【解説】 従来の形は打ち砕かれた、未来は雑然として危険だ=ボウエンBBC国際編集長

ジェレミー・ボウエン、BBC国際編集長

Jeremy Bowen

10月7日に始まった戦争が終わる時、その先には未来という名の大きい未知の空間が広がる。かつて「現状」として続いていた形は危険で苦しいものだった。特に、イスラエル占領下で暮らすパレスチナ人にとって。しかし、それでも「現状」はおなじみの形をしていた。それが10月7日に、粉々に砕かれた。ハマスの攻撃によって。そして、イスラエルの反撃によって。

戦争の衝撃は、変化を加速させることがある。古い考え方を一掃し、より良い未来のための難しい選択を強制することもある。あるいは、指導者や市民が防御態勢を強め、次の戦いに備えることもある。

ヨルダン川と地中海の間のごく小さな、そして大勢が求める貴重極まりない土地の支配権をめぐり、ユダヤ人とアラブ人はもう1世紀以上、対立を続けてきた。時には戦争することもあった。

今後の展開について最も確率が高く、最も悲しい見通しは、この紛争は形を変えて続くというものかもしれない。なぜなら1948年にイスラエルが独立を勝ち取って以来、中東で起きたすべての戦争がそういう結果に至ったので。

しかし、ほかの可能性もある。現状のまっただなかにいる当事者たちは何と言っているのか、いくつか紹介する。

ベンヤミン・ネタニヤフ首相

イスラエル首相の国内の政敵は、ハマスが10月7日の攻撃を実行できたのはイスラエル治安・情報当局の失態によるもので、それは首相の責任だと糾弾している。そして、首相を批判する政敵たちに言わせると、首相の計画はただひとつ、権力を握り続け、公判中の汚職事件で有罪にならないようにすることだけだという。

ネタニヤフ氏は、イスラエルの安全を守れるのは自分だけだと、「安全保障のネタニヤフ」を自認することで、政治家としてのキャリアを築いてきた。

しかし、ただでさえイスラエル国内の政争でひどく傷ついていたそのブランドは、ハマスによって砕かれてしまった。

イスラエルの首相は、戦争が終わった翌日にどうするのか何か計画しているとしても、その内容を明らかにしていない

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画像説明, イスラエルの首相は、戦争が終わった翌日にどうするのか何か計画しているとしても、その内容を明らかにしていない

イスラエルが勝利を宣言できると仮定して、戦後どうなるかについてネタニヤフ氏が繰り返す漠然とした内容は、いずれもガザ占領の継続を指している。イスラエル政府関係者は、ガザとの境界全域に沿って緩衝地帯を設ける相談をしているらしいが、詳細は明らかになっていない。

仮に、戦後の平和維持活動に協力しようという外国勢がいるとして、ネタニヤフ氏はその参加を拒否している。ヨルダンのアイマン・サファディ外相はすでに、イスラエルが「散らかした」後をアラブ諸国が「掃除」するつもりはないと述べている。

「アラブの軍隊はガザに行かない。一切。我々が敵視される事態があってはならない」と、サファディ氏は述べた。

ネタニヤフ氏はさらに、ハマスの代わりにマフムード・アッバス議長が先頭に立つパレスチナ自治政府がガザ地区を統治するというジョー・バイデン米大統領の提案も、一蹴している。パレスチナ自治政府はイスラエルを承認し、安全保障で協力関係にあるが、それでも自治政府は信用できない、テロを支援しているとネタニヤフ氏は批判する。

ジョー・バイデン大統領

バイデン氏はネタニヤフ氏とはかなり異なる、将来ビジョンを持っている。バイデン氏は今なお、イスラエルに軍事、外交、そして感情の面で、相当の支援を提供し続けている。イスラエルを訪れ、人質の家族を抱きしめ、国連代表団には安全保障理事会で拒否権を使い、停戦決議案を阻止するよう指示している。バイデン氏はガザの近くに空母打撃群を二つ派遣し、大量の武器をイスラエルに送っている。

それと引き換えにバイデン大統領は、何らかの中東和平交渉の復活をイスラエルに求めている。いずれ独立したパレスチナ国家がイスラエルと共存する取り決めにイスラエルが同意し、いずれパレスチナ自治政府がガザ地区を統治する状態を、バイデン氏は望んでいる。

パレスチナ自治政府のアッバス議長も同じ意見だ。10月7日以降、ほとんど脇で傍観するだけの存在だったが、最近珍しくインタビューに応じた。議長はロイター通信に対して、戦争が終わった時点で和平会議を開き、パレスチナ国家の樹立につながる政治的解決を取りまとめるべきだと述べた。

