ありふれた悲劇の突破点

ありふれた悲劇の突破点


 

 そう。この世界ではうまくいった。

 色彩を撃退し、後にやってきた星喰い……ユニクロンもまた倒れた。

 だがそれは薄氷の勝利に過ぎない。何か一つでも歯車が狂っていればキヴォトスの生徒たち、そして彼女たちと共にあるトランスフォーマーには救われぬ結末が訪れていたことだろう……。

 これから君に見せるのは、そうした有り得たかもしれない悲劇、その断片だ。

 

 

 

「ああ……」

 

 ゲマトリアに囚われた小鳥遊ホシノ。

 救いの手は届かず彼女は未だそこにいた。

 目の前には彼女の盟友であるマクシマルが横たわっていた。

 気高きハヤブサは実験と称した拷問により、その翼はもがれ目に光は無かった……。

 

「エアレイザー……」

 

 自分はまた大切な人を失ったのだ。彼女の心を引き裂いたままに……。

 

「ここにいたんだね……」

 

 涙すら出ずに、ホシノは壊れたような笑みを浮かべた……。

 


 

 

 

 ミレニアムの空が赤く染まり、アトラ・ハシースの方舟が浮上する。

 AL-1S……無名の司祭の残した『王女』はその使命を存分に果たそうとしていた。

 

「これが……AL-1Sの力だと言うの?」

 

 調月リオは呆然と崩壊していく学園を見ていた。

 

「アイアンハイドォ!! くそぉ!」

 

 与えれた使命のままにキヴォトスを滅ぼすAL-1Sに挑もうとした者たちは次々と倒れていく。

 メイド服を着たエージェントたちも、歴戦のオートボットも例外ではない。

 それらを見下ろしてAL-1Sはニコニコと笑っていた。

 

 オレンジとグリーンの残骸の上で、血にまみれた桃色と緑色のパーカーを踏みつけて。

 その姿は、もはや魔王と呼ぶ他になかった……。

 

 

 


 

 すでに翼も衣服もボロボロの白洲アズサは友の形見『マイ・ネセシティ』を構えていた。

 アリウススクワッドの秤アツコを手に掛けたその日から、どれだけ命を奪ったかもう分からない。かつてあった楽しい記憶は擦れて思い出すこともできない。

 

「あは☆ アズサちゃんも諦めが悪いなあ」

 

 目の前に立つのは魔女……全身を血で赤く染め濁り切った目でこちらを見る、壊れた女。

 聖園ミカ、そう呼ばれていた女。

 

「もう何もかも終わりなの。全部、ぜーんぶ、壊れちゃうんだよ☆ 私と、彼の手で……」

 

 ケタケタと嗤う彼女の後ろには、かつての暖かな記憶の僅かな残滓が立っていた。

 

「ホットロッド」

 

 かつて青く輝いていた目を赤く光らせ、オートボットの騎士が崩壊したトリニティ総合学園に立っていた。

 握りしめられたその手から、血で赤く染まった黒い羽根と、桃色の髪が零れ落ちていた。

 

「ああ……終わりにしよう」

 

 涙は流さない。

 絶望と悲嘆の中で混沌に食い尽くされたかつての友を止めるため、アズサは引き金を引いた……。

 

 

 



 空崎ヒナは仰向けになって地面に倒れていた。

 愛銃、終末:デストロイヤーは破壊され、もはや何も映さない目の、その視線の先には巨大な銀色の影が立っていた。

 

『委員長! ヒナ委員長!! 返事をしてください!! いやあああああ!!』

 

 通信越しに喚く天雨アコに興味を持たず影……メガトロンはブルードソードを振るって付着した血を払うとそのまま飛び立った。

 彼らしく、全てを力でもって征服するために。

 


 

 

 

 大雨のなか、霞沢ミユは傷ついた体を引き摺るようにして歩いていた。

 拠点として使っていた子ウサギ公園は無残に破壊され、テントも装備も全て失われた……。

 だがそれ以上に。

 

「………」

 

 その場で冷たい雨に打たれているのは金属の彫像……否。

 賞金稼ぎロックダウンに敗れ、その手榴弾によって物言わぬ物体と成り果てたRABBIT小隊の面々が、そこにいた。

 銃を構えたままの空井サキ、咄嗟に飛び退こうとしてそのまま固まった月雪ミヤコ、地面に転がされ逃げるように叫んでいる風倉モエ……。

 ミユが無事だったのは彼女の存在感の無さとロックダウンが興味を失ったからに過ぎない。

 

 マクシマルたちはスパークを抜き取られ、死んだ。

 守ることができなかった。

 

「……!!」

 

 声ならない声で、ミユは哭いた。

 涙は雨に紛れて流れ、そのままミユの身体すら溶かして消えてしまいそうだった。

  なぜこうなったのか。それは分からない。

 ただ一つ分かることは、彼女たちの正義も信念も、何の意味もなかったということだけだった。

 

 

 

 

 ……これらはあくまで有り得たかもしれない結末に過ぎない。だがわかっているはずだ。

 悲劇の種などありふれている。それらは嘆きという土の下、憎悪という水を吸い、いつか絶望という花を開かせる日を待っているのだ。

 奇跡など所詮は泡沫の夢。いずれははじけて消えるのが宿命というものだ。

 

 色彩は去りユニクロンは滅んだ……本当にそう思っているのか?

 ゲマトリアや無名の司祭どもはユニクロンを色彩の掃除屋だと考えていた。

 色彩が手こずるとやってきて、より直接的な、滑稽とすら言える方法で世界を滅ぼすデウスエクスマキナだとな。

 ……愚かしい。そもそも、この両者は本来なんの関係も持たないのだ。

 ユニクロンは単に色彩に抵抗できるほどの強い力を持った生命のいる世界に引き寄せられていたに過ぎず、色彩もまたユニクロンがやってくれば確実に滅び去る世界に興味を失うに過ぎない。

 故にユニクロンを打倒したならば、いずれまた色彩はやってくるだろう。

 あるいは、開かれたマルチバースの扉の向こうから本当に色彩の手先となったユニクロンが現れることもあるかもしれないな。

 

 わかるか?

 これは勝ち目のないゲームだ。

 打ち寄せる波を押し止めたとて、海その物を干上がらせることはできない。

 際限なく押し寄せる脅威の前に、お前たちの日常とやらの何と脆く儚いことか。

 

 それでもなお『あまねく奇跡』を信じ『ありふれた悲劇』を突破しようと言うのならば。

 嘆きを拭い去り、憎悪を断ち切り、絶望に抗うと言うのならば。

 

 ……見ていてやろう。

 宇宙の闇の彼方から。

 時空の狭間から。

 大地の底深くから。

 そしてお前たちの心の奥から。


 Blue Archive

 青春の物語とやらが、いつまで続けられるかを。

 

 この、ユニクロンがな……。

 

 シャーレの先生、奇妙なる稀人よ。

 せいぜい足掻いて、この余を楽しませるがいい。

 せっかく余から勝ち取った未来なのだ。あっさりと色彩に飲まれて消え去るなどという、つまらぬ結末は見せてくれるなよ?

 

 フフフ。

 フハハハ。

 フハハハハハ……!


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