横須賀聖杯戦争②
「さあて、と。右も左もわからねえ状況だが──ははっ、敵はハッキリしてんなあ。おっと自己紹介は別にいらねえぜ。んなもん知らなくても殺し合いは出来るからな」
「あらあら、随分と話の早い子やねえ。まあそんならうちも拒む理由はあらへんけど」
相対する剣の英霊と暗殺の英霊。両者共にその顔には笑みが浮かんでいる。
その背後では一般人の少年が、呆気にとられてその様子を見つめている──
「ちょっとあんた、おい!」
「うわ。な、なんだよいきなり」
「いきなりはこっちの台詞よ! ちょっと、取り敢えず手を見せなさい、両手!」
激しい剣幕で詰め寄ってくる少女に引きながらも強引に両の手を掴まれる少年。
「〜〜〜っ、やっぱり! 令呪が出てる!」
「あれ? なんだこの模様。ボディシールなんて貼った覚えねえぞ」
「そっちのシールじゃないわよバカ! ああもう、あのアサシンのマスターといい、なんでこうも素人が何人も参戦してるのよ…………!」
「いや意味わかんねえって何でキレられてんだよおれ」
「意味わかってないからキレてるに決まってるでしょ!」
「…………なるほど」
そんなやり取りを尻目に、セイバーとアサシンは衝突する。
「お、らあっ!」
「あははっ!」
セイバーの手にした棍とアサシンの爪が衝突する。
「あ? んだよあの妙な剣は使わねえのか?」
「ふふ、剣使うのはあんたの領分やろ? セイバーはん。残る一騎は剣の英霊やて耳に挟んどったからねえ。お株を奪うのは無粋かなぁ思て」
「そりゃーお気遣い、どうもっと!」
熾烈な打ち合いが加速する中、それでも徐々に優劣は現れてきた。
「ぐっ…………! こんのっ」
「んふふ。ぼちぼち、言うとこかなあ?」
渾身の力で打ち込まれた棍をアサシン片手で弾き、残った片手でセイバーの手を掴んでそのまま床面へと叩きつける。
「が、はっ…………!」
「ほれ、がんばりや」
間髪入れずに頭蓋を狙って踏みつけられかけるも、即座に横転して難を逃れるセイバー。
勢いのままに足払いをかけ、体勢を崩したアサシンの顔面へと薙ぎ払いを叩き込む──
「っ、てんめ………!」
「ほひいほひい(惜しい惜しい)」
セイバーに打ち込まれた棍をアサシンはその牙で噛みつき受け止めていた。
どころか。
「んんんっ──!」
「んなっ…………!?」
そのまま噛みついた棍を掴んだセイバーごと、頭の力だけであっさりと投げ飛ばしてしまう。
「──とお! なんっつー馬鹿力だよ、相当なレベルの魔性だなありゃあ」
投げ飛ばされた先の壁面でしっかりを受け身を取ったものの、セイバーは驚きとも呆れともつかない表情を浮かべていた。
「最優とされるセイバーでも押される、か…………改めてヤバいわね、あのアサシン」
「んお? お嬢ちゃん、マスターだな。でも魔力経路(パス)の繋がりは感じねえから…………ははあ、じゃあオレのマスターは隣の坊主か」
「坊主って…………見た感じ年は大して変わんねえだろ」
「ははっ! そりゃそうだなー! ったく、我ながらおかしな霊基で喚ばれちまったもんだ。マスターに引っ張られたのか──或いは、他の要因でもあんのかねえ」
言葉を溢しながらもセイバーはアサシンから視線を離さない。
一挙手一投足を見逃せば命取りになるとこの短い応酬の中でも充分に理解していた。
「一応言っとくけど、あのアサシンとんでもない生命力──英霊にこの表現は合わないか。とんでもないしぶとさよ。さっきアーチャーが首を飛ばしてやったのに平気で宝具を撃ってきた。しかもすぐに傷を治してたわ」
「へーえ。そりゃあヤベえな、ははは!。あ、一応訊くけどよ。攻撃そのものが効いてなかったわけじゃあねえんだな? 効いたけど構わず動いて、その後で傷を治したと」
「ええ、そうよ」
「んじゃー不死身や無敵の類じゃなさそうだな。往生際が悪いだけで、殺せば死ぬってことだ。やー良かった良かった」
