アビドス砂漠の決戦 後編

アビドス砂漠の決戦 後編


 アビドスの砂漠での戦い、その前夜……キヴォトス某所にて。


 摩天楼の光も届かぬ路地裏に、一台のトラックが停まっていた。

 そのトラックの座席には誰も乗っておらず、ただ何処からか傍受しているらしい二人の人物が会話している声だけが無線機から聞こえてくる。

 その声の主たちは共にキヴォトスの外から来た存在であり、一人の生徒の処遇について言い争っていた。

 

『なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ?』

 

 だが一方の声に明らかな困惑が満ちた。

 ある学校の生徒たち……出合って間もない、家族でもない彼女たちを、その身を削ってでも助けようというもう一方の言葉が理解できなかったからだ。

 

『“あの子たちの苦しみに、責任を取る大人が誰もいなかった”』

 

 だがその声は当然とばかりに言い切った。

 権力によって、知識によって、富によって、それらを待たぬ者を虐げる。

 子供を支配し、搾取し、嘲笑する。それがこのキヴォトスで“彼”が見てきた『大人』だ。

 だが権力も知識も富も手放してでも、大人として子供たちのために責任を果たす。

 

『“それが、大人のやるべきことだ”』

 

 ……その後、交渉が決裂し囚われている生徒の居場所を知った一方が去ると困惑していたもう一方が打って変わって平静な声を出した。

 

『……さて聞いていたのでしょう? “あなた”はどうするつもりです?』

 

 誰にともない疑問に、答える者はいない。

 

『本来ならあなたたちは我々や先生とはまた違った意味で、このキヴォトスにあり得べからざる存在だ。……それがこの地にどのような影響をもたらすか、興味深くはあります』

 

 トラックは静かに動き出し、路地裏から大通りに出た。

 キヴォトスの夜景は美しく、しかし悲しみに満ちている……。


『クックック……先生だけではなくあなたたちの幸運も微力ながら祈っていますよ。オプティマス・プライム、異邦の英雄よ』


  正直なところ、この時まで“彼”は迷っていた。キヴォトスに生きる者たちに肩入れして良い者かと。

 脳裏にいつしか宿る“記憶”が……他者のために戦い、裏切られ、多くの犠牲を強いられた記憶が、不断の意思を持つはずの彼に迷いをもたらしていた。

 だが今や思いは決まった。


「こちらはオプティマス・プライム……オートボット、集結せよ!」


  トラックは夜道を走りながら新たな通信を飛ばした。


『シャーレの先生、そしてトランスフォーマーたち。我らゲマトリアはいつでもあなた方を見ています……クックック』


 

 

  そして時間は砂漠への決戦へと戻る。

 アビドス砂漠の決戦に新たに参戦した戦士……オートボットの総司令官オプティマス・プライムはエナジーアックスを手にシャーレの先生を庇う位置に立っていた。

 バンブルビーとミラージュは、自分たちのリーダーの登場に声を上げる。

 

「『いよ、待ってました!』『12時の鐘が鳴るわ! 魔法が解けちゃう!』」

「遅いぜオプティマス! パーティーはもう始まってるんだぜ!」

「すまない、仲間たちを集めていたら遅くなった」

“仲間?”

 

 突然現れた新たな戦士の言葉に先生が首を傾げると、その答えはすぐにやってきた。

 あちこちから何台もの自動車が戦場に乱入してきたのだ。

 ソルスティス、シボレーコルベット、ランボルギーニ、フェラーリ……多くがスポーツカーだがピックアップトラックや軍用トラック、レスキュー車もいる。

 

「ディセプティコンの野郎め、覚悟しな!」

「おねんねしてなペルファポーレ!」

「さあ、引きずり降ろして細切れにしてやるぜ!」

 

 色とりどりのそれらはやはりギゴガゴと音を立てて次々とロボットの姿に変形すると、オプティマスの近くに集結した。

 その姿にシロコが目を見開いてミラージュを見上げた。

 

「これって……!」

「ああ。ジャズ、アイアンハイド、ラチェット……みんな俺たちの仲間だぜ!」

「『さっすがー!』『司令官!』」

“すごい……!”

