慟哭Ⅰ :ジャマトグランプリ(ChapterⅠ)
名無しの気ぶり🦊『ジャマトグランプリ開幕。ジャマトが理想の世界を叶えるため人類とウマ娘と戦うゲームよ。ジャマトが人間・ウマ娘にとって代わり幸福を手にするときが来たというわけね…』
『究竟…最後まで勝ち残りジャマ神となるのは誰なのかしら、ジャマト?ミッチー? それとも…?』
かつてツムリとスイープが担当していたオーディエンスに向けたナレーションを現在のところ担当しているのはクラウン。
明らかに人類に向けられたものでないゲームの説明の大半を担うことに後ろめたさはもちろんありつつ、中途半端は好まない彼女らしい徹底したジャマトの仲間のような振る舞いがそこにはあった。
「ようこそ、ジャマトグランプリへ。私が、ゲームマスターのベロバよ」
開幕の狼煙となったデザイアグランプリのプレイヤー・サポーター・サブサポーター・サポートサポーター・ジャマトによる大乱戦から数日、ついにジャマトグランプリは開幕した。
まぁ当然ながらベロバがゲームマスター、ヴィジョンドライバー持っているのは彼女だけ。
続々集合してくるジャマトグランプリの参加者達ことジャマト達。その前で愉快そうに名乗りを上げた。
「ベロバとやり合ったらしいな」
「もちろんですとも、浮世トレーナー!…ただ」
「…ああ。結局、ドライバーは取り返し損ねたけどね」
その頃ジーンのオーディエンスルームでは昨日の大乱戦について英寿が問う形で簡単な振り返りが行われていた。英寿も参加していたとはいえ、サポーター・サブサポーター・サポートサポーターによる戦闘のほうには混ざっていなかったので他人行儀というわけである。
「クラちゃんも吾妻トレーナーもリッキーさんも五十鈴先生も、誰も、連れ戻せなくって…ッ!」
「気持ちは分かるがあんま自分を責めるなよ、キタ。あの大混戦、ベロバが健在だったことも含めて生き延びられただけでも十分だ」
けれどジーンもデジタルも、なんならキタサン本人もこう言ったように結果的に均衡した戦闘が繰り広げられたゆえか向こうにいるメンバーの誰かを強引にでも連れ戻すことはもちろん、ヴィジョンドライバーの奪還もはたして叶わず、ゆえにキタサンを自分を悔いていた。
けれど英寿からしてみればあの戦いを生き残れただけで十分儲け物と言えた。
「逃げの本質はずっと自分のペースを維持し続けること、自分を見失わないこと…だろ?」
負けなければ、死ななければ、何より自分を見失わなければいつだって再起の目はある。
どんな個人的な想いも綺麗事も果たされる可能性は残り続ける。
逃げの脚質でアスリートとして戦うウマ娘にも通じる理屈。
英寿はそう信じていたし、キタサンにもそれは狂いなく当てはまるだろうと疑っていなかった。
「トレーナーさん…! そうですね、次が間違いなくある今、そこでどうにかすることを考えなきゃですね!」
(あたしらしくもない、ずっとくよくよするなんて!)
それを聞けば今回のことに強い責任を感じてしまっていたキタサンの胸のうちにまた熱い何かが灯ることは容易で。
折れても立ち上がるを何回だって何度だって繰り返せる。七転び八起き精神でなんだかんだで最後には次を見据えていられるのがキタサンブラックというウマ娘の強みだった。
(あァ〜〜〜ッ、たまらんッ!!)