「良くねえだろ、普通に押されてたくせによ」
「お? 言ってくれんなーマスター! んじゃ、押し返すとこを見せるっきゃねえぜ」
クルクルと棍を片手で回しながらに、セイバーは腰に佩いた剣の柄へともう片方の手をかけた。
「…………何か策があるってことかしら?」
「あ? んなもんねえよ。死ぬ気で生き残るってだけだっつーの。心配しなくたって失敗したら死ぬだけだからよ」
「ダメじゃねーか!」
「確たる勝算が無けりゃ戦わねーのか? そりゃ随分と、窮屈だなあ!」
叫びながらにセイバーはアサシンめがけて駆け出した。
「あぁ…………ええねえ、その貌。ゾクゾクしてまうわあ。もうちょいしたらええ男になりそうなんやけど、なあ!」
再び両者が激突し、激しい火花を散らして踊る。
「クソっ、このままじゃマズいわね…………アーチャー、いける?」
「なんとか。とはいえ情けないことに、まだいくらか痺れが残っていますが…………」
「そう…………判断は貴方に任せるわ。勝機と見たらセイバーを援護してちょうだい。悔しいけど今はそれが最善よ」
「仰せのままに、マスター…………」
アーチャーはその場に膝をついたまま、それでも弓を構え、好機を射抜かんと戦場を見据える。
『あら、アーチャーの旦那が復帰してもうたか。うちの鬼毒はそんなに甘ないけど、あれほどの弓取りなら構わず撃ってくるか…………セイバーもおるしお嬢は今度こそ引かせたほうがよさそうやね──』
そうして一瞬だけ背後のマスターに目を遣り。
「…………もうおらんし。数で負けたと見たら即トンズラかいな。頼もしいゆうかなんというか…………」
今頃は美術館から脱出するところかもしれない。自らのマスターの変わり身の早さにアサシンは内心で舌を巻く。
「余所見かよおっ!」
セイバーが裂帛の気迫で打ち込んで来るが、アサシンそれを容易くいなして見せた。
「ま、それなら気兼ねなくやれるちゅうことやね。面倒やさかい──纏めて蕩かしたろか」
「やってみなあ!」
言いながらもアサシンはセイバーだけではなくその背後のアーチャーへの警戒も解かない。
あの弓兵の腕前は身を以て知っている。手負いといえど決して油断は出来ない。
『とはいえ、あの傷なら万全の時ほどの連射はかなわんやろ。そんなら多少もろても問題はない。また弦で動きを止めに来るかもしれんけどそれも精度と数は落ちてる筈。絡め取りにくる一瞬を熱で跳ね除ければ、後はうちの宝具で弦ごと溶かし流せるわ』
怪力と魔力放出による剛撃を放つと、堪らずセイバーは吹き飛ばされた。
その隙にすかさずアサシンが再びの宝具を開放する。
「【千紫万紅──」
「殺ったぜ」
その刹那。
青い剣士が牙を剥いて、アサシンの眼前で嗤った。
『──しもた』
アサシンは加速する思考の中で自らの失敗を悟る。
その失敗は、アーチャーからの攻撃ないし妨害ばかりを警戒していたところだ。
『吹き飛ばされたセイバーの方を弦で受け止めて、動かして、間合いまで──』
アーチャーは敵であるアサシンを害するのではなく、共闘するセイバーの補助に回ったのだ。
「何、慣れたものですよ──円卓の騎士達は皆我の強い曲者ばかりでしたからね。よく尻拭いに回ったものですハハハ」
その言葉を隣で聞いたアーチャーのマスターが白目を剥いて頭に血管を浮き上がらせていたがそれはさておき──
「──魔剣抜刀」
その刀身はかの英雄の二つ名に恥じぬ光を放ち輝く。
「【裂き断つ死輝の刃(クルージーン・セタンタ)】!」
軌跡を描いて奔るその一閃はアサシンの躯体を逆袈裟に両断せしめた。
「か、は」
「まだですセイバー!」
「わかってるっ、つうのお!」
切り離されたアサシンの身体の上半分を即座にアーチャーが弦で捕縛する。
「細切れにすりゃあ、流石に死ぬよなあっ!?」
叫びと共にセイバーは閃光の剣を続けざまに振るい──
