慟哭Ⅰ :ジャマトグランプリ(ChapterⅢ)

慟哭Ⅰ :ジャマトグランプリ(ChapterⅢ)

名無しの気ぶり🦊

「命拾いしたな」


ナイトはそう捨て台詞を吐くと場を後にした。

番組のルールには忠実というようなジャマト特有の性質が結果的にこの場においてはこれ以上人命を傷つけさせないことに繋がっていた。


「「…」」


「なんで二人ともジャマトグランプリなんかに参加してるんだよ!」

「吾妻トレーナーもクラちゃんもこんなこと望んでませんよね…?」


変身を解いて去ろうとする道長とクラウンに景和とダイヤはチームメイトとして呼び止めた。

敵対したとはいえ、まさか人命が奪われかねないような行為にその身を浸しているなんて思いもしなかったのだから。


「二人ともジャマトに味方するなんてどうかしてる!」

「普段クラウンさんにいろいろ助けてもらってる身で言うのもなんだけど…今の君も吾妻トレーナーもどこか無理してるように見えるよ」

「いや、吾妻トレーナーは却ってギアが入ってる気もするけど…」


祢音も叱責する。シュヴァルは本人の性格上叱責なんてしなかったけれど、それでも二人の今回の行動には思うところはもちろんあったので本人なりに言及した。

かつてトレセンでいろいろとクラウンに、たまに道長にも助けてもらっていたからこそ、今の二人の非道は見逃せない、見逃すわけにはいかないという想いが確かに胸の内にあった。


「お前らには関係無いだろ」

「今の私達は貴方達を倒す資格がある、何か分からせたいなら力ずくで来るしかないのよ」

今この二人を説得したいなら一度倒してやるしかない。それができるのは現実的に考えて英寿しかいない。キタサンだけならクラウンに勝つまでがせいぜい、道長も相手取るならスペック面でも経験値という面でも分が悪い。いくらウマ娘が人間より怪力だとしてもデザイアグランプリ製ライダーに敵うほどではない。


「クラちゃんも吾妻トレーナーも、あたしが知ってる二人じゃなくなっちゃってる…でも諦めないよっ!」

「やめとけキタ、クラウンはともかく今のバッファに何言っても無駄だ。全ての仮面ライダーをぶっ潰すのが願いだもんな」


とはいえだからとて諦めてやれるわけははない。そんなことで諦めてしまうほどキタサンの意思は弱くない。現在ジャマト陣営にいる四人にこの想いが届くまで何回だって何度だって抗い続ける、この手を伸ばし続けるのだ。


まあ道長はそんな意思は知ったこっちゃないし知ったとして無視を決め込むのだが。

今の彼は己が願いに強く邁進している真っ最中、キタサンのそんな意思は知ったこっちゃないし知ったとして無視を決め込むのかも関の山だ。


「ああ。 デザイアグランプリなんてぶっ潰してやる!」

「フッ…そうは させない。俺達にも叶えたい世界があるからな」


かねてよりの願いに今までで一番手が届くかもしれない現状、ならば人道に悖る行いを繰り返してなお叶えてやろうと振る舞うのが吾妻道長という男だった。


「私はナビゲーターとしてこの人がジャマ神に至れるよう、全力でサポートする。それだけよ」

「但即使我这么说(けどそれを言っても)、浮世トレーナー達もキタサンもダイヤもシュヴァルも私達を諦めてくれなそうだけど…」


クラウンはそんな彼を心配しつつ、自分の想いが口にして伝わらない現状を思えばあくまで非情に徹し精一杯道長のサポートを、ジャマトグランプリのナビゲーターを務めあげるのみ。

だからこうして英寿やキタサン達を挑発するような発言だって平気でする。

そういう意味では道長と、自分から想い人でトレーナーな彼と同じだった。


「当たり前だよ、クラちゃんはあたしの大切な同期で友達だもん! 誕生日だって同じだし!」

「私、サトノダイヤモンドはキタちゃんもクラちゃんも同じくらい大切で大好きだから!」

「普段からいろいろ助けてもらってる君にできる恩返し…それは君を止めることだと僕は思う」


けれどキタサンにやはりそれは効かない。クラウンが思う以上にキタサンはクラウンのことを同期として、友達として大切に思っていたしそれはダイヤも同様。幼馴染で親戚な彼女を放っておけるわけがない。

