横須賀聖杯戦争⑭

横須賀聖杯戦争⑭



 燃え広がる濁色の火焔が人工芝の敷かれたサッカーコートを焼き尽くしてゆく。

 相対する二騎、セイバーとアーチャーの二人は黒きルーラーの放つその炎の波間を必死に掻い潜っていた。


「クソッ、ルーラー本人は碌に動いてねえな。足を止めてひたすら炎を吐き出し続けてるだけだが、それだけに近づけねえ。あの規模の炎を出し続けてりゃ一流のマスターだって数分も保たねえだろうに…………あいつの魔力は底なしか?」


「ルーラーにはマスターは居らず、聖杯によって召喚されるものだ──と、以前本人が言っていましたがね。そうであるならば、魔力切れには期待しないほうがいいでしょう」


 互いの武器、セイバーは棍、アーチャーは弓矢をもって迫る火焔を吹き散らしつつルーラーの様子を伺っている。

 それぞれのマスター二人は戦場の後方でセイバーの施したルーンの守りの中に避難していた。

 この戦況だとマスターによる援護はまず期待出来ない。近づいた時点で丸焦げにされかねないからだ。ルーンの守りにも限度はある為、今戦場に人間二人が踏み込むのは自殺行為と言えた。


「お前の弓なら届くんじゃねえのか? アーチャー。真空の矢なら炎だって斬り裂けるだろ」


「相手が防御しないと言うのであれば。ルーラーが立ち止まっているのはただ棒立ちしてるわけではなく迎撃の構えです。炎を撒き散らしながらも常に反撃を迎え撃とうとしています。既にいくらか矢は放ちましたが、全て受け切られました…………私も迫りくる炎を防ぎながらになりますので、片手間の射撃では有効打は難しいですね」


 もはや大部分が黒く炭化したサッカーコートの中心に立つルーラーはまるで玉座に鎮座するかのように動こうとしない。

 黙して語らず、ただその双眸で自身に向かってくる二騎のサーヴァントを睥睨している。


「──このままダラダラやり合ってても、先にジリ貧になるのはこっち側だな。あっちの魔力は底なしかもだが、こっちのマスターの魔力は有限だ」


「いかにも。どうにかして斬り込む隙を見つけなければならないでしょう」


 セイバーとアーチャーは荒れ狂う黒炎の中心に佇む堕ちた聖女を見据え、勝機を探る。


「…………決めにかかるのはオレの剣よりお前の弓の方が良さそうだな、アーチャー」


「でしょうね。あの大火焔を掻き分けてルーラーの元まで辿り着くのは至難の業でしょう。素直に私が遠距離から射抜くのが妥当かと」


 だが、先刻の言葉通り炎を避け防ぎながらでの射撃では有効打にはならない。

 足を止めて射撃に注力しなくてはルーラーを倒すことは出来ないだろう。


「…………とくれば、オレの役目は決まりだな」


 アーチャーが射撃に専念出来るように護衛する。それがセイバーの役目である。


「お前の宝具の威力が維持できる射程ギリギリの距離で仕掛けるぞ」


「了解しました。守勢は任せましたよ、セイバー」


 そう言ってアーチャーはその場に踏みとどまり、ルーラーを見据えて愛弓の弦を引き絞る。

 だが、それを受けてルーラーは。


「…………悔やみなさい」


 これまで全方位へと放っていた火焔を、一転してアーチャーとセイバーが立つ一方向へと集中して解き放つ。

 これまでのものとは桁違いの密度で迫る黒炎を前にして、しかしセイバーは怯む事無く牙を剥いた。


「上等ぉ! その炎、オレが斬り開くっ…………【裂き断つ死輝の刃】!」


 襲い来る火焔を文字通りに裂き断ち、魔剣から放たれた光芒はなおもルーラー目掛けて突き進む。

 しかし。


「甘い」


 ルーラーの振るう旗によってその剣撃は受け止められた。

 二騎の間にそれなりに距離があったことに加え、高密度の黒炎によってかなり威力が減衰されており、耐久面にも秀でるルーラーであれば防ぐことも可能だったのだ。

 しかし、それは想定内。本命はこの後だ。


「痛みを詠い、嘆きを奏でる……【痛哭の幻奏】──!」


 アーチャーの放つ幾重もの真空の刃がルーラーを纏う炎ごと斬り刻んでゆく。


「っ…………!」


「トドメっ!」


 更に大きく弦を引き絞り、アーチャーは渾身の一矢をルーラーへと叩き込む。


 その、直前に。


 ルーラーが、この世全ての呪詛に染まった、その忌まわしき真名を口にした。


「…………【堕天失墜・灼熱異邦(フラム・ペイ・エトランジェ)】」


 瞬間、これまでの火焔が脆弱に思えるほどの巨大な火柱が周囲に乱立し、全てを炎が呑み込んでゆく。


「「──マスターっ!!」」


 それを目にしたセイバーとアーチャー、二騎の思考は即座に合致する。

 それぞれのマスターの元へと向かうべく、両者が地面を蹴り──次の瞬間には黒炎が視界全てを喰らい尽くしていった。







「…………こっわ。なんなんですかねあの娘。…………じゃ、僕もここらでおさらばしましょうか。サーヴァント無しでまだ足掻こうという心意気は買いますが、流石にそれでこの状況がひっくり返せはしませんよ、ライダーのマスター」


 辰巳砂 魃は静かに笑みを浮かべながらにそう呟く。

 そんな彼の傍らには黒い肌を青い衣で包み隠したナニカが佇み、それが襲い来る謎の影達を撃退したのである。


「…………しかしまあ、一応護衛を寄越してくれるくらいの義理は持ってくれてるみたいで安心しましたね。助かりましたよ、ランサー」


 そんな独白と共に。一足先にその場から離脱したアサシンのマスター、辻中 彩芽に続いて辰巳砂は姿を消すのだった。


『………………』


 その様子を目にしていたのは、使い魔の影越しに視界を拡張していたライダーのマスターのみである。


『…………マスターだけならなんとか出来るかも、と思いましたが。あれは【黒き魔(カーラケーヤ)】…………あのランサーの力の一端ですね。やはり一筋縄ではいかない──どころかまったくもって底がしれない』


 ここではないどこかで、ライダーのマスターは歯噛みしていた。


『ルーラーの件もありますし、私一人ではもう手に負えない。他の陣営を頼るしかないけれど…………迂闊に目立って捕捉されれば今度こそあのランサーとそのマスターは私を生かしておかない。ライダーが言っていた通り、今は水面下に潜んで時間を稼ぐことに専念するべきみたい』


 そして、時間稼ぎ、妨害と考えれば先刻の交戦はそう悪くなかったとも言える。

 ランサーのマスターの動きを止め、ランサーの手の内を一つ明らかにできた、とも言えるのだから。

 だが、あのランサーが遠隔で配下を使役出来るとわかった以上、いよいよ迂闊な動きは出来なくなってしまった。


『大丈夫、ライダー。貴方に言われた通り、上手くやってみせるから…………』


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