闇に光を……

 闇に光を……


「ホットロッド……ああ、トリニティの彼ですか。彼は主役の器ではないでしょう。せいぜい過去の栄光に縋る端役、彼が主役のテクストなど、だれが求めるのです……彼に物語を牽引する力はないのです」

「そういうこった!」

 

 首から上が存在しない男、それに抱えられた後ろ向きの男の写真は、そう語る。

 

「ああ、知性もなく、信念もなく、経験も足らない。どうして彼が崇高に至ることができようか」

 

 二つ頭を持った、木の人形の姿の芸術家はそう断ずる。

 

「ああ先生、まだ彼に期待にしておいでですか? ですがそれは無駄というもの。彼が期待に応えられたのは最初の一度きり。素直に蜃気楼かマルハナバチを頼りなさい」

 

 その名の通り黒服に身を包んだ、ひび割れた異形はそう囁く。

 

 力なんか無い。知性も信念もない。期待に応えることもできない。

 ……ああそうだよ。それが俺だ。

 ミカが魔女になってゆくのを、止めることができなかった。

 ナギサがどうして疑心暗鬼に陥ったか、理解しようとしなかった。

 セイアの苦悩に、寄り添ってやることができなかった。

 

 俺が、彼女たちの一番近くにいたのに!!

 巡航ミサイルだって、俺があの場にいれば止められたはずだった!!

 

「アリウスの憎悪を思い知れ……!」

「角の生えたゲヘナめ!!」

「薄汚いトリニティの陰謀屋が!!」

「全ては虚しい。どこまで行こうとも、全てはただ虚しいものだ……!」

 

 トリニティの、ゲヘナの、アリウス分校の生徒たちの憎悪に満ちた声が聞こえる。


「止めておけ。貴様は所詮オプティマスの影に隠れる脇役に過ぎんわ。この状況をなんとかできるなどと、思いあがらんことよ」


 エデン条約を絵空事と嘲笑い、ディセプティコンの大帝はそう言った。

 そうだ。俺には何もできない。俺は……無力だ。

 

“でも、ここで諦めたら、きっとずっと後悔するよ”

 

 不意に声が聞こえた。

 先生の……あの、楽しかった補習授業部でいつも聞いていた声だ。

 だけど俺には自分を支える信念も何も……。

 

“信念とか、そういうんじゃなくて……”

“ホットロッドは、どうしたい?”

 

 俺がどうしたいか?

 

「まったくホットロッドさんは、変なトコで真面目ですねえ」

「ここは一つ、やりたいようにやっちゃってください」

「……また補習授業部で」

 

 ハナコ。

 いつもエロいことばかり言って人をからかって。

 孤独だったあの子が、心から笑えてよかった……。

 

「私はバカだから、なにがどうなってるのか全然分からないけど!」

「でも、これは違う! こんなの絶対にダメ!」

「友達を、助けたいの。……力を貸して、ホットロッド!」

 

 コハル。

 時間止めるから、人を乗せるから、フランス語混じりだから。些細な理由でやたら滅多ら俺に死刑宣告して。

 あの子の誰かのために怒り、誰かが傷つくのを悲しむ、そんな当たり前の正義感が、何より心強い……!

 

「ヒフミ、ハナコ、コハル、ホットロッド……先生」

「アズサちゃんって呼んでくれてありがとう。優しくしてくれて、ありがとう……」

「ごめん、ごめん、みんな……!」

 

 アズサ。

 世間知らずで、何かにつけ銃やら爆弾やら。ヒフミの影響で妙なヌイグルミにはまっちまうし。

 ……助け、いるんだろう? 素直に頼れよ。……俺だって補習授業部の一員なんだから。

 

「友情で苦難を乗り越え。努力がきちんと報われて。辛いことは慰めて、お友達と慰め合って……! 苦しいことがあっても……誰もが最後は、笑顔になれるような! そんなハッピーエンドが私は好きなんです!!」 

 

 ヒフミ……。

 君のペロロ好きには参ったもんだ。覆面水着団なんてのの一員で、しかもミラージュの奴までついてくるんだから、ヒューズがぶっ飛ぶかと思ったぜ。

 でもさ、みんなといた時間……あの、補習授業部で過ごした時間は、本当に楽しかった。

 俺も、ハッピーエンドが大好きさ!

 

「誰が何と言おうとも、何度だって言い続けてみせます! 私たちの描くお話は、私たちが決めるんです!」

 

 ああ、そうだな。

 外野には好きに言わせとけ。

 脇役、端役? 上等!

 もともと主役は、彼女たちだ。

 

「終わりになんてさせません、まだまだ続けていくんです! 私たちの物語……」

 

 そう、これは彼女たちの物語なんだ。

 彼女たちが笑っていられる日常を、笑い合える未来を、そんな当たり前の奇跡を。

       Blue Archive

「私たちの、青春の物語を!!」

 

 守ること、それが俺のやりたいことだ。

 

 

 

 

「ホットロッド……!」

 

 闇の中で、彼は意識を取り戻した。

 目の前に聳えるのは、あまりに強大な敵。手の中には、ちっぽけな光。

 周囲ではミラージュやバンブルビーが、シャーレの仲間たちと共に無数に迫りくるスウィープスやブレントロンと戦っていた。

 オプティマスは大敵スカージの顔面を粉砕して引導を渡したものの、自身もダメージで動けずにいる。

 

「あとは頼む……」

 

 静かに、だが確かに彼はそう言った。

 その傍にいる先生と目が合った。静かに頷くと、こう言った。

 

“ホットロッドは、どうしたい?”

 

 深く息を吸い、そして吐き出す。

 

「……ビー!」

「『なに?』」

「一曲頼む!!」

「! 『最高なの行くぜ!!』」

 

 俺は無力だ。

 知性も信念も経験も足りない。

 期待にだって応えらないかもしれない。

 だけど補習授業部の、シャーレの、アリウスの、トリニティの、このキヴォトスに生きるみんなを、みんなの日常を、そこにある奇跡を守るためなら……やってやる!

 

 バンブルビーのステレオから曲が流れる。

 曲の名は、『The Touch』!

 胸の前に持ったリーダーのマトリクスから光が溢れ出した。

 

 ……惑星規模の巨体の、その心臓部に宿るユニクロンのスパークは咆哮し、己の眷属たちの不始末に激怒した。

 何故、こいつを生かしておいた!

 何故、こいつを取るに足らぬと捨て置いた!

 他の世界の記憶が警告していたというのに!!

 オプティマス・プライムでも! ビックコンボイでも! ファイヤーコンボイでもなく!!

 最初にこのユニクロンの前に立ちはだかったのは、別の世界のこいつだと言うのに!!

 

『ロディマス……! ロディマス・プライムゥゥ!!』

 

 現れた怨敵の名を、ユニクロンが叫ぶ。憎悪に、憤怒に、そして最初の敵と同じ存在が、ついに自分のもとへ辿り着いた、僅かばかりの歓喜に。

 姿を変えたホットロッド、ロディマス・プライムはそれに向けてマトリクスを掲げた。

 

「マトリクスよ、さあ闇に光を照らしてくれ……!」

 

 そして光が……透き通るような青い光が、全てを包み込んだ……。


Report Page