バイデン大統領は中東和平交渉の復活を求めている

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この「二国家解決案」は1990年代初頭以来、アメリカとその西側同盟諸国が公式に目標としてきたものだ。実現へ向けた長年の交渉は失敗した。和平交渉が破綻して以来ここ25年近くの間、「二国家解決案」という用語は空っぽのスローガンでしかなかった。しかし、バイデン氏は紛争終結につながるのは政治的解決だと、正しく主張し、二国家解決案の復活を目指している。

バイデン氏は12月初め、カマラ・ハリス副大統領をドバイに派遣した。そこで副大統領は、戦争終結の翌日にガザで何が不可欠か、アメリカにとっての譲れない一線を明示した。

ハリス副大統領は、五つの原則を示した。

「強制移住は認めない。再占領も、包囲も、領土の削減も、ガザをテロ活動の土台として利用することも認めない」

「パレスチナ自治政府のもとで、ガザ地区とヨルダン川西岸地区がひとつになることを希望する。その作業において、パレスチナ人の意見と希望が中心的な役割を果たさなくてはならない」

首相としても、在野でも、ネタニヤフ氏は一貫して、パレスチナ独立を妨害するために懸命に努力してきた。その考えを変えるつもりはないだろう。もし二国家解決案を復活できるとしても、彼が首相の間は、それはあり得ない。

シムチャ・ロトマン議員

シムチャ・ロトマン氏はイスラエルの極右、宗教シオニスト党選出の有力代議士だ。私は最近、イスラエル議会で彼に取材した。ネタニヤフ政権にはロトマン氏の政党をはじめ、強硬ナショナリストの支持が欠かせない。そして、イスラエルのナショナリストたちの力は、1967年に制圧した土地にイスラエル人を入植させようという運動の勢いから生じている。1967年の戦争に勝利した瞬間から、新しく占領したパレスチナの領土まで、シオニスト事業を拡張しようと、一部のイスラエル人は決意したのだ。そのパレスチナの領土に含まれるのが、東エルサレムを含むヨルダン川西岸地区と、ガザ地区だ。

1967年以来、イスラエルのナショナリストたちは大いに成果を上げてきた。イスラエル軍が2000年にガザから撤退した際には、ガザの入植地からは引き上げざるを得なかったが。そして今では、東エルサレムを含む占領下のヨルダン川西岸に、約70万人のユダヤ系イスラエル人が住んでいる。入植イスラエル人の指導者たちは、現内閣にも参加している。占領地への入植事業は、イスラエル政治の中心的テーマなのだ。

シムチャ・ロトマン氏は、ネタニヤフ政権を支持する極右・宗教シオニスト党の有力議員

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イスラエルがハマスと戦い、今度こそハマスを徹底的に壊滅させると誓っている現状を、ユダヤ・ナショナリストたちは自分たちにとって1967年以来最大のチャンスととらえている。イスラエルは当時の第三次中東戦争で、敵対するアラブ諸国をわずか6日間で倒した。

10月7日以来、ヨルダン川西岸地区では武装した入植者が、イスラエル兵や警察の協力を得て、パレスチナ人の農家によるオリーブの収穫や畑作業を妨害している。入植者は違法に道路を敷設し、点在する入植拠点を統合して強化しようとしている。こうした入植拠点の設置は、国際法だけでなくイスラエルの国内法でさえ禁止されているのだが。そして、西岸地区のあちこちでは、ガザから撤退させられたイスラエル人入植者を、ガザに戻らせろと要求するポスターが貼られている。

動画説明, イスラエル入植者がライフルでパレスチナ人を脅す ヨルダン川西岸、学校は破壊され

入植者はパレスチナ人を殺し、パレスチナ人の家を襲撃している。ヘブロン近くでは、男たちが夜中にブルドーザーと共にキルベト・ザヌタという小さい村を襲い、破壊した。村に住むパレスチナ人200人はこれ以前に、武装した入植者にさんざん脅され、村を後にしていた。

国際法は、他者の領土を占領した側は、奪った土地に自国民を入植させてはならないと定めている。しかしイスラエルは、国際法は該当しないと言う。

「『占領』という言葉は不適切です」。イスラエル議会内で取材した際、ロトマン議員は私にこう言った。

「自分の土地を占領することなどできない。イスラエルは、イスラエルの占領者ではありません。そこはイスラエルの土地なので」

ロトマン議員をはじめ他のユダヤ国家主義者にとって、ガザ地区もまたイスラエルの土地の一部なのだ。

「イスラエルの土地で我々の安全保障を担当するのは、イスラエル国防軍のみ。そういう状態を確保しなくてはならない。名前がなんだろうと、テロ組織の存在は許されない。ハマスだろうが、ファタハだろうが。どちらでも一緒だ。テロ組織が私たちの暮らしを支配することは、許されない」