  

 先生はカードから手を離して自らの前に立つオプティマスを見上げた。

 振り返ったオプティマスの青い目と合う。

 

「シャーレの先生。あなたは……」

「プラァァイム!!」

 

 何かを言おうとしたのを遮ったのは、大帝の雷声だった。

 ジェット機に変形して沈みかけのビルから飛んできたメガトロンは、ロボットに戻ると自らの軍勢の先頭に降り立った。

 

「メガトロン……!」

「また会ったな、プライム……それで? “またしても”そこの小僧と小娘どもに味方するつもりか」

「ああ“何度でも”な。我らオートボットは彼らを守るためにやってきた」

 

 迷いなく言い切る姿にメガトロンはニヤリと不敵に笑う。

 視線をぶつけ合う両雄の間には、お互いにしか分からない何かがあるようだった。

  一方、信じられないと声を上げたのはPMC理事だった。

  

「なんだと! 何故だ!? 何故そんな小娘どもに味方する? いったい何の利益があって!?」

「オートボットはあらゆる生命の自由と平和を守るために戦う。……なにより仲間たちが世話になった恩を返さねばな。それが総司令官としての責任だ」

 

 平然と、しかし断固として言い放つオプティマスにPMC理事は開いた口が塞がらないようだった。

 ビジネスマンである彼にすれば、そんな理由は到底理解できる物ではないようだ。


「……ええい、わけのわからないことを!! メガトロン、やってしまえ!!」 

「貴様の命令は受けん」

「な!?」

 

 ついに激昂したPMC理事に対し、メガトロンの声はどこまでも冷たかった。


「き、貴様……!! 契約したはずだぞ、こちらが物資などを支援する限り……」 

「支援する限り、武力を提供する。つまり貴様がこの場で敗退して支援できる立場を失えば、契約は無効だ。……その旨は契約書にも明記してあったはずだがな」

「ッ!!」

「それに貴様が俺の部下……ニトロゼウスを捕えていること、気付いていないとでも思ったか?」

「い、いやそれは……」

「なにより、このメガトロンが貴様如きブリキの玩具の言うことを聞くワケがなかろう」


 口をパクパクさせる理事にもはや構わず、メガトロンは右腕に持ったブルードソードを掲げた。

 

「そういうワケだ。始めるとしようか」

「いいや、ここで終わりにするぞ。メガトロン、貴様は時代遅れの年老いたロボットだ! スクラップがお似合いだぞ!」

 

 オプティマスがエナジーアックスを構えると、他のオートボットたちもそれに倣う。

 

「なんだかすっかりカヤの外だね。アルちゃん、どうする?」

「よくわからないけど……ここまで来て逃げ帰るなんてアウトロー失格よね!」

「はあ……仕方ない。やるしかないか」

「は、はい! 全部ぶっ壊します!!」

 

 便利屋68の面々もまだまだ倒れる様子はない。

 

『こ、こちらヒフ……もといファウスト! 残った迫撃砲で、微力ながら援護させてもらいます!』

『こちらはゲヘナ風紀委員会のヒナ。私たちも援護するわ。やられっぱなしは性に合わない……!』

 

 ヒフミやヒナもこちらを援護してくれるようだ。

 

「ん……! 私たちも戦う!」

「そうよ! 後ろで見てるだけなんてまっぴら御免よ!!」

「ええ、みんなでホシノを助けましょう!」


 シロコやセリカが戦意を露わにし、エアレイザーがいななきと共に飛翔する。

 オプティマスが現れた瞬間、なにもかもが好転を始めたような、そんな気がした。

 

「先生」

 

 オプティマスはもう一度、先生をかえりみた。それは自分と対等の『大人』を見る目だった。

 

「……私たちはまだキヴォトスでの戦いに不慣れだ。指揮を頼んでもいいだろうか」

“……! もちろん!”

「来るがいい、オプティマス! そしてシャーレの小僧! 捻り潰してくれるわ!!」

 

 オートボットを率いる総司令官オプティマス・プライム。

 ディセプティコンを支配する大帝メガトロン。

 キヴォトスの頂点に立つ権利を持ちながらそれを放棄したシャーレの先生。

 理想のために、野望のために、責任のために、戦う者たち。

  彼らはこうして砂塵舞うアビドスに集ったのだ。

      ロールアウト

「オートボット、出動!!」

         アタック

 「ディセプティコン、攻撃!!」

 

 “さあ、戦いだ!!”

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