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メンバー紹介VOL.14 ファンベースカンパニー設立の立役者 池田寛人さん

こんにちは!
ファンベースカンパニーの田口彩人(ゴードン)です!
今回もファンベースカンパニーってどんな人たちがいるの?という弊社の「中の人」をガンガン紹介していっちゃうこのシリーズをお届けします。

第14弾は、ファンベースカンパニーの取締役「いけぴー」こと、池田寛人さんです!

池田さんはファンベースカンパニー設立の立役者。というのも、彼がさとなおさんの著書「ファンベース」を読み、感銘を受け、連絡をとったことが、会社設立につながったのですから。

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(写真左が本日の主役いけぴー、真ん中が津田社長、右がさとなお会長のスリーショット)

別の取材で、ファンベースカンパニーを立ち上げた経緯や想いは語ってくれていますので。

※この白とっくり姿はいつまでも社内でイジられています。笑

今回はお互いの共通点である小1から習っていたサッカーの話から「ファンベース」につながる点や今後の想いについて、色々とお伺いしてみました!

池田 寛人(いけだ ひろと)さん
●1984年生まれ(記事トップの画像は3歳頃とのこと)
●趣味:日本酒、キャンプ、読書
●前職:野村ホールディングス 金融イノベーション推進支援室
●ニックネーム:いけぴー

ゴ)インタビューよろしくお願いします!生まれは多摩のほうでしたっけ?

いけ)そうですね。東京都内ではありますけど、比較的自然豊かなところで育ちましたねー。

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(幼少期のいけぴー)

ゴ)今日は我々2人の共通ネタであるサッカーの話からしましょうか!サッカーいつから始めたんですか?

いけ)小1ですね。ちょうどJリーグ開幕が小学校入学のときだったので、カズに憧れてサッカー始めましたね

ゴ)そうですよねー、Jリーグ。カズはみんなの憧れでしたよね。私は池田さんの1つ下だから、年長の時にJリーグを国立競技場に見に行ったことをきっかけにサッカー始めましたもん。

池田さんは地元小学校のサッカークラブで習い始めたんですか?

いけ)そう。最初は地元の小学校チームに所属してたんだけど、地域で優勝できなくて。まぁ群を抜いて強いチームが1つあって、いつも優勝してて。

ただ嬉しかったのが3年生の時にそのチームと試合した後、相手の監督から「君、上手いね」って言われたことがあって。で、その言葉で調子に乗って、その後、その強いチームに移ったんだよね。

ゴ)小3で移籍?聞いたことない。笑 そんなことあります? 

いけ)そう。笑 親に「あっちのチームが良い」って言って移りましたねー。で移ってから、小さい町ではありますが、市の大会ではずっと優勝してましたね。

ゴ)それは移籍成功だ! その後、中学校は部活ですか?

いけ)いや、Jリーグのプロチーム「町田ゼルビア」の前身となるクラブに所属していました。今思うと地元ではそれなりの名門チームで、同期にU-15日本代表がいましたし、クラブ出身者にも日本代表でワールドカップにも出場している方々が何人かいますね。

ゴ)すごい!

いけ)でも、自分にとってはあまり良い思い出ではなく、むしろ中学3年の時期が初めての挫折経験でしたね。2年生のはじめまでは試合に出てたんだけど、2年生の夏に鎖骨骨折をして2ヶ月くらい全く練習ができない時期があって。その後復帰したらなかなか感覚が戻らないし、全然動けなくなっちゃって。それで試合にも出れなくなってしまいましたね…。

ゴ)その時は、どんな気持ちだったんですか? 

いけ)そうですねー、中3の時期が人生で一番悔しい記憶かもしれません。ほぼ1試合も出場できなかったので。同年代の同じポジションでU-15日本代表に選ばれた人もいたので、思い返せば自分の実力不足だったんですが、当時は怪我さえしなければ、もっとリハビリに時間を割いていればって毎日悔し泣きしていましたねー。

ゴ)でも、その後もサッカー続けて、プロを目指してたんですよね?

いけ)大学に入った頃はまだプロになりたいと思っていました。でも、2年生の早慶戦である事件をきっかけにプロになるのを諦めましたね。

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(プロ顔負けの迫力でボールを追いかけている様子のいけぴー)

ゴ)事件とは?

