A-2
「いなくならないでくれ」
震える声で、アベルがアビスの肩に顔をうずめる。普段ならば即座に顔を真っ赤にして震え始めるアビスだが、アベルとの距離の近さよりも先に、アベルの身体がわずかに震えていることに気が付いた。
アベルが、もう一度同じ言葉を繰り返す。
「いなくならないでくれ」
もう嫌だ、と。その後に小さく続く言葉に、アビスが察する。
アベルの過去。アベルが大事にしている人形。それを母さんと呼ぶ理由。
一瞬、ほんの一瞬だけ逡巡し、そしてアビスの細い腕がアベルの背中を抱き締めた。まるで母親のように。ぐずる我が子を宥めるように。
「…申し訳ありませんアベル様。私は、どこにも行きません。ずっと、ずっと貴方の傍にいますから」
優しい声で言われ、そっと髪を撫でられ、アベルもまたアビスの身体を抱き締める。
女性特有の柔らかな肢体と、ほんのりと香るアビスの香りに落ち着いたのか、アベルの身体の震えが止まる。
それでも、まだアビスから離れない。離れたくない。
「アビス、ごめん…もう少し、このままでいても良いかな…」
「…はい」
「…さっきは強く言い過ぎた。すまない」
「私こそ、アベル様やみんなに心配を掛けてしまって…すみませんでした」
生まれて来るべきでは無かったと今でも思う。でも、生きていたから、愛する人や素晴らしい友人達に巡り合えた。
自分の全てを捧げられ、無茶を叱ってくれ、心配までしてくれる素敵な人達。
「私は…本当に幸せ者ですね」
<HAPPY END>