華弥vs五条夏油の模擬戦

華弥vs五条夏油の模擬戦


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「なんやなんや、今年の一年は元気いっぱいやな」


呪術高専に入学して早一年が経ち、自分も先輩という立場になった

幼少期の頃から呪霊が見えていた自分は姉の力を借り、術師高専の存在を知った。自分がずっとお化けだと思っていた存在が呪霊であり、その呪霊を祓い人を助ける人達が存在する事も知った

自分で言うのも恥ずかしい話であるが、人を助ける事が好きだ。助けた人からお礼を言われるのは胸の奥が温かくなっていい気持ちになれる。自分が助けた人は悩みが無くなって、自分は嬉しくなる。それってとってもステキな事じゃないか!


そんな訳で人を助ける事が好きな自分は術師を目指す事にした         

体力に自信がなかったから毎日一キロ走った。最初の頃は筋肉痛が酷くてすぐに諦めそうになった

その次は姉と呪霊の観察。どういう行動をすれば呪霊は此方に気付くのか、どうやって呪霊にバレずにそこから逃げ出すか。呪霊は夜に活発になるけれど別に昼にも現れる。親に迷惑を掛けない為に休日の昼に観察をした


そして次は呪力の扱い方。呪霊を見た、とハッキリ認識した時から密かに自分の中に渦巻いていたエネルギーの扱い方を姉と模索した。どうすれば呪力は手に集まるのか、またそれが呪霊にどうやって作用するのか                    自分の師匠は姉しか居なかったから最初はとても苦労した。それでも地道に努力を重ねていって、遂に自分に刻まれてきた生得術式の存在に気付いた

残念ながら、自分の術式は対呪霊には余り有効では無かった。それでも人を助けられる自分の可能性にワクワクして、とても嬉しかったのを覚えている

それから毎日毎日、馬鹿の一つ覚えのように自分の助けられる範囲の人は片っ端から助けていった。

近所に住んでいたおばさんの肩凝りの原因は呪霊だった             毎日畑を耕しているのに土が育たない原因は呪霊だった               犬や猫のペットが一日ずつ居なくなる原因は呪霊だった

自分の僅かな呪力で呪霊を祓って祓って祓い続けて。時には死ぬかも、なんて思う時もあった。それでも人の喜ぶ顔が見たかったから、挫けずに呪霊を祓い続けた

そんな生活を続けて約二年。ついに呪術高専からスカウトの声が掛かった        家のポストに一通の手紙が届いていた時の喜びは今でも新鮮に思い出せる。姉と抱き合いながら泣いてみっともない所を見せたのも、よく覚えている


そんな事がありながらも入学した呪術高専には、最初こそ同じ様な境遇で入学した同級生や先輩方が居た。それでも、一年経てば殆どの人が居なくなっていた

任務中の殉職、仲間の死に絶えきれず術師を引退する者、道を踏み間違える者

そんな同僚をずっと見送り続けたのは精神的に辛かったけど、それでも助けた人の笑顔が見たくて自分は術師を続けた。そのお陰か否か、二年に上がる頃には一人で任務をこなしても大丈夫だと言われる一級術師にまで上り詰めた


そして迎えた二年目の春。後輩はとても個性的で面白い奴らだった

最強と名高く呪術関係者なら誰しもが知っている五条悟              一般家庭出身の可能性の塊で珍しい術式を持っている夏油傑           呪術界で重宝される反転アウトプット持ちの家入硝子

黄金世代と入学当初から言われていた三人が自分の後輩で良いのか、と思う気持ちと先輩である自分も負けていられない、という気持ちがある


任務やらで中々三人との関わりが持てない日々であったが面白い事に、あちら側から自分と模擬戦がしたいという声掛けがあった。曰く、「なんかムカつくからボコボコにさせろ」との事だ


さて、前置きが長くなってしまったがここで冒頭へと戻る

自分より幾分身長がある二人が並んでいると威圧感が増す。グラサン野郎にボンタン野郎。何も知らない一般人からすればヤクザのそれに見えてしょうがないその格好に心の中で笑ったのは秘密である


「そーゆーの無しでいいからさっさとボコさせろ」          「駄目だよ悟、華弥先輩にも先輩としてのプライドがある。ボコさせろなんて汚い言葉遣いは控えた方が良い」                           「そういう傑の方がボコりてぇってなってんじゃねーの?優等生様は猫被りが大変でちゅね〜」


なんて口喧嘩を始めた最強二人。これが日常茶飯事なのだと思うと少しげんなりすると同時に馬鹿やれる人が身近に存在する事を羨んでしまう


「其建先輩〜。彼奴らいっつもこの調子なんで先輩から仕掛けて良いですよ〜」   「硝子ちゃんも大変やね。こんな問題児二人も纏めあげるんわ」         


少し離れた所から唯一の良心枠だと思っている家入が煙草を吸いながら此方に声を掛けてきた。目の前で口喧嘩しだした二人と比べると大人びている彼女は学生らしからぬ色気を持っている。そして法律上は宜しくない未成年での煙草を吸っていた