それを見るデジタルもまた尊いやり取りを受け勝手に落ち込んだ気持ちにプラスの力をチャージできていた。
「にしてもふざけた連中だな。ジャマトグランプリなんて どうせ口先だけのもんだろ。世界を創り変える力も無いのに」
「うーん、あたしが思うにその力自体を…」
「ああ、その力を手に入れるのも計画の内なんだろ」
「ジャマトを競わせて、自分は高みの見物ってわけか」
「いかにも王様気質ですしね、彼女」
実際ジャマトがニラムを倒すなりしてヴィジョンドライバーを手に入れられれば、創世の女神も手に入るわけで。願いを叶えるための力を手に入れること自体が狙いであるという意味では行き当たりばったり感もあり。かろうじて自陣営の誰かの勝利でなんとかなるだろうという見込みが無ければ考えなしと言えるような、チラミのことを笑えないようなアドリブだった。
同等の力を持ってるであろうヴィジョンドライバーを持つベロバが介入せずに、ジャマトと道長だけでニラムを倒せるのかということも含めてだ。
「おめでとう。あなたたちは選ばれしプレーヤーよ」
「こんなプレゼントは渡したくなかったけれど…受け取って、ミッチー」
また場面は変わって同じころ、新たなジャマーガーデン改めジャマト神殿にてベロバとクラウンはエントリーしたジャマトらに鈴を渡していた。
道長にはクラウンから手渡した。
自らの意中の人でトレーナーを人道に悖る行いが容易く許される場所に加害者として送り出すのだから、これぐらいの咎は自分が背負うべきという切なる想いから来る行動だった。
そしてスタート時のプレゼントとしてジャマト達に限っては『フィーバースロットバックル』を受け取る。
「ああーっ!これだけになってしまったが、生き残ったお前たちは大切な大切な私の右腕や左腕だ」
アルキメデルは、焼き払われたジャマトガーデンからなんとか回収でき今や大切な右腕や左腕と称する 2株だけになったジャマトを抱える。
さながらキングとクイーンになるジャマトとでも言えた。
「誰かの大切な者を壊すことによって貯まるスコアを競い合う。ウフフフ…、最高にゾクゾクするゲーム♪」
考案者たるベロバ自ら太鼓判を押すほどシンプルながら人類とウマ娘への悪性に満ちたゲーム、思わず興奮してしまうほど。
「…見事ラスボスを倒したとき、もっともスコアが高かったものはジャマ神となり、不幸の世界を叶えられるわ」
(初回から悪辣なゲームだわ、全く!)
共に説明を行うクラウンからすれば堪ったものではないゲームだが、役職こそ人類とウマ娘の敵と言えるジャマトグランプリナビゲーターである以上表立ってそんなことは言えない。
(うふふ、案の定クラウンのやつのストレスが溜まってるわあ、たまんないッ♪)
それによりストレスが溜まることを理解しているからこそベロバはクラウンに説明させている部分がある
ちなみにスコアに関してはちゃんと得点表も用意してある。
人生1000点、家500点、夢300点、健康200点。
こういった大切なものを壊してFUKOゲージを溜めていく。
家族とか友人などを壊しても何もないのは、ベロバなりに死人が出ないように最低限の配慮はしているから。
「世界を創り変える力なんてないだろう?」
「どうせ手に入るわ。ううん、ミッチーが手に入れてくれるんじゃない?ラスボスを倒してヴィジョンドライバーを奪ってね♪」
そして道長は創世の女神が持つ力があるのかどうかということについて未だ懐疑的であり、けれどその迷いを断ち切るかのようにベロバは少し遠回しに存在するぞと告げた。
「該没有変(前回から変わってない)、このゲームの本質はずっとそこなのよね、はあ…」
「あはは、あんたらしくもなくテンションが乱れてるじゃないクラウン? いい気味だわ♪」
(今に見てなさい、ベロバ…!)
ラスボスに設定されたニラムを倒すことも含めて人間を不幸にすればするほど上に行けるのがこのジャマトグランプリ。
だからこそクラウンの性には本来合うわけがないし、先程も述べたようにベロバとしてはそれが願ったり叶ったりなのである。
肝心で損な役回りは自分が好きな人間と嫌いな人間にやらせるのがベロバ流だった。
「気に入ってくれた? 私のコーディネート」
「クラウン共々合うコーデはすぐ見抜けるのよねえ、私♪」
(こんな状況、できればベロバじゃなく私がミッチーに選んであげたかったわ…)
ちなみに道長はベロバが あつらえたらしいコスチュームに着替え終わっている。
まぁ正しくは着替えたというより、デザグラで言うデザイアマネーで買った服装に変更というようなことをゲームマスター権限で強制的にやった感じである。
自分が道長の戦装束とでもいうべきコーデを担当したかったクラウンとしては、合っているけれど素直に認めたくない気持ちに襲われていた。
「お前は…」
「全ての仮面ライダーが不幸になる世界を」
そんな彼女の気持ちをさらに逆撫でするような出来事が目の前で発生した。
「…」
(…これも含めて、ベロバのやること為すこと内心じゃほんと気に入らないわ)
ベロバの元を二人して離れた直後、その前にデザイアグランプリで消滅したはずの親友・透に擬態したジャマトが現れたのだから。
ジャマトが擬態機能を持つならベロバのこと、いつかはこういう悪趣味なことをやってくるに違いないと踏んでいた。それゆえに気に入らない。
「道長、お前は何処に向かっている?」
「もう後には引き下がれない。仮面ライダーを全てぶっ潰す」
「?」
(何だ…?)
