横須賀聖杯戦争⑫

横須賀聖杯戦争⑫



 横須賀のある路地裏。

 キャスター陣営とそこに現れた辰巳砂 魃が対峙している。


「美夜ちゃんっ! あの人の目を見ちゃ駄目だよ!」


「は、はい媛様っ! 見ません絶対に!」


「うーんまあそうなりますよね。目を合わせないのは魔眼持ち相手の定石です」


 即座に辰巳砂の魔眼を察知し、自らのマスターに警告するキャスターとそれに従う氷上 美夜。

 それを大して気にすることもなく、辰巳砂は自らの片目に埋め込まれた魔眼の力を発揮した。

 その魔眼は縦に細く裂けた、蛇の瞳孔そのもの。


──瞬間、全てが凝固した。


 …………かに思えた。

 一瞬だがその視線を向けられた場の三者全員が、そんな錯覚を覚えた。


「蛇の宝玉──石化の魔眼!?」


「には到底及びませんよ。かのキュベレイなどとはとても比べられない代物、ギリギリのところでノウブルカラーには引っかかるかな、程度のものです。ま、移植ものですし仕方ないですけどね。石化には至らぬ──鈍化止まりというところですか」


 語りながらに辰巳砂は既に駆け出していた。行動を阻害出来る時間はそれほど長くはない。ましてや相手はサーヴァント。

 加えて相手は高い魔力ステータスを誇るキャスタークラスである。魔眼の行使もまた魔術である以上、大した効果は無いと踏んでいた。


「美夜ちゃんに、近寄らないでっ!」


 キャスターは迫りくる辰巳砂に波状の魔力を浴びせようとするが、辰巳砂はそれをヌルリと躱してみせる。

 通常の人間ではまず不可能な無軌道な動きであった。


「くっ…………!」


「心配しなくても、サーヴァント相手に真っ向勝負なんかしませんとも。目的はあなたじゃありませんから」


 瞬時に走る軌道を変え、壁の側面を滑るように駆ける。

 キャスターが追撃を放つもそれの合間を縫うように進み抜け、突破。

 そしてすれ違いざまに、地べたに転がるアサシンのマスター──辻中 彩女の襟首をふん掴み、そのまま走り抜けていった。


「うぅわあ」


「ふうっ、首の皮一枚ですり抜けましたか。さて、このまま逃げるとしましょうか」


 今度はビルの壁面を波打つような軌道を描いて駆け登り、屋上へと逃れていった。


「うぐ…………慣性で脳みそグルグル…………」


「それは勘弁して貰いたいですね。さて、このまま撤退といきましょうか」


 そのビルの間を飛び移り、その場から立ち去る辰巳砂。


「あのサーヴァントは…………」


「ほっときますとも。まともにやり合う必要が無いですし、まあ一応保険として居てほしくはありますから、あのお姫様には。まあおそらく自分のマスターを優先して追っては来ないでしょうし、あとは気楽に──」


 そう語る辰巳砂の目前に。




 くろい。

              くらい。




 影が立ちはだかっていた。


「…………何、あれ」


 抱えられた彩芽が訊ねる。

 その影の異質さを感じ取ったのか、その肌は粟立っていた。


「『何』というよりは『何も』ですよ…………ライダーのマスターの魔術です。まだ僕を狙ってたんですか…………もうサーヴァントもいないのに御苦労な事ですね。もっとも、影だけ寄越して本人はいないようですが」


 やがて音もなく、その夜の闇よりも暗く黒い影が二人めがけて迫ってくる。


「触れたら終わりですのでご注意を」


「見りゃわかる。なんとなく」


 全力で駆け出す辰巳砂だが、相変わらず彩女は脱力したまま抱えられていた。


「そろそろ鈍化は消えたでしょう? 自分で走って貰えませんかね」


「ソレ関係なく力入らない…………アサシンに魔力を吸われすぎた」


「そうでしたか。しかし荷物を抱えたまま逃げられる相手じゃありませんし、このままだと貴女のアサシンも負けて終わりでしょう。仕方ないですね──質問ですが、貴女エナジードリンクで完徹とかの経験あります?」