ムスタファ・バルグーティ党首

もし10月7日戦争が終わった後にパレスチナで選挙があるならば、ムスタファ・バルグーティ氏はおそらく自治政府議長を目指すだろう。現在は、パレスチナの政党「パレスチナ国民イニシアチブ」の事務総長だ。ハマスのイスラム過激主義や、アッバス議長が率いるファタハとも一線を画す、パレスチナ政治における第三極を目指している(パレスチナ国民イニシアチブは、ファタハを、汚職まみれで無能だとみている)。バルグーティ氏は、占領に抵抗するのは正当で合法だと考えているが、抵抗の手段は非暴力であってほしいと望んでいる。

ヨルダン川西岸地区ラマラにある事務所で、バルグーティ氏は私の取材に応じた。イスラエルは現在の戦争を使ってハマスを押しつぶそうとするだけでなく、パレスチナの独立と自由という発想そのものを押しつぶそうとしているのだと、同氏は述べた。多くのパレスチナ人と同様、バルグーティ氏も今の事態を、1948年の厳しい再来だと捉えている。1948年の第一次中東戦争でイスラエルは独立を勝ち取り、70万人以上のパレスチナ人が住んでいた土地を逃れるか、あるいは銃を突きつけられて強制的に追い立てられた。パレスチナ人が追われた土地が、イスラエル国家となり、パレスチナ人はこの経験を「アル・ナクバ(大惨事)」と呼ぶ。イスラエルは同じことを繰り返したいのだと、パレスチナ人の多くは考えている。

バルグーティ氏は、パレスチナの政党「パレスチナ国民イニシアチブ」の事務総長

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画像説明, バルグーティ氏は、パレスチナの政党「パレスチナ国民イニシアチブ」の事務総長

「(イスラエルの)主な目標は最初から、ガザの民族浄化だったと、私は100%確信している。ガザを完全に民族浄化し、住民をエジプトへ追い出そうとしているのだ。ひどい戦争犯罪だ。そして、それに成功すれば、次の目標は西岸の民族浄化だろう。大勢を、(ガザから追い出したパレスチナ人と)一緒にしようとすると思う」

「もしガザに住む全員の民族浄化ができなければ、ネタニヤフの第二案は、ガザ市とガザ北部を完全にイスラエルに併合し、イスラエルの警備下にあると宣言するはずだ」

もしもイスラエル軍がガザに長期駐留するようになれば、イスラエルはひどい目に遭うはずだと、バルグーティ氏は警告する。

「イスラエルは前にもそれをやって、うまくいかなかった。そして、占領すれば抵抗されるし、イスラエルは抵抗に耐えられない。だからこそネタニヤフの本当の目標は、民族浄化なのだ。住民のいないガザを軍事支配しようとしている。住民のいるガザは制御不能だと、ネタニヤフはよく承知しているので」

ガザは民主国家パレスチナの一部になるべきだと、バルグーティ氏は考える。

「我々パレスチナ人は、大人だ。誰かの保護など、まったく必要としていない。そして自分たちをどう統治すべきか、どこか別の国に言われる必要などない」

目下の危機は、今後さらに紆余曲折(うよきょくせつ)が続きそうだ。国連安全保障理事会で、最新の停戦決議案をアメリカが拒否権で阻止したことで、イスラエルは戦争を続ける時間をさらに確保した。しかしその追加時間は無限ではないし、バイデン氏がイスラエル支持を続ければ、来年のアメリカ大統領選に影響するだろう。与党・民主党内の有力勢力からも、バイデン政権の対応に反対する声が出ているし、バイデン氏が必要とする若い有権者も批判的だ。バイデン政権はすでに、イスラエルに民間人の命を守り戦争法を尊重するよう何度もイスラエルに要請しているにもかかわらず、イスラエルがそれを無視し続けていることを、非常に気にしている。

イスラエルは、ネタニヤフ氏が約束した圧勝の実現に苦労するかもしれない。首相が設定した勝利の目標値は高い。ハマスを武装勢力として破壊するだけでなく、その統治能力も破壊しようというのだから。アメリカに補強された強大なイスラエル軍は、ハマスの戦闘力をいまだに破壊できていない。イスラム・ナショナリズムを掲げるハマスの信条は、多くのパレスチナ人の意識の中にに刻まれている。銃は概念を殺さず、むしろ強化する。

未来は雑然として、そして危険だ。ガザでの戦争は、決してすっきりとは終わらない。