流暢で快活に見えて、その実淡白で機械的。
今井透という吾妻道長の親友な青年の上っ面だけだけをエミュレートしたような違和感。
その正体を知らずに咄嗟に返答した道長だが漠然とした違和感を覚えた。
「そうだな。力を合わせて叶えようぜ」
「? 何言ってんだ?お前はもう…」
(こいつ…ジャマトの擬態だな)
そしてそれは続き、ならば道長も目の前の彼はジャマトの擬態なのだとすぐさま理解するのは容易かった。
「すべての仮面ライダーが不幸になる世界を。 ハハハッ♪」
「…」
ゆえに死んでいるとでも言いかける道長に、透(仮)はジャマトとしての姿を現す。退場者の記憶と容姿を持ったナイトジャマトの姿がそこにはあった。
そう、詳しく話せばナイトジャマトの新しい個体が透に擬態しただけだった
素の性格は元の透とはまったくの別物。
ワームやロイミュードみたいなものである。
その姿の本人が死んでから 今の人格が生じているという意味ではファントムにも近い。
「まさか私が育成した子が吾妻トレーナーの亡くなったお友達に擬態するなんて…うう、良くない氣が辺りを渦巻いてて、なんかコパッと申し訳ないことしちゃったような気分だよぅ…」
ちなみにこのナイトはリッキーが初めて育成したジャマトだったりするのである。
なのでまあ、まさか自分の知り合いのトレーナーのかつての友人に擬態するなんてことに使われた日には申し訳なさでいっぱいだった。
「まあまあ、でも興味深い進化だよね。 人間の姿かたちに擬態するだけじゃなく、記憶や知恵も身につけ始めてる。
そのうち吾妻道長の親友そのものに なったりして」
そんなふうに状況を楽しむ大智の手には、ひび割れた青いIDコア。
透の、つまりトゲッチのIDコアである。
この中に眠る透の記憶を学習し此度のナイトは透に擬態したということに他ならない。
「お前らはジャマトグランプリにエントリーしないのか?」
「ああいえミッチー、ナビゲーターな私はともかく二人は明確な理由があるから参戦できないのよ」
「というと、何だ?」
それを聞いた道長が思ったのは、この場にいる現代人の中で参戦するのははたして自分だけなのかということ。
仮にクラウンが参戦するならそれとなく互いをカバーし合えるわけで、するとどうやら当たりだったようで。
ただ大智とリッキーは参戦できないし、その確たる理由(わけ)もあった。
「参戦したいのはやまやまだけど、僕とコパノさんはジャマトじゃないから。 半分なりかけてるバッファやジャマグラのナビゲーターなクラウンさん、君達とは違ってね」
ジャマトグランプリという番組タイトルの通り、この番組に戦闘要員として参加できるのは純粋なジャマトかジャマトの力をその身に宿す者、そしてゲームマスターとナビゲーターのみ。
そのどれでもない大智とリッキーは参戦資格が端から無いということなのだ。
「私もそうだし、何より私は風水の知識を活かしたジャマトちゃん達の育成があるからね☆」
(このおかげでかろうじて参戦せずにすんでるのがありがたいなんて言えないよね…)
加えてリッキーに関してはジャマトの育成に携わりだしたばかり。なのでその意味でも参戦は難しく、けれど人間やウマ娘を襲うことに抵抗感がそれなりにあるリッキーとしては、そのことへのありがたさと非道を見て見ぬふりをすることへの申し訳なさが強くあった。
「…」
(リッキーさん…気持ちは察するわ)
似た気持ちを抱くクラウンとしてはその心情を察するのは容易かった。
「ふん、まあいい。デザ神だろうとジャマ神だろうと、どっちだっていい。 叶えてやるよ、理想の世界を!」
(ミッチー…)
この復讐に駆られる自らの想い人でトレーナーを救う手立てはないものか。クラウンは最近道長を見るたびにそんなことが頭に浮かんでは胸の奥にしまい込んでいた。
理想の世界が叶ったとして救われない感じが目に見えているのだから。