シュヴァルだって大切な同期で友達な彼女がトレーナーのためとはいえ非情な無茶をしている現状を良しとはできない、見過ごせない。

緊迫した雰囲気が醸成されつつあった。


「ああ、ああ、ああ…。めちゃくちゃだよ。明日から祭りだっていうのに…」


────その雰囲気を壊したのは至極真っ当な嘆き。ジャマト陣営によりすずなり鬼祭りの準備を滅茶苦茶にされた鬼塚という住職の落胆した声だった。


「大丈夫ですか?」

「僕達にも手伝わせてください…」


それを聞けば我に返る者達は続出する。祢音もシュヴァルも真っ先に鬼塚の元に駆けつけた。


「手伝いますよ」

「人間もウマ娘も助け合っていかなきゃですから!」


景和とダイヤももちろんそう。

誰かの涙を無視してまで自分達に依然不利な争いに挑みたいわけではなかった。


「あたしも大好きなお祭り…なんとしても今年もやりましょう!」

「皆さん…ありがとう。悪いね」


何よりキタサンがそう。

地元のお祭り、お祭り好きで出身としてはそのピンチを見過ごしておけるわけがない。

一番最後に動いたけれど、そのぶん誰より活発に助力に励んでいた。


「「……」」

それを見た道長とクラウンは、どこか後味悪そうにそのまま去っていった。


「ホント、昔の世界って面白いよね。たった一つ叶えたい理想にドラマと感動がある」

「あたし達もお手伝いに来ました次第です!」


本人からしてみれば面白いで片付けられたくはない事案だろうが、そうしたどこか場違いな意見を呟いたのはやはりジーン。

デジタルはそれに対して謝罪を周囲にしながら手伝いに来たというような旨を明かす。


「…お前らの未来には無いのか?」

「好きなようにデザインできちゃう世界だからね」


「人間やウマ娘の好きなように?」

「デザイン?」


いい加減その無頓着さが気になっていた英寿はその原因は育った時代の違いだろうと踏んでジーンに問えば少し予想とは違ったけれど、わりと望んだ答えが返ってきた。

とはいえキタサンも英寿も驚かされたが。


「人格も外見も家族も恋人も職業も…設計図を描いて組み立てるみたいに生まれた瞬間から理想が叶ってるし、寿命もあらかじめ設定されてるから死に悲しみも無い」


およそ人間・ウマ娘がこの世に生を受けてから得られる可能性のあるもの全て、果てしなく先の未来においては確実に得られるものと化している。ある意味で全てが平坦な社会、そこにジーンもデザイアグランプリを通して英寿やキタサンが出会った未来人も生まれてきたというわけである。


「…ハッ。ぶっ飛んでんな、未来は」

「なんか…凄いと思う反面、窮屈そうにも思えますね。未来の暮らしって」

「あたしもキタさんと同じことを思いましたよ、聞いた当時は」


けれどそれは酷く退屈さや空虚さを誰しもが無自覚に持ち得る社会ということで。ユートピアかディストピアか、どちらが相応しいのか。

別の単語で言い表すならマトリックスに近い、そんな世界。しかしそれが仮想現実でなく、いつかの本物の現実で起きているのは脅威と呼べなくもなかった。


「おい! お前らがさっき直してたあれ、何だ?」


景和とダイヤがケケラのオーディエンス部屋を訪ねると、先ほど景和が直してたのは何かと勢いよくケケラが尋ねてきた。


「もしかしてケケラさん…」

「うん、お祭りの準備だけど知らないの? たこ焼き食べたり、ヨーヨー釣ったり」


「金魚を掬ったり射的という狙った景品を撃ち落とすゲームだったりも知らないんですか…?」

「へえ~、面白えな。ハハハッ! 初めて見たぜ」

そう、お祭りという文化を知らないのである。当然と言えば当然だがジーンが言うような未来なら神仏を祀る文化も廃れ、つまるところはそれらに端を発するお祭りという文化も廃れて久しいというわけである。