いけ)コーナーキックのときにマークした相手が当時大学生Jリーガーで日本代表にも入っていた選手。そこで、ちょこっと身体当たっただけで自分が吹き飛ばされまして。その時にプロ諦めましたねー、生まれ持った身体能力のレベルが違うって。笑

ゴ)それは大事件ですね…。で、プロスポーツ選手を諦めて、就職活動をすることに?

いけ)そう。でも、少し遡るけど大学入学したばっかりの時に、改めて町田がJリーグを目指すから一緒にやらないか?という話をもらって、初めて日本プロスポーツの財政的な実態を知って。

それから少し間が空いて、改めて就職活動をするときに大学の先輩で野村證券に入社している方とそんな話をしていたら「イングランドのプレミアリーグのマンチェスター・ユナイテッドは上場してるよ」という話を教えてもらって、スポーツビジネスやスポーツとファイナンスに興味が湧いたんです。で、野村證券に入社を決めて。
ゼミでまちづくりを学んでいたのもあって、卒論は「スポーツを軸にしたまちづくり」というテーマでドイツを研究しましたね。

ゴ)サッカー少年が金融マンに。でも根っこは、やっぱりサッカー少年ですね。しかもその後、転勤でドイツにも言ってるんですもんねー。

いけ)たまたまですし、仕事では金融のレポートばっかり書いてましたけど。
行ったのはフランクフルトでした。ほかのエンタメが少ないという事情はあるにせよ、老若男女がサッカーを軸に関われるパブや施設があって、横のつながりができていて。ドイツではサッカーが日常の一部でしたね。

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(日常の一部、サッカー観戦を満喫している当時のいけぴー)

ゴ)良いですよねー。日常の一部にスポーツがあるのって。

いけ)やっぱり振り返っても子どもの頃サッカーやっていたのって楽しかったし、幸せだった。

ゴ)楽しかったよなぁ。世界的にはマンチェスター・ユナイテッドのように上場していたり、スポーツバブルみたいなことは言われてますけど、本質的にはみんなで盛り上がれたり、一緒の空気を味わえることが醍醐味ですよね。勝ち負けがある世界ではあるけれど、スタジアムで見るサッカーの雰囲気、良いですよねー。

いけ)そうですよね。でも、その夢や地域の元気を作っているはずのスポーツ選手やスポーツビジネスが経済的に厳しい現実はありますよね。

(そんな思いを熱く語るインタビュー記事もあります)

いけ)今のビジネスや金融の仕組み的には、まだまだ短期的に儲かるものにお金が流れて。だけど、スポーツやそのほかにもアートや地域活動や企業・大学の基礎研究など、中長期的に人々を幸せにするものの価値がちゃんと評価されて、そこにお金が流れるような仕組みをつくっていきたいと思ってますね。

ゴ)中長期的に人々を幸せにするものの価値をちゃんと評価し、お金を流す仕組みをつくりたい。そういう想いがあったから池田さんの中で「ファンベース」につながったんですね!

いけ)そうですね。ファンは中長期的に企業や地域の価値を応援する存在なので、これまでの金融の常識では想定されていない存在で、そのファンの感情に寄り添う「ファンベース」という考えに強く興味を持ちました。特にファンが感じる未来価値が大事ですよね。ちなみに、世界最大の資産運用会社「ブラックロック」って知ってますか?彼らは「今後、地球に悪い事業には投資しない」と宣言しています。

ゴ)SDGsの流れもありますが、企業や地域においても未来価値が今後重要になっていきますよねー。

いけ)まさにお金の流れが変わっていくタイミングだと思っていて、未来価値がある企業なのか。応援される企業なのか。それが企業の競争力の源泉になるし、もちろん資金も集めやすくなる。そのような流れの中で、未来価値の高い文化やスポーツ・まちづくりとかの価値が再評価されるはずで、今の金融で支えられていないものを支える仕組みをつくっていけると思っています。それが実現できるのがファンベースであると信じているので、これからもチャレンジしていきたいですね。

―――サッカーの話からファンベースや今後に向けた想いなどを話してくれた池田さん。インタビューを通じて、少年時代から真っすぐな向上心と想いをもって動いているからこそ、このファンベースカンパニーの設立にもつながったんだろうなぁと思いましたし、これから一緒に色々なチャレンジをしていきたいと感じました。

◆ファンベースカンパニーの「中の人」たちは、こちらのマガジンで読めます!

次回は7/20付近に公開予定です!お楽しみに!


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