H・A・L

H・A・L


 HAL-01。それが彼女に与えられた識別名称、「商品名」だった。

 おぼろげに覚えている始まりの記憶は、何か必死に頭を下げて口角を吊り上げる男女と、彼女の手を掴んで引っ張っていく男。去り際に見たその男女は手元のクレジットを必死に数え、彼女の方を見てはいなかった。

 そうして彼女が連れて来られたのが、この惑星だった。ある海賊団の資金源として運営される研究施設であり、奴隷オークション会場、そして一種の娼館のような地下施設。ダミーフロントである惑星開発企業、その施設の地下に存在する其処で、彼女は色々なものを失った。

 痛かった、辛かった、無理矢理に「捻じ込まれた」。最初の体験はそれで、次も、その次も、捻じ込まれて、泣きわめく姿を脂ぎった小太りの中年が笑って見ていた。

 次に、その手足を失った。獣の頭部を持った「お客様」に、捻じ込まれながら「食べられた」。死なないように止血剤と何らかの薬剤を投与されて、痛みはそのまま快楽になり、脳味噌の奥がバチバチと弾けた。

 そして右目。その時のお相手は誰だったか、人型では無かったと彼女は思うが、その記憶はお客様自身に「食べられて」いるようで朧気だ。兎も角、彼女は両手足と右目を失い、そのまま廃棄される予定だった。

 だが、その右目を奪った客人が言ったのだという。「彼女の脳は素晴らしいものだ、買い取らせて欲しい」と。

 その評価を海賊団の頭目は「買った」。客人を秘密裏に処理し、彼女に失った手足の代替と義眼を与え、サイバネ手術を施した。彼女の啜られた脳味噌の一部は電子世界と直結し、その手足は外部電子機器へのアクセスを可能とするハッキングツールとして蘇った。

 彼女が生まれ持った才能、それは類稀なる電子機器との親和性。自らの思考を分割する事で多数の情報処理を同時に熟し、また初めて見る形式の機械であっても直感的にその扱いを察する異能の領域。

 そうして彼女は「名無しの商品」から「HAL-01」と成った。HAL-01を擁した海賊団はその勢力を増し、ある宙域において支配者として君臨するようになる。

 電子上で彼らを探ろうとする者をHAL-01は痕跡もなく抹消し、物理的な障害は数多のガードロボットを操作して抹消する。

 そして隠れ潜む者は、施設内のあらゆるセンサーを用いて暴き出す。

 「———報告。ネズミが入った。推測SSP」

 彼女は淡々と与えられた仕事を熟す。彼女の命は、彼女の支配者に握られている。逆らえば捨てられる、殺される。

 死にたくないのだ、だから報告する。これまでも報告して来た。此処から抜け出す事は出来ない、逃げられないのだから……こうする他に無いと自分に言い聞かせて、彼女は淡々と報告する。

 「捕縛する?そう……じゃあ、手筈を整えるね」

 —————誰も想定できない何かが起きない限り、彼女は逃げられないのだ。



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