なので景和とダイヤはそんな未来人の一人であるケケラにたこ焼きを食べたり、ヨーヨーを釣ったり金魚掬いだったりとお祭りについて説明する。ケケラは初めて見たそうで興味深く思ったのだった。


「未来から来たなら俺達の歴史のこと知ってるんじゃないの?」

「いいや。お前達だって、古代文明の暮らしは詳しく知らねぇだろ? それと同じだ」

「なるほど…百聞は一見にしかず、一度見るのと何度か人伝に聞くのとでは確かな違いがそこに存在しますものね」

そう、その時代の大きな出来事くらいは知ってても専門で勉強しないと細かい部分は知ることはないというのはよくある話。

人間が知る歴史とは数多の先人達の伝聞や言い伝えの積み重ね、言ってしまえば本当とも嘘とも区別がつかないもの。

ゆえにこそダイヤも言っているが百聞は一見に如かずとはよく言ったもので、結果的にそれは遥かな未来の人間にも適用されていた。


────明日、お祭り、俺たちと一緒に行きます?」

「えっ?」

「うえっ⁉︎」


場面は変わって同じころ祢音とシュヴァルは沢芽市の街中ですずなり鬼祭りのポスターを見ていると、ファンの男性二人に声をかけられる。

いきなりだったからか二人して声が上擦ってしまう。


「バカ! 行くわけねえだろ! 『祢音TV』応援してます! ありがとうございます」

「シュヴァルちゃんもアスリートとして応援してるよ!」

2人組の片方は積極的に祢音とシュヴァルを祭りに誘うがもう1人は祢音とシュヴァルに迷惑だからと相方を引っ張って去っていく。

良識あるファンのようだった。


「なんか…嬉しいね」

「うん、こうやって目に見える形で暖かい言葉をもらえるとね…」


言われた側も素直な応援メッセージには弱い二人ということもあって、自分達の日々の努力が肯定されたような気持ちになれていた。


────ちやほやされてその気になっちゃって。これだからお嬢様達は!」


それをぶち壊すように聞きなれた青年の唐突な説教が響く。

キューンは今日も今日とてツンデレが過ぎていた。


「! はぁ…何か用ですか?」

「ワンパターンですよ、貴方の言い方は」

「うっ⁉︎ べ、別に。明日のお祭りが楽しみだなぁって」

まだ出会って日は浅いしその名前も正体も知らないながら祢音はすでにキューンへの対応に慣れていた。

シュヴァルは正体を明かして出会っているぶん、祢音よりも素っ気なかった。

けれどその発言は図星だったのかキューンは慌てて嘘の理由をでっち上げた。


「ふ~ん…鬼に直してもらいたいんですね、ミミズみたいにねじ曲がったその性格ぅ?」

「ミミズ⁉︎ …別に上手くないけど、その例え」

「のわりには祢音ちゃんの発言、効いてそうですけどね…」

それを祢音はすぐ察したのか狙い澄まして煽る。ミミズという絶妙にピンポイントな例えがキューンに炸裂し案の定彼は動揺し誤魔化しを見せた。自分でも気にしているのである。

なのにシュヴァルからすれば下手くそな誤魔化しとしか言いようがなかったが。


「効いてないよ! そっちこそ直してもらいな、大根みたいに図太いその性格」

「シュヴァルはそのかぼちゃみたいに内面ガードが固い性格をね!」


「はぁ⁉︎ 大根⁉︎」

「か、かぼちゃ⁉︎ 僕が奥手って言いたいんですか⁉︎」

負けじとキューンも絶妙にピンポイントな煽りを祢音とシュヴァルにかます。

ミミズが無事過ごせるような栄養ある土あっての大根とカボチャと考えれば地味に上から目線な煽りと言えた。

言われる側からすればハラスメント待ったなしな発言なのでまあ普通に堪ったものではないが。


「君達がそんなんじゃ一生経っても、本当の愛なんて手に入らないよ」

「余計なお世話です!」

「もう少し言い方のレパートリーを増やしてくださいよ!」

キューンはそう言って去っていく、すごくすごい少女漫画みたいなやりとりを見せながら。

こんなキューンだが仮面ライダーになった以上、タキシード仮面みたいに祢音のピンチに颯爽と駆けつけたいと人並みな妄想は抱いていたりする。

四足歩行のライダーだが。


「ん? 何で知ってるの? 私の願い」

「あっ…」

(キューンさんのバ鹿…)