一度何故煙草を吸っているのか聞いた事があったが、適当に答えをはぐらかされてしまったのでそれ以上の深堀はしない事にした。誰だって人に言いたくない事はあるのだ


「ま、硝子ちゃんの許可も出た事やしちょっと捻ってくるわ」


未だに言葉遣いがどうとか術師は非術師を守る為にあるとかなんやを口論している二人に目を向ける。手首を回して、足のストレッチ。屈伸少々、深呼吸一つ。良し、準備は万端である

自分の格闘スタイルは一発で沈ませるパワー型ではなく、どちらかと言えば色んな技を多様して相手を混乱させるテクニック型である。元の運動神経が良くないから技の精度も鼻で笑われる様なものであるが、そうやって呪霊を祓ってきたので最近になってようやく少しずつ自信が湧いてきたのだ

クラウチングスタートの姿勢を取って、一直線に二人の元へと走っていく。春の風は少し湿っていて肌にまとわりつく。そんな風を振り切るようにして走っていった


流石特級と言うべきか、此方がやる気になったを察するにすぐ体制を整えた。先程までやいやい言い合っていた姿は何処に行ったのやらという雰囲気を漂わせている

二体一、人数的にも経験的にも不利なのは圧倒的に此方側である


まず最初に狙うのは___


「っ体幹えっぐいなぁ傑君!」                         「これでも特技なんですよ」

夏油の腕を掴み、バランスを崩そうとしようとしてもそのガタイから分かるようにビクともしない。どんな筋肉をしているのかと問いたくなるが今は模擬戦真っ最中である


腕に力を込めながらも比較的ガードが薄く見えた足を引っ掛ける。先程より僅かに体幹がブレたのを見逃さないようにして技を掛けようと腕の力を緩めた所で後ろから仄かな殺意を纏った目線を感じ咄嗟に身体を捻った

さっきまで自分の身体があった場所に腕が伸ばされる。空を斬ったから良かったものの、その腕は余りにも早すぎて当たってしまえばどうなるか検討も付かない。ただ、その腕も減速してしまえば隙だらけになる


五条悟の術式は無下限だ。自分の身体の周りに「無限」を張る事が出来るらしい。が今は生憎模擬戦の真っ只中でありその無限は解かれている


夏油の腕を掴んでいた手を咄嗟に五条の腕の方へと伸ばす。途端腕を引っ込めようとしたものを逃さず、ぐっと腕をこちら側へと引っ張る。先程と同じ様なヘマはしない。

明らかに油断していたのが分かる様に五条の身体がぐらっと揺れてバランスを崩す。ご自慢の長い足が宙をもがいてどうにかして地面に着地しようとする所を逃さず怪我をしない程度に足を蹴り、着地の妨害をさせてもらう

しかし、この程度では尻餅をつかないのが特級たるところではある。柔軟に身体を捻って何とか間抜けな格好を回避した五条はすぐさま体制を整えた


「っめんどくせー!!大人しく俺らにボコられろって話!」           「ははっ。これでも一応一級術師やらせてもらってるんすわ」


五条も夏油も確かに強い。高専に来る前にも何かと呪霊と関わりがあり経験も積んでいるのだろう。頼もしい限りである

それでも、ここで負けるのは夏油が言った先輩のプライドが傷付くのだ       手加減はしない。それは試合相手への敬意でもあり、誠意を表す姿勢でもあるのだ




空も紅く染まり、太陽は沈みかけている                     艶美な漆黒を纏った鴉がカァカァと鳴きながら上空を飛んで行った

手に持っていた煙草も消えかけ、味がしなくなってきた


目の前で行われていた模擬戦も終盤に掛かり、お互いが殺意立っている。良く模擬戦でここまで熱くなれるものだなと何処かぼんやりと思いながらその光景をずっと眺めていた

靴のゴムがすり減る音、風が揺れる音、そして時たま聞こえてくる雄叫びの様な声

男児は何処まで言っても男児だと、家入は煙草を咥えながら考えた


「…ま。そろそろ潮時かね」


そう言って煙草の火を消してまたもう一本咥える。火は付けず、口に咥えるだけ    口に煙草特有の苦味が広がって何とも辞めれなくなる

そうして数分、紅く染ったグラウンドから叫びに近い声が上がった。目線を其方に寄越すとどうやらやっと決着が着いたらしい。良くこの時間まで取っ組み合いが出来るものだと何処か変な関心をしながらグラウンドの中央へと足を運ぶ



春は例年通り陽気な風を運んできた



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