骨の希死念慮
どうせ死ぬのに。この世に生まれた時、いや正確には創り出された時からそれを知っていた。
イノセント・ゼロが創った人造人間、その二番目。お父様の次男ファーミンを基盤に作られた『骨』(ボーン)が俺。
俺は2代目だ。初代はお父様の不興を買って首を跳ねられたらしい。“幸運”なことに。
今まで一度も代替わりをしていない『目』(アイズ)は自尊心が強い。いやぁ、強すぎるなアレは。会ったこともないオリジナルに劣等感募らせて、無駄に自身をすり減らして生きてる。そんなに拘らずにもっと気楽に生きりゃいいのにな、どうせ最後は死ぬんだから。
『鼻』(ノーズ)はまぁ、一番話が合う奴だ。お父様を信頼してない。4代目だが、死に方がだいたい悲惨だったせいかもしれない。いつも誰かを小馬鹿にして笑っている。そうでなきゃ生きられない。絶対に敵わない存在に従属しなければ死ぬのだ、見下す誰かがいなければ自分が弱者になってしまう。
四番目の『耳』(イヤードラム)は文字通りのお人形だ。お父様が感情の調整をミスったと言っていた。すぐ処分されるかと思ったが意外としぶとくまだ生きている。感情がないのを誤魔化すためにいつもニコニコ、愛想良く、大人しく。吐き気がするね、そう言い捨てても理解すらできないんだから。
可哀想な『舌』(タング)は一番代替わりが多い。もう何回目になるか数えるのすら辞めた。コイツはどの代でもお父様を盲信する。なんでかねぇ、オリジナルの影響か?お父様に一度でも視線を貰うために身を粉にする。馬鹿な奴、そこまでしてもアイツは俺達に興味なんか湧かねぇよ。
最後の六番目『肉』(セル)。アイツ本当に良い奴だよな。毎度助かるよ、良識があって。息抜きにギャンブルに誘ったら真面目に仕事してくれと言われたけどな。ヤダよ面倒くさい。どうせもうすぐ全員死ぬんだからノルマなんてどうだっていい。
たぶん、俺の初代は自殺したんだ。わざと煽って造作もなく殺されたんだろう。あぁ賢いな、こんな地獄の底で終焉のカウントダウンを見続けるよりずっといい。
俺もいつかそうなるんだろうと思って生きてきた。楽しいことを、夢中なって全てが忘れられることを、周りの迷惑なんか顧みないことをし続けて。そうすればいつか誰かが殺してくれるだろうと。だがそうはならなかった、そのせいで十年も生きてしまった。
そしたらなんかお父様が負けたっぽい。マジかよ、すげぇな俺らのオリジナルって。これまでやってきたことぜーんぶ無くして平和な世の中に放り出された。それでもやっぱり「死にたいなぁ」と思って生きている。
「お前何歳だっけ」
「製造されてから十年だな」
「短いな」
「長ぇよ、俺達からすれば」
公園で仕事をサボっていたら何故か俺のオリジナルが現れて、これまた何故か隣に座った。変な男、俺が言えたもんじゃないが。
「いつもサボってんの?魔法警察の上役じゃなかったか?」
「ほどほどに流せばいいしな、真面目にやるのめんどい」
「うわー、ここでクローンの実感湧きたくなかったー」
ケラケラと大袈裟に笑う。ファーミンはニコリともしなかった。じっと無言で視線を向けれれるといたたまれなくて視線を逸らす。
「そんなに死にたいのか」
「死にたいねぇ。殺してくれんの?」
「嫌だ」
「だよなー」
知ってた。敵対した時でさえ、命をかけた攻防の中ですら、結局お前達は俺を生かした。まぁ死んだとしても生き返ってしまったんだろうが。
そうだ、せっかくだから聞いてみたらいい。
「お前はないの、死にたくなったこと」
「無いなー。オレは今が楽しいし、死んだらジジイが悲しむし」
「そっかー」
羨ましいな、と漠然と思う。あの男を父に持ちながらよくもここまでまともな奴になったものだ。きっとよほど育ちに恵まれた。
そう思っていると、ファーミンがおもむろに立ち上がった。
「教えてやろうか、自殺でも他殺でもなく死ぬ方法」
「え、何」
「老衰」
思わず顔を上げた俺に、ファーミンは振り返って抑揚の無い声で。
「……ふはっ」
確かにな、と笑ってしまった時点で、やはり俺の負けだった。