そしてこんなミスも犯してしまった。

『祢音TV』で自分の願いを言ったことは未だないのだから。

未来の技術を使って全力でストーキングしていることも祢音やシュヴァルに言っていないわけで。

ちなみに、これが祢音の身に起きたある悲劇の解決の序曲となるのはその件が終わってから気づいた話である。


「ジャマトに関する情報の拡散指数が、10パーセントを超えました」

「10人に1人の人間に知れ渡ったか」

「私の家族の耳にも入っていたな、思っていたより知れ渡る速度が速い」


さらに場面は変わり、祢音の父である光聖のオーディエンス部屋、スポンサーだからかジーンやケケラ、キューンのそれより豪華である。

デザイアグランプリに反旗を翻さなければベロバの部屋もこんな感じの作りのままでいられた。

スポンサーの接待ということで同席しているニラムとドゥラメンテは、サマスからジャマトの情報の拡散指数が10%を超えたと報告を受けていた。


「どうするつもりだ?早く世界を創り変えないと社会問題になるのも時間の問題だ。政府や警察を黙らせておくのも限界がある」


政府や警察始めデザイアグランプリの開催地となる時代の法的機関は、光聖もそうだがその時代時代でスポンサーになった者が黙らせている。ただこれまではそれでなんとかなっていたが、コラスによるデザイアロワイヤルの終了時以降まるで時代の作り替えが発生していない。

それもなんだかんだで年明けから1シーズン分創り変えなかったともなると誤魔化された出来事も累積しまくって誤魔化しも崩壊寸前である。光聖が急かしているのはそういう事情が背景としてあった。


「それがやつらの狙いでしょう。私を引きずり出すために」

「私のトレーナーは命に替えても私が守りますが」

「御託はいい、この落とし前をどうつける?」

基本リセットはゲームマスターかプロデューサーがヴィジョンドライバーを使って行うが、チラミが奪われた現状ニラムがそれを行うしかなく、加えてデザイアグランプリのプレイヤーが全滅すればニラムが前線に出てくるしかない。

ベロバの狙いはそこにあった。


「場合によっては、全てをリセットするしかないかと」

「待て、我々の世界から手を引くつもりか⁉︎  まだ祢音の理想は叶っていないんだぞ!」


とはいえいざとなればヴィジョンありかままとその上位互換であるあるドライバーの機能をフルに活用して全てを初期化し未来に帰るということもできる。

ただそれはこの時代を見捨てるということも意味しており、なんだかんだで娘が可愛い光聖としては取りやめてほしい展開だった。


「ならば、貴方ご自身が愛娘に本当の愛を注いでは?」

「愛していると事もなげに言えるはずです。貴方の一人娘を、祢音さんを愛しているならば」

ただ光聖が祢音に愛を注げば済む話でもあり。

そうすれば祢音の願いは叶ったとは言え、転じてデザイアグランプリに出場する必要もなくなる。光聖の悩みはたったそれだけで解決するもの、ニラムとドゥラメンテに限らず聞けば誰もがそう思っただろう。


「注げませんか? 女神の力で手に入れた一人娘に」

「黙れ!」

(…なるほど。つまり祢音さんは…)

──────ただ、それをできない理由が光聖にはあった。笑い話では決してすまないある理由が。けれどそれはこの場で明かすわけにはいかなかった。ある時期以降、光聖が一人で抱えこんでいる悩みなのだから。

しかしそれが明かされるのはもう少し先の話。


「ならば、せめて信じてあげてください。仮面ライダー諸君の活躍を」

「ひいては…愛娘の幸せを」


ニラムは担当であるドゥラメンテのことも含め、この時代に未練がないわけではなかったが

的には過去のシリーズでも最後は極めて大勢の記憶をリセットしてきたという事実から見ればあっさり切り捨てることも容易い。

なのでそうしてほしくないなら、今回に限ればデザイアグランプリのプレイヤー達が生き残ること、ヴィジョンドライバーを取り戻すことを信じろとしかドゥラメンテ共々言えなかった。

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