大切な人
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小さい頃、僕の家にやって来ては面倒を見てくれた 周りの子供達と違ってちょっと性格が暗かった僕は外で遊ぶのを嫌った。保育園に預けられた時も友達は出来なかったし、自分から他人と関わろうとしなかった
そんな僕が家族以外で唯一お話が出来たのが其建の人達だった
僕と華弥は隣の家同士で、両親の仲が良かった。困った時はお互い様と言って互いの家の面倒を見るのは当たり前。年間行事には一緒に参加するのが恒例となっていた
それに華弥の家は大家族だ。子供が僕しか居ない倉稲家と違って、其建家は八人家族。こじんまりとした僕の家に全員が上がるとそれはもう窮屈で、でも、そんな窮屈さが寂しさを吹き飛ばしてくれるから僕は好きだった
特にお話が出来たのは華弥だった。華弥は其建家の中で一番僕に歳が近かった
華弥は別に、とても頭が良いだとかスポーツが出来るだとか、そういった特徴は無かった。でも、とても性格が良くて面倒見も良くて、一緒に居て安心出来る人だった
華弥が僕を一回、公園に連れて行ってくれた事があった。休日の昼だったから公園は人で溢れんばかり、人混みが苦手は僕はしゅっとなってずっと華弥の後ろで立ったままで足が一歩も動かなかった。そこで華弥に一言、「帰りたい」って言えれば良かったんだけど、小さいながらも華弥に申し訳なさを持たすのに億劫になった僕はそんな簡単な事も出来なくなっていた
そんな僕の様子を知ってか否か、公園でも比較的人が少ない所へ華弥は移動してくれた。華弥曰く、公園で一番安心出来る場所だったらしい
そこは先程までの騒がしさを感じさせない程静かな場所だった。ポツンと置かれた木製のベンチに老夫婦が仲睦ましく座ってお話をしていたり、真剣に写真を撮ってる人だったりがポツポツと見られるだけのその場所は、とても濃厚な花の香りがした
僕が三年生になる頃、華弥は東京の高校に進学した 急にその事をお母さんから知らされたものだからびっくりして、その日はご飯が喉を通らなかった。華弥が東京に移動する当日も、お別れの挨拶をしたら涙が止まらなくて華弥にも両親にも迷惑を掛けたのを覚えている
そんな僕に、華弥はそっと紙を手渡してくれた。寂しがりの茶々お嬢ちゃんに、と言われて渡されたその紙は今でも大切に保管してある
それから、僕と華弥は手紙で連絡を取りあった。小学生になっても大して友達が出来なかった僕の唯一の楽しみは華弥から送られてくる手紙と、華弥に送る手紙の内容を授業中にこっそり考える事だった。華弥の手紙はちょっとだけ花の匂いがした
それから、四年。僕が中学生になって、華弥は死んだ
華弥のお葬式の日はよく覚えている。其建家の親戚が大集合して、皆でお経を聞いた。 其建家の夫婦は人柄も良く、遠い親戚とも関わりがあったらしい。皆が皆、其建夫婦の死亡、そして子供二人の死亡を悲しんでいた
其建夫婦と屋奥さん、そして華弥の死体は残っていない。痕跡も指紋も犯人のものと見られる証拠も無かったものだから、警察も不思議がっていたらしい
死体も残っていない棺には、三人が好きだと言っていた物が沢山入れられた 僕は、綺麗に咲いた黄色の菊を二つ投げ入れたのを覚えている
その日は秋に入り始めた頃で、少しだけ肌寒かった 早めに咲いた金木犀が葉と一緒に風に揺られていたのを、よく覚えている
「あ」
自分の持っていた袋が地面に落ちる音が嫌に響いて、目の前の事象を上手く飲み込めなくなる。視界がクラクラして、呼吸のリズムが乱れてくる
「…久しぶりやね。茶々お嬢ちゃん?」
何年振りに聞いたその声、イントネーション、僕の名前の呼び方 どこをどう切り取っても、あの人そのもので、心臓の鼓動が早くなっていく
「___ッ華弥…。何で、生きてるん…ですか?」
胡散臭いサングラスを掛けて、服も画面越しで見る芸能人みたいに派手。短く切り揃えてあった黒い髪も、あの時より少し伸びていてウェーブ掛かっている。口元には怪しげな笑みを添えているその姿は輩そのもの。でも、その顔、その姿から発せられる声は華弥そのもので脳みそが爆発しそうだった
華弥の直ぐ隣に立っていた人は今はもう気絶しているみたいに地面に張り付いている 眠る様に気絶しているその姿は、僕がずっと想像しては嫌になっていた華弥の死体みたいでとても気持ち悪かった
「あ〜…今自分、そっちで死んだ扱いされてるんや。悲しいな〜、こうして楽しく人生謳歌してるんに」
華弥はヘラヘラしてそういった。悲しんでいるような口振りだったけど、声はあくまでニュートラルで、悲しんでいるような雰囲気も無かった
それが更に華弥を不気味にしていて、鳥肌が立った
「そ、そこで倒れてる人は大丈夫なんですか?…まさか、こ…殺して」 「そんな物騒な言葉使わんといてや〜。良い子がそんな事言ったらいけへんよ?」
なんて言いながら此方に向かってくる華弥を見て、思わず逃げ出したくなった。でも、足が言う事を聞かない。何度も何度も頭が足に「動け」と命令するのに、恐怖に支配されている様に全くもって足が動かなかった
怖くて怖くて、何年振りかの涙が頬を伝って地面に落ちた。息も上がってきた。鼻の奥がツーンとなって、目の前がぼやけて、更に怖くなった
「あーほら泣かんといてや。別に取って食おうなんて考えてへんよ」
目の前に立った華弥はあの頃よりも更に背が伸びていて、それが更に恐怖心を煽ってまた涙が溢れてきて怖かった。僕、ここで華弥に殺されて死ぬんだ、って真剣に考えたらまた涙が出てきてもうどうしようもなかった
でも、華弥は震えてる僕をギュッと抱きしめてくれた。割れ物を扱う様に、壊さない様に。この時、直ぐに華弥の事をつき飛ばせば良かったのに、僕は素直に安心してしまった。あの一瞬だけでも昔に戻った気がして、華弥を拒絶出来なかった
そこから、僕と華弥の歪な関係は始まってしまったのかも知れない