「お。来た来た。凄いなこれ、テレポーテーションというやつだ」
「…………お嬢か」
気付けばアサシンは自らのマスターに背負われていた。
「令呪切ってくれたんやね。そらおおきに」
「礼を言われるようなことじゃない。美術館から脱出したは良いものの、独りだけだと心細くて呼んだだけだ」
「そうかいな」
謙遜や照れ隠しにも聞こえるセリフだが、この言葉には何の装飾もない事をアサシンは知っていた。
明確に他の陣営と敵対、衝突したのは今回が初めてだ。加えて二つの陣営から狙われることとなった。
おそらく掛け値なしの命の危機を生まれて初めて味わって、肝が冷えたので身を守る為に喚んだのだろう。
そこまで考えた所でアサシンは瓢箪の中身を一呷りしてからマスターの背中から降りた。
「えっ。下半身無くなってなかったか」
「治したわ」
「治したってレベルじゃないが。生えてきたのか? 蜥蜴の尻尾じゃあるまいし」
「はあ、やれやれやわ。愉しめたけど、同じくらいに疲れてもうたなあ。今頃向こうさん達も血眼でこっちを探してるとこやろし、しばらくは大人しくしとかなあかんで? お嬢」
「うん、そうだろうな。ではそうしておこうか」
そうしてどこまでも深刻さを感じさせない軽薄な雰囲気のまま、暗殺者の英霊とそのマスターは更けてきた夜の闇へと姿を消した。
「くぁーっ、逃がしちまったか。まあ、令呪を切らせただけでも戦果といえば戦果だが…………」
セイバーは自らの青い髪を掻きながらその身体を翻した。
「悪ぃなマスター、討ち損ねた」
「…………いや、何が何だか」
「みたいだなぁ。ま、その話は後でするとして…………コイツら、どうする」
手にした棍を突きつけた先にいたのは、赤髪の騎士と異国の少女。
「どうする、って…………」
「まあ要するに殺すか否かだな」
「はあっ!?」
素っ頓狂な声を上げる少年に、苦笑を漏らすセイバー。
「訊いただけだろ訊いただけ。そうしろっつーならそうするしそうするなっつーならなんもしねえよ」
「何でそうなるんだよ、殺しとかふざけんな」
「はいよ、了解。…………とのことだが、そっちはどうだい? お二人さんよ」
「ふん、そりゃありがたく見逃してもらうとするわ」
「ははっ、物わかりがいいねえ。話が早いやつは好きだぜ。じゃ、行っちまえよ」
「ええ──行っちまいたいところではあるんだけどもね。こっちにも事情があるのよ。あのアサシンに私のアーチャーが劣るとは思わないけれど、ちょっとこのまま単身であれを向こうに回すのは避けたいの」
「へーえ? それで?」
「そうね、ちょっとそこらでお茶でもしようじゃない。そっちのマスターは右も左もわかってないみたいだし、私から現状についてレッスンしてあげる。おっと、それならサーヴァントにも出来るかもしれないから…………そうね、他の陣営の情報もある程度は教えてあげるわ。それならそっちにも損は無いでしょう?」
「はっはっは! 抜け目ねえのなー! 良いぜ良いぜ。同じ立場の嬢ちゃんの方が教導役としちゃあ向いてるだろ。ってことだマスター、場所移して茶ぁしばこうぜー。出来れば美味い食いもんがあるといい」
「だーっ! 説明しろっての!」
「するために場所を移そうって言ってんのよ、ガキンチョ」
「ガキじゃねえ! てか歳そんな変わんねえだろ見た感じ!」
「はいはい、好きに囀ってなさい…………ほら、行くわよアーチャー。まだ毒は抜けてないだろうし、霊体化しといて──アーチャー?」
そこでマスターは自らのサーヴァントの異変に気づいた。
壁面へと背中を預け、目を伏せたままピクリとも動かない。
「…………アーチャー? 返事しなさい。ちょっと? どうしたのよアーチャー! アー……チャー……」
少女は身動ぎ一つしない自らの騎士へと駆け寄り。
そして──
「ん寝るなああぁぁ!!」
「ぶふぁっ!」
渾身の平手打ちをかました。