「…………? 受験の頃には、まあ」


「それは大変結構。じゃ、取り敢えず一本イッときますか」


「?なに──


       ドスッ


           ──お"」


 抱えられた彩芽の首筋に。

 血のように、赤い、紅い。

 髄液(アンプル)が、撃ち込まれていた。








「ああ…………」


 嘆息のよう溢れたその呟きと共に。

 その場に黒炎が巻き上がった。


「マスター二人は下がってな! ルーンで結界を張る!」


 セイバー──セタンタは瞬時にルーンを足元に敷き、人間二人の身を溢れ出る黒炎から保護する。


「おいおいおい! ルーラーは公正な審判として信用出来るっつってたろ! なんだよあいつ殺意満々じゃねえかどういうことだよ!」


「こっちが聞きたいわよ! 私達が会ったとは雰囲気が全然…………というか色がもう違うから! 黒くなってる!」


 ルーンの光に守られながら怒鳴り合うマスター二人。その視線の先には──黒炎を迸らせ、しかし氷のような視線でこちらを見据える堕ちた聖女の姿があった。


「んー、なんだかわかんねーけど交渉の余地は無さそうだな。斬るぜ、アイツ」


 声色は常と変わらず朗らかに、しかし眼差しは冷淡にルーラーを捉え、セイバーは剣の柄に手をかける。


「…………私は、悲しい」


 それと隣り合うアーチャーは多くを語らない。

 その目を固く閉じたままに、自らの弦弓へと指を添わせた。


「……………………」


 そしてそれに相対するルーラー。

 既に聖杯戦争の裁定者としての機能を失った彼女は、その身に満ちる呪いを炎へと変え、ただ目前の全てを焼き払わんと歩き出した。


「…………たといまた、わたしが自分の全財産を人に施しても、また、自分のからだを焼かれるために渡しても──」


 世に遍く一切の悪を孕んだ邪悪の焔。

 本来であれば自らの対極に位置するはずのものに身をやつしながら、ルーラーは静かに、そして厳かに呟く。


「──もし愛がなければ、いっさいは無益である」







「■■■■──!!」


 猛り狂いながら双鞭を振るいセイバー、アサシンの両者を圧倒するバーサーカー。

 セイバー、アサシン共に消耗している中、唯一一切の減衰も見られずにひたすらに暴れ回る。


「さて、どうしたものか…………このままいくと彼奴の一人勝ちだぞ」


「難儀なことになってもたなあ。うちからしたら御子さんさえ落とせば仕切り直しと行きたいんやけど」


 バーサーカーの暴威をいなし凌ぎながら、セイバーとアサシンは次の一手を模索する。


「うちの神便鬼毒は、まあ効きが悪そうやね。絡繰仕掛けみたいやし。それに加えて…………骨あるんかな、あれ」


 自らの第一宝具、第二宝具共にあのバーサーカー相手では効果的ではないと踏んだアサシン。そしてセイバーの片腕を奪った以上はあちらも有効打は無いだろう。

 上手くバーサーカーを誘導してセイバーを潰し、その後撤退というのが最善の結果であると踏んだアサシンであるが──


「そんな甘い皮算用が通じるお方でもないわな? 日嗣の御子はん」


 そんな少しの自嘲が籠もったセリフとともに、アサシンの投げかけた視線の先では──


「於是先以其御刀苅撥草──」


 セイバーが紡ぐ言の葉と共に、自らの剣、その真の姿を現していた。

 その身に纏っていた水の力は淡く消え去り。

そして。


「──以其火打而打出火」


 その剣、その身体から。赫々と煌めく焔が巻き上がる。


「──あれは」


 アサシンが目を見開き。


「■■■■■■!!」


 バーサーカーは咆哮と共に手甲を纏った拳をセイバーへと叩き込もうとする。

 しかしセイバーは一切の動揺もなく、静かに目を見開き──


「【甕星】」


 その剣に込められた新たな神威を解き放った。


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