉は、お面職人の心に新たな重みを加えることになる。

息子の語りは、村の現状を彼に知らせるものだった。男を失い悲しみと怒りに満ちた鬼の子が、復讐の炎を燃やして盗人たちを探し出し、その命を奪っていったというのだ。その様子を目の当たりにした村人たちは、恐怖と混乱に包まれている。そして今この状況の中で男を連れて村へ戻ることの危険性を息子は伝えた。

「その人、あの鬼っ子の仲間だろ?いま村さ連れてったら父ちゃんもあぶねえ。」

息子の言葉は、お面職人にとって重くのしかかる。しかし、同時に息子の配慮が心に染み入る。息子は父がさらなる危険に晒されることを避けようとしているのだ。

「だから父ちゃんはここで待っていてくれ。医者は俺が呼んでくるから。」

そう言い残し、彼は急ぎ足で山を下って行った。

その場に残されたお面職人は一人思いを巡らせる。何故こんなことになってしまったのだろうか。


寒空の下、ひゅうと冷たい風が髪を凪ぐ。太陽が沈み、すっかり暗くなった夜空には星々が煌めいている。

体温が失われた肉体の熱を浴びながら、後悔と自責の念に囚われる。

それは初めて会った日のこと。

お面職人は謝罪した。村民らが男と鬼を受け入れなかったことについて。けれどもお面職人のその謝罪の言葉に対し男はこう答えたのだ。

「私たちはおたがいがいれば十分幸せです。だから、どうか気負わないでください。」

男はどこまでも謙虚な人間だった。鬼の子も同じ考えのようで、彼女も村人を責める真似はしなかった。二人は山奥で仲睦まじく慎ましく暮らしていたのだ。

そこを邪魔したのが、自分だった。

結局、その哀れみは自分勝手な自己満足で自己顕示欲を満たすだけのそれでしかなかったのだ。

職人が男と鬼のために作った四枚の輝くお面。

先ほど息子は言った。鬼の子に報復された盗人たちがそのお面を持っていたと。

つまり狙われていたのはお面なのだ。

お面職人が、男と鬼のために作った、輝くお面。

そのお面と二人の噂は村の外にも轟いた。その話を聞いて、盗人たちはやってきたのだろう。

お面を求めて、彼らはやってきたのだ。

そのせいで、お面のせいで…わたしのせいで。


男は、死んだのだ。


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