横須賀聖杯戦争⑩
「──む?」
「あら」
時刻は深夜、横須賀のとある浜辺にて。
セイバーとアサシン。向かい合う二騎の交錯、その最中に──
──いつの間にやら、黒い匣が降って湧いたかのように置かれていた。
「──【खुला 】」
遠くの何処かで呪文(ことば)が紡がれ、鎖された匣がほどけて消える。
「──っ! 今のは!! 当世の呪(まじな)いに成せる事象ではないぞ…………」
「厭な魔力の感触やね。なんや大陸におった時に味おうた気が──」
セイバーとアサシン、共に神秘の色濃き時代を生きた二人が目の前の事象に多大な警戒を示す。
その鎖された匣が開かれた時、その場に現れたのは──
「■■■■■■──!!」
半人半機の狂戦士。
中華に名高い荒ぶる大将軍が、その場に舞い降りた。
「──さて。手札を一枚切ることになりましたか。まあ失って困るカードというわけでもありませんしね。どうせ操ることもままならない、どころかいつこちらに刃を向けてくるかわからない正真正銘のバーサーカーですから。ま、それは主従関係がそもそも成立してない現状を考えればどのサーヴァントでも変わりませんか。あのルーラーとは話が違う…………ここで使いづらい手札を切ることで盤面を回せるなら、よしとしましょう」
辰巳砂がぶつくさと呟きながらに深夜の横須賀の町を歩く。
「セイバーとアサシンの二騎は両方ともこの日本の英霊と見て間違いないでしょうが…………何、あのバーサーカーもこと知名度ではそうそう劣らない。なんといっても三国志に名高き飛将軍だ。素の実力を考慮しても悪い勝負にはならないでしょう──と。そろそろ我々もある程度連携を取らないといけないでしょうね」
そこで辰巳砂は自らが契約するサーヴァントと連絡を取ることにした。といってもあのサーヴァントは魔力経路としても要石としてもマスターなど必要としない。
この場合の契約というのは魔術的なものではなく、極めて現実的な──ビジネスパートナーとしてのものと言っていいかもしれなかった。
それ故か取り出したのはなんと──ありふれたスマートフォン。
どうやら辰巳砂はそれを使ってサーヴァントと連絡を取るつもりらしかった。
「もしもし──ランサー。戦況が動き出しました。そろそろあなたも表に出てくる頃合いかもしれませんよ。あなたの愉しみを見逃したくないというのなら…………ん? ランサー? 何やら物凄く背後がうるさいんですが。今どこにいるんですかあなたは──はあ? ライブハウスぅ?」
「■■■■■■──!!!!」
夜闇を劈く爆音めいた咆哮が轟き響き渡る。
「うるっさ…………! アサシン、貴様の知り合いか?」
「こんな喧しい知り合いなんかおらんよ。まあ、荒くれ豪傑は嫌いやないけど」
突如として浜辺に降り立った巨躯を前に目を丸くするセイバーと、その気迫を目にして呑気に口笛を吹くアサシン。
「────」
そして当のバーサーカーは他のサーヴァント二騎を目視し──途端に跳躍し踊りかかった。
「■■■■──!!」
「いきなり、か! その狂騒ぶり、バーサーカーのサーヴァントと見て相違無いな!」
空中にてバーサーカーが大上段に構えた武具──戟と呼ばれるそれをセイバーに向かって叩き込む。
セイバーはそれを両手に構えた剣で正面から受け止めた。
「ぐっっっ──!」
「■■■■■■──!!!!」
セイバーをして圧殺されかねない程の圧倒的膂力。だが狂戦士を前にして真っ向からの力勝負を挑むほどセイバーは浅慮でもない。
「──【水拘】!」
自らの足元へと水溜まりを広げて敵の行動を阻害する技。ましてはこの場は浜辺である。水と砂が混じり合って泥となり、拘束性はより高まることとなった。
泥化した砂浜の中へとじわじわとバーサーカーの巨体が沈んでいく。
すかさずセイバーは態勢が崩れたバーサーカーの戟を弾き、剣を構え直す。
「そなたもまた一騎当千の強者と見た! 全力でいくぞ!」
セイバーの剣が真の姿を現し、バーサーカーへと向かってその威をぶつけんとする──
「■■■■■■──!!!!」
それより早く、咆哮と共にバーサーカーから雷を纏った熱波が放たれる。セイバーが作った水溜まりごとバーサーカーの周囲が吹き飛び、霧散した。
「■■■■──!!」
それと同時にバーサーカーは弓を構え、奥義を放たんとするセイバーへと剛箭を浴びせる。
「──チッ。貴殿も高熱を発するか。アサシンといい、どうも水神の使い勝手が悪いな。…………『焼津』を抜くべきか?」
放たれた矢を躱しつつも思わず愚痴るセイバー。
多少の水は瞬時に蒸発させるほどの熱波を纏う強敵、それが二騎同時となれば流石に手を焼かずにはいられない。
そこでもう一人の難敵であるアサシンの元へと意識を向け──
──ようとしたところで、アサシンの気配が消え失せている事に気づいた。
「何っ…………!?」
「■■■■■■──!!」
「くっ!」
バーサーカーが振るう片刃の大剣を捌きつつ、改めてアサシンの気配を探るが、やはりそれは既に姿を消していた。
(乱入を受けて撤退したのか? それならまずこちらのバーサーカーに集中すればよいのだが──先刻のように奇襲を狙っているのも大いに有り得る。面倒だ、な…………)
そこでセイバーは思い至る。
今最も懸念せねばならない可能性。
自身が守らなければならないもの。
そして、アサシンのサーヴァントの本領。
(まさか)
自身が守るべき二人の少女の姿が脳裏に浮かび──歯軋りと共に思わずセイバーは叫んだ。
「アサシンっ!!──
「──はい、呼んだ?」
その焦燥と逡巡。
それこそがアサシンの待ち望んでいたものだった。
気配遮断を駆使した奇襲。バーサーカーの猛攻。セイバーの焦りが生んだ刹那の隙。
それを狙ったアサシンの凶手がセイバーに迫り──
「ッッッ! 舐、めるなあっ!!」
人の域を遥かに越えた反応速度にて、セイバーは突きこまれたアサシンの腕を切り飛ばした。
だけに留まらず。
セイバーは逆手に剣を持ち替え、そのまま背後のアサシンへと突き立てた。
「ゴッ、はっ…………!」
アサシンのか細い体躯の中心をセイバーの剣が刺し貫く。
「ゲぼっ…………ホンマ、かいな。ったく埓外にも程があるっちゅうの…………!」
血反吐と共に思わず毒吐くアサシン。
だが。
「それでも、一手、こっちが上や」
上空へと斬り飛ばされたアサシンの腕。
そこにまだ宿ったままの魔力が、熱となって放出。
セイバーへ向かって射出された。
「くっ!?」
それにさえセイバーは反応するが、アサシンを串刺しにした現状、全身を動かすことなど叶わない。必然、余った片腕で飛来するアサシンの腕を防御する事となる。
そして。アサシンの腕が。セイバーの腕に。触れた。
「アハッ──」
口が裂けたかのような狂気的な笑みを浮かべ。
アサシンはその真名を告げる。
「──【百花繚乱・我愛称】」