クリーク

クリーク


深夜2時。葉歌邸の居間に光と小さな人影が一つ。小さな天才…キャスターはテレビを食い入るように見ていた。

〜♪〜〜♪〜♪

画面に映るのは懐かしの音楽を奏でるオーケストラと、それに会わせて踊る人形。

聖杯戦争に喚ばれたにも関わらず呑気にテレビ鑑賞とは何事か……と憤る者もいようが、キャスターの"新たな物語を識る"という欲求の前にはそんな常識など関係無かった。

「ふむ…良い、実に良い!このテレビとやらを作ったモノに会ったら褒美の一つでもやらねばな!」

そんな訳のわからない事を言いながらリモコンを操作。いくつものチャンネルを回しながら、キャスターは音楽に浸っていた。

…が、ある一つの番組が目に映った時、その指先がピタリと止まった

絢爛豪華たるオーケストラの会場とはかけ離れた、殺伐とした空気が漂う光景。

「……………戦か」

己と戦争は限りなく遠い関係にある、とキャスターは定義している。

物心付く前に死んだ父はザクセンに居座っていたナポレオンの通訳として駆り出されていたらしいが、キャスター本人は戦争というモノに興味も無ければ関わりたくとは一欠片も思わない。…が。

「このサブマシンガンとやらが後世の戦で主となった武器か。ふむ……ここまで殺傷力を高めた物があったとはな」

キャスターが興味津々に見つめるのは、半世紀以上前の戦争を扱ったドキュメント番組だ。

興奮を抑えきれないキャスターは、その解説を真摯な面持ちで聞き、何度も頷いては画面に齧りつく。

……尤も、その番組がキャスターの興味を惹いたのは"戦争"そのものに対してではなく、使用された"武器"についてだったのだが。

「なるほど、引き金を引くだけで眼の前の敵を掃除できると。…気に入った」

キャスターはペンと紙を取り出して。流れるような手付きで何かをさらさらと書き記していく。

「この天才とした事が、あまりに浮き足立っていたようだな。まさかこんな初歩的な事に気付かんとは」

……天才は書き記す。得た知識と、己の宝具に基づいて、"最も効率よく他者を殺せる武器"を。

「聖杯"戦争"に参加するなら────戦争を"再編" するのが一番手っ取り早い」

書き終えた文字が一つのカタチへと変わる。文字が起き上がり、固まり、二次元から三次元へと浸食していく。

「フッフッフッ………ウム、想像通りだな。知らぬジャンル故に少しばかり不安だったが、あの番組のお陰である程度の構造は把握できたのが幸運だったな」

文字が変じたのは先の番組で歩兵が使用していた短機関銃。

キャスターはご満悦そうな表情でソレに手を伸ばし、ニヤニヤと新しい玩具を買ってもらった子どものように戯れに弄ぶ。

「こいつなら簡単だ。数を揃えて、魔力を注いで、宝具をカタチにすれば良いだけ。唯一の不満は凡才でも天才でも上げる戦果に変わりがなさそうな事だが─────」


《……キャスターさん?》

不意に。少女の声が、愉悦に浸る魔術師を呼び止めた。

「ぬ?」

《えっ……きゃすたーさん……だよね?今のなに……?》

《なんだシオリか…子供は寝る時間だろう。大きくなれんぞ》

自分の見た目を棚に上げるキャスターに、葉歌はたじろぎながらも問いかけた。

《ご、ごめんなさい…………少し…こわかったから…》《ほぅ怖いと…理由は?》

もじもじと俯く葉歌に、キャスターは先を促す。

《……お父さんから、聖杯戦争のこと、聞いたから…しんじゃうかもって……だから、こわくて…寝れなくて…》

《……はぁ……仕方のない奴だな。少し待っていろ、茶でも淹れてやろう》 ため息を一つついてからそう言って、キャスターはキッチンへと歩いていく。

葉歌が小さな首をかしげながら待っていると、ややあってかぐわしい香りが居間に漂ってきた。

「そら飲め、毒など入っておらん」

ずい、と差し出されたのは暖かな湯気をたてたカップ。中にはハーブティーと思しき液体が入っている。

《…………いただきます》「ふん」

警戒しながらもおずおずと受け取る葉歌を見て、キャスターは不満そうに鼻を鳴らしながら紙の上にペンを走らせた。

《大方貴様の親父辺りから聖杯戦争について説明を受けて死ぬだの勝手に不安になったのだろうが…》

書き終えた紙を後方へと投げ捨て、キャスターは微笑いながら葉歌に向き直る。

ニヤリ、と作り出した笑顔は先程の少年のような笑みではなく。宗教画の聖人が浮かべる類の…本来ならば、親が真っ先に子に浮かべるハズの───────

《運が良かったな、シオリ》

軽く指を振るう。紙が動く。

また振るう。紙が立つ。

やはり振るう。紙に命が宿り、踊る。放たれる魔力は、確かにそれが"英霊"のモノであると示していた。


顕れた英霊は三騎。

赤髪を靡かせ、竪琴と弓の中間のような得物を携えた青年。

その髪色と同じく白を基調とした鎧と槍を携えた騎士。

そして、灰色の長髪に大剣を携えた青年。

いずれも人間ではない。だが、"英霊"と呼ぶにはどこか無機質過ぎるようにも感じられた。


《円卓の騎士とゲルマン最高の英雄に護られるなど、古今東西を見渡してもお前以外に存在しないぞ?分かったら安心して寝ろ》

三騎の英霊と天才が、詩織を優しく見つめる。小さなマスターは、やがて肩の力を抜いて笑い返した。

《うん…ありがとう、キャスターさん!おやすみなさい!》 《ああ、おやすみ》

トットットと遠ざかっていく足音を聴きながら、キャスターは指を鳴らして紙が変じた英霊達を霧散させる。

「…ありがとう、か」

喝采も、賞賛も、栄光も…………生前に腐るほどに向けられたが、かように純粋な感謝は…さほど覚えが無い。

「中々、悪い気はせんな」

葉歌のくしゃくしゃとした笑顔が目に浮かび、キャスターはまた一つ、小さな笑みを浮かべた。

《──────さて…殺させぬ為に、殺すモノを畫くとしようか》

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